異能力で異世界充実

田所舎人

02-11 仕入

 酒宴も終わり、アイリスとロージーは既に舟をこいでいた。
 用意していたボトルは空になり、オレンジジュースもすっかり無くなった。つまみも早々に無くなり、代わりのチョコレートも全部なくなった。
「カズキ様、ありがとうございました」
 色白のハリソンも今ばかりは赤ら顔だ。
「気にすんな。俺がやりたくてやったことだ」
 俺が思った以上にハリソンやロージーはこの酒宴を楽しんでくれた。
 ハリソンは一人でボトルを二本も空にし、ロージーはその体躯のせいか酔いが早く、アイリスは楽しんでオレンジジュースを飲みながらチョコレートを食べていた。
 酒宴中のトークテーマは主にハリソンとロージーの馴れ初めから、アイリスが生まれてどんなに嬉しかったか。特に酒が入ってからのロージーはアイリスを抱きしめながら涙を流していた。
 我が子が奴隷となった母親の気持ちなんてものは分からないが、よっぽど色んなものが溜まっていたんだろう。酒の勢いで随分と吐き出したようで、今はわりとスッキリしたような顔に見える。
「私も貴族だった頃は奴隷を所有していました」
 現代世界の価値観からすれば、奴隷というのは高級車のような感覚なのかもしれない。まぁローンのような金融システムがきっとない分、更に貴重なのかもしれない。
「私は奴隷に対して酒宴を開こう等と考えたこともありません。それどころか、日々尽くしてくれる彼らに対し、感謝することすら無かった」
 まぁそういう文化圏なんだろうから、良いも悪いも無いとは思うけれど。
「でも、カズキ様は違う。家族として今こうしていられる機会を私達に与え、道具を与え、酒さえも与えてくださいました。きっと、他の人から見れば奇異に映ることだと思います。それでも、私は感謝しています」
 感謝か。
「ハリソン、酔ってるのか?」
「そうかもしれませんね。これほど美味しい酒は初めてなので……」
 ハリソンは言いながら、とろんとした目をしたまま空のグラスを揺らしている。俺はそれを取り上げた。
「ほら、そろそろお部屋に戻れ。ロージーは俺が運んでやるから」
 酔ったままのハリソンでは危ないと思い、俺は立ち上がる。
「いえ、カズキ様のお手を煩わせるわけにはいけません……それに……」
「それに?」
「ロージーは私の妻ですから」
「……そうか」
 くさいセリフのように俺には聞こえたが、そのくささも悪くはないように感じた。俺れにもそう思えるような人が現れるのだろうか。脳裏にあいつの顔が浮かぶ。
「カズキ様、アイリスをよろしくお願いします」
 ハリソンの言葉で傍らで微睡むアイリスを見つめる。その間にハリソンは一礼して去っていった。
「どう、よろしくすればいいんだろうな」
 俺はアイリスを抱きかかえ、ベッドに横たわらせる。この部屋にベッドは一つしかないため、俺はその隣に横になる。
 アイリスからシャンプーの良い香りがする。
 これも一つの自慰行為か。
 すやすやと眠るアイリスの寝顔を見ながら、俺も目を閉じた。

 沈んだ意識が泡沫のように浮上し、パチンと弾ける。何かが傍でモゾモゾと動く気配で俺は目が覚めた。
 ああ、アイリスが起きたのか。
 俺は寝ぼけ眼のまま上体を起こし、散らかった酒宴の残骸を見て辟易した。
「アイリス、片づけておいて。水とか使うなら、これ使って」
 俺は財布から銅貨を取り出してアイリスに渡す。井戸水にも金は掛かるのがこの世界だ。
「かしこまりました!」
 アイリスの返事を聞いてから、俺は二度寝を決心する。
 次に目が覚めた時はサイドテーブルに並んだグラス類とサイドチェアに座るアイリス。日はそこそこ高くなっており、俺自身空腹を感じていた。
「アイリス。腹減ってないか?」
「そうですね……少し空いてます」
「なら、なんか食べるか。アイリス、これで二人を連れて飯でも食ってこい」
 銀貨を数枚渡す。
「カズキ様は?」
「俺は向こうで食ってくる。こっちの飯は美味いことは美味いんだが、物足りない」
 あとは自分が衛生的に不満を持たないレベルの食事となると限られる。そのため食事は極力現代で取りたい。
「わかりました」
「それと、今日から本格的に商売を始める。手始めにいくつか商品を用意して、俺の知り合いに鑑定してもらって、それをオルコット商会のセシルに売る」
「はい!」
「実際に動いてもらうのはロージーとハリソンだからな。二人にはバテないように十分飯を食べるよう言っておいてくれ」
「私は何をすれば?」
「アイリスは俺と一緒に商品を鑑定屋に持っていく。その荷物持ちだ」
「分かりました!」
「じゃあ、俺は朝食がてら商品を買ってくるからお前らは準備しておけ。この部屋には鍵をかけておくから、戻ってきたらお前は二人の部屋で待機だ」
「はい! 行ってきますね!」
 俺はアイリスを見送ってから部屋に鍵をかけ、現代に戻る。
 今日の朝食はうどんチェーン店でごぼ天うどんを食べる。ごぼう独特の歯ごたえが俺は好きだ。うどんを食べ終えた後、異世界で販売する商品を考える。
 ふと、アイリスとの朝のやり取りや昨日のシャワーを思い出す。こちらの世界とあちらの世界では当たり前だが物価が違う。その中でも日本では非常に安価で手に入り、好きな時に好きなだけ手に入る資源がある。
 水だ。
 蛇口をひねればいくらでも出てくるし、ホースをつなげばいくらでも運べる。井戸水ですら大金になる。どれだけ利用したのかは分からないが、そう多い物ではないだろう。
 ……水を売るには容器がいるな。
 こちらの世界ではペットボトルはただのゴミだが、あちらに持っていけば割れず壊れず軽くて持ちやすい容器だ。水を携帯する器といえば動物の胃袋から作った皮袋だ。値段までは知らないが、それなりの値がするのだろう。少なくとも、その皮袋よりは良い値がつくはずだ。
 安価にペットボトルを手に入れる方法は不潔な話だがゴミから直接取り出す方法か。いや、やめておこう。それはそれとして、水を売るための容器を普及させるのは悪くない考えな気がする。ディスカウントショップで売られている天然水系のペットボトルは2リットルで100円を切ることはざらだし、500mLのものでも非常に安価だ。そして、向こうの世界では水そのものが量にもよるが銅貨数枚に相当するとすると需要はあるだろうし、ペットボトルそのものに値をつければ更に利益が出る。
 悪くない。
 早速、近所のディスカウントショップで2Lペットボトル一箱を買って異世界に送る。
 飲み物つながりで思い出したが、ハリソン曰く、異世界のワインは現代の安物ワインより酸味が強くまた渋みが強い。そこに現代の酒を持っていくとどうなるかというのは非常に興味深く思った。なにせ嗜好品は高値が付く傾向がある。
 そして、オルコット商会との初めての正式な取引はあっという間に終わった。
 俺が現代で商品サンプルを仕入れ、アイリスが猫目石で鑑定し鑑定証書を受け取り、その結果を踏まえてセシルと交渉し、まとまった数の商品を仕入れてハリソンとロージーにオルコット商会へと運ばせる。商品についての詳細はある程度聞かれたが、そんなに時間を取られなかった。
 次に向かったのが万事屋猫目石。オルコット商会との取引で得た資金を元手に魔石をいくつか購入し、それを約束通り職人の所へ持っていき加工してもらう。
 水……というよりもペットボトルそのものが非常に評価が高く、銀貨一枚以上の値がついた。おそらく、異世界では魔法を用いたとしても同等の品を用意することが難しいためだ。これに味をしめた俺は調子にのって大量のペットボトルを異世界へ輸入してしまう。ハリソンとロージーはひたすらそれらをオルコット商会へ運び出し、アイリスすらその手伝いに遣わせた。
 どれだけ輸入したか分からない程にひたすらペットボトルを買っては送り、買っては送りを繰り返した。やりすぎて店員から不審な目に見られようが、その程度で俺の金欲はとどまることを知らなかった。
 そして、それらで得た金貨を換金することで現代の金である現金を得る。
 そして今度はそれを元手に酒を買う。酒は仕入れ値が高いが、高価に売れる。ビール、ワイン、ウィスキーと各種を仕入れては鑑定してもらい、オルコット商会に引き取ってもらう。面白いことにビールも種類によって鑑定価格が違い、どれが優れているか価格として分かるあたりは面白い。まぁ最後は買い手の舌次第なんだろうが。
 そして、その酒を売り払った金貨もあっという間に現金になる。しかし、ここでまさかの自体が生じた。それはセシルの保有する金貨が尽きてしまったことだ。正確には俺以外の客との取引のためにこれ以上金貨を放出することが難しいということだ。証書という形であれば支払いもできるが、こちらとしては金貨という現物が無い限り現金を得る術がない。そのため仕方なく取引は中断した。また、独占取引を約束しているためその間は取引ができない。

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