異能力で異世界充実

田所舎人

02-01 商会

 店を出ると日は高く、周囲は人通りが盛んだった。
 大通りは四角く均一に整えられた石が敷き詰められた石畳であり、目の前の道が主要道路であることが分かる。街並みは木造が七割、石造が三割。木造の家屋は貧相で石造の家屋は裕福に見え、門構えや装飾品の有無でなんとなく分かる。また、あまり背が高い建物は無く、空が広く感じられた。
 人通りの多くは特徴の無いアベル人であり、褐色肌のシーク人や色素の薄いトール人は疎らに見かける。小柄なタイン人に限ってはアベル人の子供とあまり見た目が変わらないらしいため、俺には判別がつかない。
 気を取り直して、まずは宿を探すことにした。初めはセシルに挨拶をと考えていたが、旅先で宿探しを後回しにすると大変なことになると北の大地の某有名番組でも放送されていたことを思い出したからだ。宿の場所をリコに聞くのもいいが、街を見て回りたいという気持ちもあり、適当に見て回ればそのうち見つかるだろうと大通りを選んで歩くことにした。見た目のわりに軽い布包みを片手に街をぐるりと回る。
 サニングは城壁に囲まれているが、人間同士の戦争の話は聞かないため、魔族対策だろう。城壁の高さはそれなりで現代の建築物の四階建て程で、ひらけた場所ならどこからでも城壁が見え、城壁で囲まれているためそこまで広い都市ではないかと思ったが、意外にも広い。城壁の上に見張り台があり、その見張り台が等間隔かつ、城壁が円形をしていると仮定するとサニングは約直径5kmにも及ぶ都市ということになる。
 街の傾向もなんとなく読み取れる。
 城門が四方にあり、その城門から都市の中央にかけての大通りは繁盛した店や裕福な人間の住む地区であり、大通りから離れ、街の外輪の地区ほど貧しい者達が居住しているような感じだ。そういった傾向から繁盛している宿もまた大通りに面しているだろうとあたりをつけ、適当にぶらつく。
 店先には読めない文字と絵が描かれた看板の二種類がある。麦、肉、青果等の食品毎の食品店や服、帽子、靴といった各種の衣類店、中には薪屋なんて物もあった。
 そうやって見ていくと、ベッドが描かれた看板を発見した。やっぱり、この世界でもベッドは宿の象徴なんだろう。その隣には泡立つジョッキの看板。酒場だ。この世界でも酒場と宿屋は共栄関係にあるらしい。
 宿の造りは木造の三階建て。客室を多く確保するためだろうか、ぱっと見の敷地も広い。
 木製の扉を開き中に入る。カウンターには誰も居らず、フロアに客の姿は無い。
「すみませーん」
 店員が居ないかと呼びかける。すると奥の方からゴソゴソと物音が聞こえてきた。
「あいよ」
 カウンターの奥からおっさんが出てきた。側頭部から後頭部にかけてのみ、もっさりした茶色の髪があるおっさんだ。少し赤ら顔なのは酒を飲んでいたからだろうか。
「いらっしゃい」
 赤ら顔で笑みを浮かべるおっさん。真昼間から酒を飲むのは客商売としていかがなものだろうか。
「しばらく泊まりたいんですけど」
「お客さん、どこから来なさった?」
 おっさんは台帳を取り出しながら聞いてきた。単なる世間話だろう。俺の服装がこのあたりの人間から逸脱しているためか、そういう質問は投げられることは村でもあった。
「オークス侯爵の領地からです」
「へぇ。オークス侯爵の領地ってことは南の方か。結構離れてるところから来なさったんだね」
 おっさんは台帳を開いて俺に見せる。
「うちにある部屋は二種類。二等級と一等級の二つだ。二等はベッドがあるだけの部屋で料金は一泊銀貨三枚。一等は二等より広くて鍵が掛けられる。ベッドと椅子と机、ランプ付きだ。一泊大銀貨一枚だ」
 鍵付きは重要だな。
「一等で」
 おっさんは台帳を捲り目的のページを開く。
「名前は?」
「神崎」
 おっさんが台帳に俺の名前を書き込むがその文字は読めない。
「カンザキと。何泊するんだ?」
「三泊で」
 おっさんは台帳にサラサラとペンを走らせる。
「じゃあ大銀貨三枚だな」
 おっさんから要求された額をその場で手渡した。どうやら前払い制らしい。おっさんは俺から金を受け取ると、カウンターの奥へ振り向いた。
「おーい!」
「はい!」
 おっさんの呼び声に反応したのは若い男の子の声だった。やってきたのは男の子。まだ小学生の高学年ぐらいか。徒弟だろうか。
「旦那様、どうかなさいましたか?」
「客だ。一等の部屋に案内しろ」
「分かりました」
 男の子は一度奥に引っ込んで鍵を手にして戻ってきた。
「お客さん、こっちです。ついてきてください」
 男の子に先導され、俺は階段を上る。着いた先は三階の大通りに面した角部屋。
「こちらがお客さんの部屋です。それと、この鍵でこの部屋の鍵がかけられます。お渡ししておきますね」
「ああ、ありがとう」
 男の子は一瞬、呆けた顔をした後、凄く嬉しそうな顔をした。
「お客さん、何かあったら俺を呼んでね」
 少年は足取り軽く階段を下りて行った。
 俺は特に気にすることなく扉を開き部屋に入る。村に居た頃にトム爺さんに貸してもらった部屋より広くて清潔だ。
 俺は絵を適当に壁に立て掛け、ベッドに横になる。
 気分はまさしく、ゲームのチュートリアルを終えた直後のようだ。ゲームならここでセーブができそうなものだ。
 さてと、まずはセシルの所を訪れるか。兎にも角にも、魔法について知りたい。
 ベッドから跳ねるように起き上がり、支度をする。
 まずは現代の俺の部屋とこの宿を繋ぐゲートとなる絵を用意し、大学の製図の実習用に買った筒状の図面入れに対応する絵を入れる。
 不思議なことに絵にくっきりとした折り目が入るとゲートとして機能しなくなる。例えば、絵の一部が欠けてもダメらしい。基準は分からないが、絵の損傷がダメなようだ。
 それと、セシルに売れるであろう調味料の類や、薬類、あとは適当にお菓子をリュックに詰めて持っていく。気分は遠足だ。もちろん、ゲイリーから貰った短剣も忘れない。
 さきほどの少年にオルコット商会の場所を尋ね、向かった。
 オルコット商会は非常に大きく石造りの三階建て。しかもこの世界では珍しく、三階の一室にはガラス窓が使われていた。裏手では馬車の出入りが激しく、袋を担いだ人達の往来も激しい。商品の入荷や出荷は裏手で行われているようだ。
 オルコット商会の正面玄関から入り、受付嬢にセシルとの面会を求め、俺の名前を伝えれば、セシルが応じてくれるだろうと伝えると、受付嬢が席を立った。
 待ち時間の間、俺は店内を見渡してみると、何人かの客が椅子に腰掛けているのに気が付いた。
 貴金属で装飾した者や、華美な装飾品を身に着けていないが清潔感のある者、清潔感が無く目が血走った者等、三者三様で並んで椅子に座っている。この店では色んな訪問客が居るらしい。
 外装と同じく内装も石造りが基調で、所々で木造の梁がわたしてあったり、ボードに紙が貼られていたりとゲームでよくあるクエストボードみたいになっている。天井が高く、窓は大きく広げられており、光を多く取り入れた設計だ。
 しばらくすると受付嬢と一緒にセシルがやってきた。
「カンザキさん、随分お早い到着でしたね」
「まぁね。それより今は時間大丈夫だった?」
「ええ。他の人の耳に入れたくない話もあるでしょうから、上でお話しませんか?」
「上に商談室でもあるのか?」
「ええ。私もオルコット商会の一員ですから、部屋の一つぐらいなら今すぐ取れますよ」
「じゃあ、そうするか」
「はい。そういうことなんで上で空いている部屋はあるかな?」
 セシルは受付嬢に尋ねた。
「今は全室空いていますよ」
「良かった。それじゃあ、カンザキさん。こちらへどうぞ」
 セシルの先導に俺は従って付いて行く。
 オルコット商会を目の当たりにして、改めてセシルがお坊ちゃんであることを認識した。初めは護衛を連れていたから羽振りの良い行商人かと思ったが、大店の三男坊だ。
 二階に上がると廊下には幾つも扉がある。あの扉の一つ一つが商談室なんだろうか。
「この部屋にしましょうか」
 階段側から見て、一番奥から二番目の部屋。
 中を覗き込むと思ったより狭い。扉の間隔に対して部屋が狭いって事は盗聴防止のためか壁が厚くなっているのかもしれない。そういう目で見ると扉も厚い事に気が付く。
 大きめの机が一つ、椅子が六つ。俺は扉から見て奥側の椅子に座り、セシルは俺の正面に座った。
「今日はどういったお話でしょうか?」
「ああ。今回はこんな商品を持ってきた」
 俺はリュックを下ろして、薬品類、調味料、菓子類を並べた。
「こっちの小瓶が薬で、こっちが調味料、こっちがお菓子」
「これがカンザキさんの国の品々ですか……」
「まぁね。一応、サンプルとして各種一つずつはセシルにあげるよ」
「いいんですか?」
「商売人が商品を知らないで取引もないだろうからね。こっちが解熱剤で熱を下げる薬。こっちが胡椒で香辛料の一種。こっちがチョコレートで甘いお菓子」
「これが解熱剤ですか……薬草を煎じた物を乾燥させて固めた物ですか?」
「もっと言えば、薬草の中から熱を下げる成分だけを取り出した物かな」
「成分だけを?」
 俺の言葉に驚いたセシルは小瓶を開けて錠剤を一粒取り出してじっくりと眺めてから中に仕舞った。
「まぁ俺の国ではそういうことができるんだよ」
「では、こちらのコショウは……一度見せてもらったことがありましたね」
「そうだったな。じゃあそれの話は省こうか」
 チョコレートの袋を開き、中から包装紙に包まれた一口サイズのチョコレートをセシルに手渡す。
「こちらがチョコレート……お菓子ですか」
「まぁ口で言うより、実際に食べたほうが早いよ」
「では、いただきましょう」
 そこでセシルは一度手を止めた。
「このチョコレートはこのまま食べられるんですか?」
 セシルが何に戸惑っているのか俺はここで気がついた。透明な包装紙に慣れていないんだと。
「ああ、これはこうやって包み紙を取って食べるんだよ」
 包装紙の両端を引っ張り、くるりと一回転させて中身を取り出す。
「これが包み紙ですか? 透明な紙でわざわざ包む程、高価な物なんですね……」
 呟きながら、チョコレートを口に入れる。セシルが勝手に勘違いしているが、まぁそれはいいか。
「……これは……」
「どうかした?」
「……いえ。カズキさんの国は技術力だけでなく、食品加工までレベルが違うのだと改めて驚かされました」
「まぁ……こっちに比べたら製糖技術とかも進んでるだろうね」
「……いいでしょう。では、カズキさん。これらの商品をおいくらで売っていただけますか?」
「あー、値段のことなんだけど俺だってこの商品がどれぐらいの値なら売れるかさっぱり分からなくてさ、相談があるんだけど」
「相談ですか?」
「リコさんの鑑定で値段を付けて貰おうって思ってさ」
「リコさんに鑑定を?」
 ここでリコの名前が出たことが意外そうなセシル。
「リコさんの鑑定を俺も間近で見たんだけど、用途、価値が分かるって話でさ」
「確かにリコさんの鑑定なら、正しい価値が分かるかもしれませんね」
 セシルは少し考え事をし始めた。
「……分かりました。早速、リコさんを交えて商談としましょう。今からリコさんに遣いの者を出してきます」
 セシルは商談室から出て行き、俺一人になる。
 口寂しくなった俺はチョコレートを一つ摘んで口に入れる。
 手持ち無沙汰で、この世界に来るときは必ず携帯している短剣を抜き、刀身を眺める。
 ゲイリーの手入れは行き届いており、数日程度では錆が浮くことも無い。
 ちょっと調べた感じだと、こういった刀剣は紙やすりで錆を落として、油やら防錆剤を塗る必要があるらしい。サラダ油でいいだろうか。

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