異能力で異世界充実

田所舎人

02-02 独占契約

 しばらくしてからセシルが戻ってきた。
「お待たせしました。遣いを出したので、しばらくすればリコさんもいらっしゃるでしょう」
「ああ、分かった」
 俺は短剣を鞘にしまう。
「では、取り分の話をしましょうか」
「取り分?」
「ええ。オルコット商会では売買契約の種類がいくつかあります。代表的なのは個人と契約を結ぶ個別契約とギルド毎に契約を結ぶ包括契約です。大雑把ですが、包括契約を例に上げると販売手数料や利益として販売額の三割をオルコット商会が頂き、残りの七割が卸主の懐に入ります」
「へー、じゃあその販売額がリコさんに鑑定してもらった額になるってこと?」
「はい。そこで相談なんですが、カズキさんさえ良ければ、私と独占契約を結んでいただけませんか?」
「独占契約?」
「はい。カズキさんの取り分を販売額の八割にする代わりに、商品を私だけに売っていただきたいのです。決して損な話ではないですよ」
「まぁそれはいいんだけど」
「いいんですか?」
 俺のあっさりした返事にセシルは面食らった様子だ。
「他の商人の知り合いがいないしね。それにセシルには色々と教えてもらったり、この翻訳の魔宝石を譲ってくれたり、世話にはなったからね」
「本当に、私と独占契約をしていただけるんですか?」
「うん。その代わりにお願いがあるんだけど」
「お願い?」
 セシルが少しだけ身構える。
「うん。俺への代金の支払いは純金でお願いしたいんだけど」
「純金ですか?」
「うん。純金のメダルだったり、純金の装飾品だったり、なんでもいいんだけど、大事なのは質量」
「では、純金の流通量によりますが可能な限り支払いは金ということでいいですか?」
「うん。用意できない分は普通に通貨でいいよ。一応、純金だったら俺の国でも売ることができるから。俺の国の商品は俺の国のお金じゃないと買えなくてさ」
「分かりました。シーク人との人脈もあるのである程度の純金を優先的に仕入れることは可能です」
 シーク人というと山の国の種族だ。採鉱や製鉄が盛んだという話だから金鉱も取れるのだろう。
「あともう一つお願い」
「もう一つ? なんでしょうか?」
「うん。魔石を加工できる職人を紹介して欲しい」
「それは魔石を魔宝石に加工するという意味ですか?」
「いや、単純に魔石をカットしたり、研磨したりできる職人。指輪とか耳飾にできる細工職人とか」
「それならば可能ですよ。商会ギルドは職人ギルドとも交流が深いので明日にでも紹介します」
「それは助かる。もしかしたら、魔石で作った装飾品でも俺の国で売れるかもしれないからさ。一応、金以外で換金性があるものも用意したくてね」
「そういうことだったんですか。それならば、職人ギルドの方には話を通しておきます」
「了解」
 コンコンコン。
 扉を叩く音。どうやらリコがやってきたらしい。
「どうぞ、開いてますよ」
 セシルが入室を促す。
「えーっと、セシルさんが私をお呼びだと伺ったんですが……」
「ええ。どうぞ、おかけください」
 リコはおずおずと部屋に入り、俺の隣に座った。
「急にお呼びして申し訳ありません」
「いえ、お客さんが来ない時は本当に来ないので別にいいのですが」
「実はリコさんと依頼をしたいと思いまして」
「依頼ですか?」
 セシルとリコが話している間、俺はチラリとリコを見た。
 両手は太ももの上に置かれ、片方の手ではノーマンの魔宝石が握られていた。
「ええ。実はカズキさんから商品を売っていただこうと思ったのですが、適正な価格が分からないのです。そこで、公平を期すためにリコさんの鑑定でこれらの商品がいくらの価値を持つのか鑑定していただきたいのです」
「本当ですか、カズキさん?」
「はい。できれば適正な価格で売りたいんですよ。俺はこの国に来て間もないですし」
 供給を絞って値を吊り上げるか、供給を開放して安価で普及させるか。そこらへんは経営者を目指す人間が考えればいい。
「分かりました」
「それで、鑑定料の話なんですが--」 
「それは結構です。カズキさんが持ち込んだ品々は無料で鑑定すると決めましたので」
「そうなんですか?」
 セシルの問いに俺は頷き返した。
「ええ。それで……どれから鑑定いたしましょうか」
「じゃあ、この順で」
 俺は解熱剤、胡椒、チョコレートの順でリコの前に並べた。
「では、少しお待ち下さい」
 リコは一つ一つ丁寧に鑑定していく。まぁ実際に鑑定しているのはノーマンだけど。
「鑑定が終わりました」
「それで、これらの商品の価値は?」
「こちらの薬は一瓶で大銀貨一枚。こちらの調味料も一瓶で大銀貨一枚。こちらの菓子は一粒で大銅貨一枚です」
 なかなかな値が付いた。これの八割なら俺から文句はない。
「一瓶で大銀貨一枚ですか……」
 さすがのセシルもその額に驚いている。まぁ小瓶一つで大銀貨一枚、俺換算で二万円だ。チョコレート一粒が二百円と考えると高級だ。
「はい。これらの商品に対しての公正な値段です。これより高い値を付けるか、安い値をつけるかはセシルさん次第ですが」
 部屋に入るときの姿とは代わって、今のリコの姿は鑑定人として凛としている。
「分かりました。鑑定していただき、ありがとうございました」
 今の値段を聞くに、庶民向けの商品というよりも大商人や貴族相手の商売になるのかな。
「今後、カズキさんから商品を提供した頂いた品物は万屋猫目石に持ち込んでも良いでしょうか?」
「はい。いつでもいらしてください。ただし、セシルさんからの依頼での鑑定というならば今後は有料となりますのでご注意ください」
「ええ。今回はカズキさんに対するリコさんの厚意に便乗した形となりましたが、今後はきちんとした取引としましょう」
「ええ、ところで出張鑑定はこれでおしまいですか?」
「はい。それと、これは私からリコさんへご足労頂いた手数料みたいなものです」
 セシルは安くはない額のお金をリコに手渡す。たぶん、大銀貨が数枚といった所か。
「意味は分かりますよね?」
「ええ」
 短いやり取りを終え、リコは席を立つ。
「カズキさん。今度はゆっくりお食事でもしましょう」
 思わぬ臨時収入が入ったからか、リコは少し嬉しそうだ。
「はい。そのときは俺の方から誘わせてもらいますね」
「楽しみにしてるわ」
 リコは扉を開き退出していく。
「私達も出ましょうか」
 リコを見送り、俺も席を立つ。
「そうだな。そういや、オルコット商会ってかなりでかいんだよな。裏手の人の出入りが激しかったけど」
「興味がおありでしたら、見られますか?」
「え、いいの?」
「ええ。今後はカズキさんもオルコット商会のお客さんであり、仲間ですから」
「じゃあ、セシルに案内してもらおうかな」
「では、私についてきてください」
 セシルの先導に従って商会の裏手に回る。イメージとしては、大型スーパーの関係者以外立ち入り禁止区域を通っている気分。
「ここは商品を保管する倉庫です」
 見たまんまだ。木箱や木枠がたくさん並んでおり、その中に各種の商品が詰まっている。
「こちらが商品の入荷や出荷をする裏門です」
 何台もの馬車が並んでは、荷を降ろしたり積んだりしている。
 その中で一際でかい箱、というより檻を見つけた。檻は馬車から下ろされている真っ最中だ。
「あれは?」
 俺は檻を指差す。遠目からは分からないが、見世物の動物でも受け入れているのだろうか。
「あれは奴隷ですね。ちょっと待ってください」
 セシルは近くの人間を捕まえた。
 奴隷。やっぱり居るのか。
 人権という考え方が生じたのは現代に入ってからだ。それ以前は人間が奴隷を買う事に当たり前だ。そこに善悪は無く、是非を問うつもりもない。
「君、あの商品について知っているかい?」
「おや、セシル様。こんな場所に来なさるなんて珍しい。……ああ、あの奴隷ですか。確か、森の国の元貴族が借金漬けで売られてきたって話です」
「おや、貴族の奴隷とは珍しいですね。どういった経緯か聞いていますか?」
「詳しいことは分かりませんが、サニングの貴族様があの奴隷に金を貸して、返せなくなったから、領地と一緒にあいつら自身も貴族様の所有物になったって聞きましたぜ。貴族様が欲しがってたのは領地だけで奴隷は要らないって話だそうで」
「ありがとう」
 セシルは男に大銅貨を一枚握らせると、男はヘコヘコしながら立ち去っていった。
「カズキさんの国では奴隷は売れませんか?」
 金以外で換金性のあるもので奴隷を勧められたようだ。
「あー、俺の国には奴隷そのものがいないから売れないな」
「そういうことですか。奴隷が居ない国からいらっしゃったから奴隷に興味を持ったんですね。先程の倉庫では良質な毛皮や岩塩には興味を示さなかったので、どんなものなら興味を持ってもらえるかと思いましたが」
 そうだったのか。
「ちょっと、あの奴隷を見てもいいか?」
「ええ。奴隷の受け入れ先はあちらなので、ついて来て下さい」
 再びセシルの先導に従う。
「この国では奴隷っていくらぐらいするんだ?」
「健康な一般のアベル人の相場なら金貨五枚から十枚でしょうか。子供の奴隷で五枚、労働力となる成人男性や、綺麗な成人女性なんかは十枚というのが相場です。読み書きや算術、魔術が使えれば更に値が高くなりますね」
 というと、この国では奴隷は消耗品じゃないってことか。安い子供の奴隷で金貨五枚というは俺換算で百万円だ。それなりの扱いは受けるんだろう。感覚的には自家用車ぐらいの感覚か? いや、カーローンが組めないならもう少し敷居は高いか。
「なるほどね。それにしても、他国の貴族を奴隷にできるってのは凄いな」
「そういう契約だったのでしょうね。アベル人は金を持っていて、金の力で他国を侵略するなんて言われることもあります」
 まるで貿易摩擦だな。
「森の国の貴族って事はトール人なんだよな。トール人はあまり金を持ってないのか?」
「そうですね……森の国は主に狩猟による肉や毛皮といった嗜好品、それから建築用の木材、それから薪や木炭、農業による麦といった人々の生活に欠かせない物を扱っているので決して貧しいわけではないです。その領主の貴族が奴隷落ちになるなんて滅多にある事じゃないですよ」
「だとすると不思議な話だな」
 俺が考え込んでいる間に檻が倉庫に格納されていた。ゆっくりと近づいてみると、大きい影が一つ、小さい影が二つあった。
 大きい影がトール人なんだろう。噂通り、背が高く色素が薄い。白い肌に金の髪。鼻が高く彫りが深い男だ。
 二つの小さい影は女の子のようだ。……いや、片方は少し老け顔のようにも見える。ひょっとして噂のタイン人か? もう一つの影はトール人に似た白肌に金色の髪の少女だ。
「どうやら、その子はトール人とタイン人の混血のようですね」
 俺の疑問にセシルが先んじて教えてくれた。
「へー、混血ってやっぱり珍しい?」
「そうですね。やはり混血は忌み嫌われますから、産後に処分されることも少なくないです。それに生き残ったとしても場合によっては魔人と間違われ迫害を受けることもあります」
 そういうこと。混血が迫害を受けるのは分かるけど、魔人と間違われるってどういうことだろうか。
「あなた方は?」
 トール人の男が話しかけてきた。
「あー、ちょっと社会見学してるだけの旅人」
 適当に返事をする。
「この人らってどれぐらいの値が付く?」
「そうですね……トール人ならば魔力が高いので、軍の研究材料になるかもしれませんし、貴族の便利な道具になるかもしれません。出身が貴族ならば礼儀作法も行き届いているでしょうし、きっと金貨五十枚は下らないでしょう。売られたら最後、家族もバラバラとなり再会できる保障もないでしょうね」
 トール人の男は、そんな……と膝を着き項垂れている。
 金貨五十枚と言えば一千万円か。高級外車ぐらいの価値か? 普通の人間が用意できる金額じゃないな。それに、奴隷にそこまでの価値を見出していない。
 金額を知った瞬間、興味を失った俺。
「――旅人さん」
 可愛らしい声に俺の耳が反応してしまう。
 その声がどこからしたのか一瞬分からなかった。まさか、その声が檻の中からするとは思わなかったからだ。
「私を買ってくださいませんか?」

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