異能力で異世界充実

田所舎人

02-03 金策

 俺はこの時、檻に閉じ込められた少女をはっきりと認識した。
 知性と度胸を兼ね備えた気品溢れる表情。腰まで届く金糸のような髪と夜明けを思わせる紺碧の瞳。薄汚れた服装が逆に少女自身の高潔さを際立たせる気さえする凛とした姿勢。とても奴隷に落ちた貴族が見せる顔ではない。
「セシル、この子はいくらだ?」
 興味を失っていたはずだが、聞かずにはいられなかった。
「えーっと、ちょっと待ってくださいね……。金貨五枚ですね。アイリス・ロウ。父親がトール人、母親がタイン人の混血。年齢は二十五」
「二十五!?」
 俺より年上じゃねぇか!? どう見たって十代前半だろ!?
「価格が安い理由はタイン人の身体能力と魔力量が引き継いでいるため。どうやら、労働力としての価値は低いようですね。それに混血という事が更に価値を落としているようです。そのためアベル人の子供程度の価値みたいですが。それにしても妙ですね……身体能力は母親から引き継ぎ、魔力量は父親から引き継ぐはずですが……」
 身体能力は母親に似て、魔力は父親に似るのか。
「……ちなみに母親の値段は?」
「母親はロージー・ロウ、こちらは金貨二十五枚。歳を重ねたタイン人ではありますが、読み書き算術ができ、礼儀作法は習得しています。この三人の所有権は私の兄にありますので、購入されるなら私が仲介しますよ」
 この世界では父親の方が高級外車で母親の方が国産新型車、そして俺の目を奪うこの少女が中古車扱いなのか。
「旅人様、一つお願いがあります」
 アイリスが俺に歩み寄り、上目遣いをしてきた。年上の美少女に見上げられ、お願いされる。何かこう、いけない気分になる。
「……なんだ?」
「私の父と母も旅人様に買い取っていただきたいのです」
 いや、別にいらないけど。
「その代わり、旅人様に隷属契約を交わす事を約束します」
「「アイリス!?」」
「隷属契約!?」
 突如、アイリスの両親とセシルが大声を上げる。逆にこっちが声を上げそうになる。
 両親の二人がアイリスを抱きしめ、そんなことはやめろと諭している。
「なんだ? その隷属契約って?」
 この場の中で俺だけがその言葉の意味を理解できない。
「え、えーっとですね。奴隷は所有物ですが、やはり奴隷にも人間としての考えや感情を持つわけです。極端な話、主人の下から逃げ出す奴隷だっているわけです。ですが、隷属契約は魔術を介した契約で例え何を命令されようと主人の命令に必ず従います」
 文字通り、命を差し出すって事か。
「例えば主人の死後、通常の奴隷は開放されるのが通例ですが、隷属契約を行った奴隷は主人が死ぬと従者自身も死にます」
 まるであの世でも身を尽くす覚悟を体現しているかのようだ。
「隷属契約は死の危険が伴う契約です。なので金持ちでも隷属契約を交わした奴隷、従者を所有する者は少ないです」
 死ぬかもしれない契約はしたくないだろうな。
「隷属契約って魔術の一種なのか?」
「隷属契約は魔宝石の力により主人と従者の間に魔術的な繋がりを持たせて命令を強制させる事ができます」
 ここでも魔宝石か。万能だな魔宝石。それにしてもそれだけの覚悟があるなら、無碍にするのも悪い。それにこの少女に強く惹き付けられる何かを感じていた。
「アイリスだったか」
「はい」
 少女に見えるアイリスはしっかりと俺の視線を受け止める。
 この世界で無条件に信用できる人材を手に入れる絶好の機会だ。それも美少女だ。
 購入する決断を下せばアイリスを見据えて頭の中で物凄い勢いで数字とイメージが流れる。
 単価、数量、時間、品種。
 目標金額は金貨八十枚。日本円にして一六〇〇万円。胡椒瓶に換算して八百瓶。単一品目であれば売り切れは必至だ。複数品目で購入する必要がある。鑑定をする必要もある。そして現代アイテムを買う元手が無い。少なくとも一度は金を換金する必要がある。数日は必要か。
 目標と道程と課題と対策と日程を立てる。
「大体分かった。セシル、今から商品を用意する。買い取ってくれるよな?」
「はい。もちろんです」
「なら、商品を仕入れてくる。金を用意して待っていてくれ」
 俺はそれだけを言い残し、その場を去って現代に戻った。
 俺は早速、銀行から俺が自由に使える金である万札を出金し、異世界で売れそうな物を多種多様に買い揃えた。特に安くて嗜好性が高く、異世界で代替品が無い様な物を。例えば食に金を惜しまない客向けにうま味調味料や香辛料といった品々。商人受けが良さそうな文房具類。美容のために金を惜しまない女性達に受けそうな香料付きの洗髪剤。仕事をする者のお供となるコーヒー。とにかく代替品が無く売れそうな物を購入した。それらをリュックにつめてトイレに駆け込み、A4サイズのゲートに腕を突っ込んでひたすら異世界に送り込む。そしてそれらの品々をリコに鑑定してもらい、セシルに売り払った。その中から利率が高い物を絞り込み、更に買い増しして売り払った。そして得た金貨をすぐさま換金する。結果、もともと手元にあった金が三十倍に膨らんだ。ここまでくればあとは利率が低くとも大量に仕入れられるカップ麺やお菓子といった保存が利いて腐り難い食料品や百均で売られているような無彩の陶器製の食器、錆に強いステンレス製のネジや釘、ハンマーや釘といった工具類等。多種多様な品々を二日掛けて仕入れ、売り払った。。
 夜も深まり、さすがのオルコット商会も昼の熱気はない。
「……まさか、三日で金貨百枚に相当する品物を用意できるとは思っていませんでした……」
 さすがの俺も疲れた。様々な売場を転々とし、足はクタクタだ。ゲートを持ち運びなかったとしたら、とても今日三日では集められなかっただろう。今後は大量購入しても怪しまれないルートを考えなければ行けない。ともあれだ。
「セシルの兄貴に合わせてくれ。金は用意した」
「……分かりました。今なら、執務室にいることでしょう。案内します」
 セシルはランタンを手に持ち、周囲を照らしながら案内してくれる。
「そういえば、これから会うのはセシルの上の兄貴? 下の兄貴?」
「下の兄です。名前はチャド・オルコット。たぶん、今は今日一日の売り上げに目を通している頃だと思います」
 と、オルコット商会の三階に上る。三階の廊下には絨毯が敷かれ、金満な生活が伺える。
 セシルが細かな意匠が施されている扉の前で止まる。
 コンコンコン。静かな廊下にノック音が響く。
「――誰だ?」
 セシルとは似ていない低く厚い声が扉の向こうから返ってきた。
「セシルです。兄さんと取引がしたいというお客様をお連れしました」
「そうか。俺がこの時間に何をしているのか知った上で、ということはそれなりの話か。――通せ」
「はい」
 セシルは扉を開き、俺に入室を促す。
「ほう。異国の者か」
 俺の姿を見て最初にそう思う人間は多いらしい。
 チャド・オルコット。セシルと同じ栗毛の角刈り。体格は良く、がっちりとしている。栗毛のアゴヒゲが印象的で威厳のある風体だ。たぶん、セシルの下の兄ということは二十代後半から三十台前半ぐらいだろうと見ているが、灯りの加減次第で40に届きそうにも見える。
「俺はカンザキ・カズキです。夜分遅くに申し訳ありません。チャドさんから買い取りたい商品がありまして尋ねさせてもらいました」
「もう少しで金勘定が終わる。それまで待ってくれないか。それに立ち話でできる程度の商談ではないのだろう。セシル、客人に茶の用意を」
「はい。折角ですから、私が手に入れた珍しいお茶を淹れても良いですか?」
「客人を持て成す質があるなら構わん」
「カンザキさん。そちらに掛けてお待ちください」
 部屋の脇に革製のソファーが数個と木製の机が置かれている。商談スペースのようなものかもしれない。俺がそこに座るとセシルは一礼してから部屋を出て行った。
 さてと、ここで頭の中を整理しよう。手持ちの資金は金貨百枚。あの奴隷の展示価格は三人合わせて金貨八十枚。多少の値上げをされても平気だ。
 最悪、アイリスだけを購入し、残りの二人を予約という形で前金を支払ってもいい。
 商才があるわけでもなければ、弁才もないが、無尽の物資を供給できる程度の能力があればなんとかなる。
「カンザキさん、こちらを飲んで肩の力を抜いてください」
 いつの間にかセシルがそばに近づいていた。随分と金勘定に没頭していたと気づかされる。
「ああ。ありがとう」
 俺が百均で仕入れてきた白磁のコップに緑茶が注がれていた。飲んでみると温く緊張が解れる。。
「カズキさん、お待たせしました」
 チャドは謝りながら、ハンカチで右手を拭いている。白地のハンカチが微妙に黒く染まっている。
「それで、本日はどういった御用で?」

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