異能力で異世界充実

田所舎人

11_アニー視点

***アニー視点***
 村が魔獣に襲われた。お爺ちゃんとお婆ちゃんを守るためが心配で外に出た。もちろん、自分の身を守る術のない私は早々に魔獣の餌食となった。
 初めは焼けた火掻き棒を押し当てられたような熱を感じた。その後に目の前が真っ白になる程の痛み。そして、その熱は徐々に私の熱を奪い取っていった。
 魔獣の唸り声と見知った村人から発せられる聞いたことのない怒声。それらを耳にしながら時が過ぎる。頭の中が徐々に霞に覆われ、耳が遠くなる。
 無音の中、必死に呼吸を繰り返す。息をすることさえでき無くなれば死んでしまうと思ったから。
 そんな生と死の狭間を彷徨う中、激しい痛みが走る。声が出ず、耐える事しかできない。しかし、その痛みが自分はまだ生きていると思わせてくれた。しかし、それも長くはないだろうと思った。
 だけど、次に私が感じたのは誰かに抱えられる感触だった。誰かが私を守ってくれている。きっと村の誰かだろうと思った私はその誰かに身を任せた。

 薄い意識の中、お爺ちゃんが私を呼ぶ声が聞こえた。
「お爺ちゃん……?」
 気が付けば私は自分のベッドの上だった。目を開くとお爺ちゃんと知らない男の人。
「……お客さん?」
 たまに行商人がお爺ちゃんを訪ねる事がある。この人もそうなのかと思ったけれど、そんな雰囲気には見えない。見たことない服。珍しい黒髪。
「ああ、お前を助けてくれた御仁だ」
 私を助けてくれた?
 意識を手放す直前に誰かに抱かれていたことを思い出す。それと同時に、自分が死の淵に居たことも。
「それは……ありがとうございます……」
 まるで夢を見ていた気がする。けれど、私の背中に時より走る痛みは紛れもなく、それが現実だったことを教えてくれる。
「まぁ気にしないで」
 男の人はぎこちない笑みを浮かべた。
 よく見るとその人の服は所々が破れていたり、腕には何かに噛まれたかのように赤い斑点が浮かび上がっていた。それはきっと、魔獣と戦ってくれた証だろう。
 お爺ちゃんは私に幾つか質問をしたけれど、あまり頭は回っていなくて生返事になってしまった。
「まぁあまり女性の寝顔を見るのもアレなので、俺は一度出ますね」
 ぎこちない笑みを浮かべる男の人はそう言って部屋を出て行き、お爺ちゃんだけが残った。
「お爺ちゃん。あの人は?」
「あの方は旅人のカンザキ・カズキさんというらしい」
「旅人……ですか?」
 ただの旅人が魔獣と戦えるのだろうか。見た所、武器も持っていなかった。それに恰好も旅装ではない。見たことが無い服装だから遠くの国の人かもしれないとは思うけれど、あまりにも軽装だった。
「ひょっとしたら薬師なのかもしれん。お前のためにと薬を譲って下さった」
 お爺ちゃんがいうそれは私が知っている薬じゃなかった。私が知っている薬は薬草や動物の肝を乾燥させたり粉末にしたりしたものだ。決してこんな豆みたいなもじのじゃない。
 ……けれど、あの人は異国の人だから、私が知らない薬を持っていても不思議じゃない。

 その後、私はお爺ちゃんの言いつけを守って自分の部屋で食事を取りながら薬を飲んだ。劇的に治る訳ではないけれど、薬を飲んだ後は不思議と楽になった。お爺ちゃんが言うには痛み止めと化膿止めの薬らしい。薬草から鎮痛作用を持つ薬効成分だけを取り出した薬という良く分からないカンザキさんの説明をお爺ちゃん伝手に聞いた。それで体が楽になるらしい。
 出血が治まり、痛みが引いたならいつまでも寝ている訳にはいかなかった。
 起き上がって炊事場に向かう。すると、起き上がって大丈夫なのかとお婆ちゃんに心配されたけれど、カンザキさんの薬のおかげだと言うと驚きつつも喜んでくれた。しかし、まだ炊事場には立たせられないとお婆ちゃんに言われてカンザキさんを起こしてくるよう頼まれた。
 カンザキさんが泊っているのは客室の一つ。昔はお姉ちゃんの部屋だった部屋だ。
 扉に手を伸ばそうとするも、緊張して手が止まる。
「……ふぅ」
 小さく息を吸って吐く。そして扉を叩く。
「カンザキさん? 起きてますか?」
 返事は帰ってこなかった。しかし、中から衣擦れの音が聞こえた。
「誰だ?」
 初めて会った時と少し声音が違っていた。
「アニーです。カンザキさんのおかげでなんとか起き上がれるまで回復しました」
「体を動かして大丈夫なんですか?」
 応える声はあの時の声音と同じ私を心配するものだった。
「はい。カンザキさんから頂いた薬のおかげか熱も引いてなんとか動けます」
 答えるとカンザキさんは扉を開け、感謝も込めて頭を下げる。
「おはようございます」
「おはよう」
 ぎこちない笑みを浮かべたカンザキさんは思ったよりも幼い顔立ちだった。

 翌日。カンザキさんは私の部屋を訪れた。どうやら私の身体を心配して来てくれたらしい。
 話を聞いてみると私の身体に巻いてある包帯という布を交換した方がいいと言う。私はどうすればいいかと尋ねるとカンザキさんは「背中を向けて服を脱いでもらえるかな?」と言った。
 服を脱げ。その意味が私には分からなかった。
 脱げとはつまり、そういうことだろうか? いや、カンザキさんは手当をしに来たんだからそういうつもりはないかもしれない。……けれど、カンザキさんは村を救ったり、私のために薬を譲ってくれたりと既にお金では返せない程の恩があった。
「ふ、服をですか……?」
 口から出たのは弱弱しい拒絶の言葉。
 しかし、カンザキさんは理路整然と傷口が背中だから私自身は見る事が出来ない事や傷の具合によっては薬の要不要を判断するためだと言った。確かにそれはお婆ちゃんに見てもらうだけじゃダメかもしれない。
 躊躇う私にカンザキさんは「無理強いはしない」と言う。
 そう言われて私は見捨てられたのかと一瞬思った。けれど、カンザキさんは私の背中に視線を向け、心配そうな表情を浮かべていた。それは決して色欲に染まったものではないと感じた。
「……すみません。恥ずかしがっていたダメですよね。見てください」
 背中の傷に障らないよう服を脱ぐ。これから私はカンザキさんに裸を見られるのかと思ったが、カンザキさんは私の気持ちを汲み取ってか私の背中を前にして不必要な動きはしなかった。
 そしてカンザキさんは極力私の肌に触れないように注意を払って包帯を外す。何かが背中から剥がれ落ちる感触がした。それが固まった自分の血だと気が付いた時、私は本当に死にかけていたんだと再確認した。
 カンザキさんが私の傷口を診ると何かを取り出し、これから傷の治りが良くなる塗り薬を塗ると言う。そして、それを塗る時に痛みが走ることも。
 献身的なカンザキさんならばと私はその薬を受け入れた。
 初めはひんやりとした泥にも似た感触がするも、すぐに傷口周辺がズキズキと傷みだす。擦り傷や切り傷に揉んだ薬草を当てた時の何倍もの痛みだった。
「傷まない? 大丈夫?」
 カンザキさんが心配そうな声を掛ける。
「大丈夫、です」
 カンザキさんの善意を無駄にしないよう私はその痛みに耐え、後はカンザキさんに言われるがままだった。
 血で汚れた包帯は不衛生だからとカンザキさんは新しい包帯を用意して私に使ってくれた。そして、それが終わると傷口の具合から飲み薬を更に追加した。
 カンザキさんは当たり前のように色々な物を与えてくれるが、既に返せる範囲を超えている。
「薬までいただいていいんですか?」
 つい、そんな言葉が出た。なのにカンザキさんは
「アニーの命に比べたら、この薬なんて安いもんだから」
 カンザキさんは当たり前のように、そう言った。
 高価な薬を初めて会った怪我人に使える人間がどれだけいるだろうか。
「……ありがとうございます」
 感謝の言葉以外に返せるものが無いからこそ、胸元は隠しつつもきちんと顔を見て礼を述べた。
 カンザキさんは良く見せるぎこちない笑みを浮かべて、他の村人の診察に向かうと言った。
 村を魔獣から救ってくれただけではなく、誰に頼まれたわけでもないのに村人の治療に協力し、決して安価ではないはずの薬を提供してくれる。まるで昔、お母さんが話してくれた英雄の逸話の一つのように思った。
「待ってください!」
 そう思うと、自然とカンザキさんを呼び止める自分が居た。
 これだけ恩がある人にこんなことを聞くのは失礼かもしれないが、聞かずにはいられなかった。すると、カンザキさんは対価として宿泊と食事を貰っていると言う。それと、部屋に飾っている絵を譲ってもらったと。
 しかし、治療をしてもらうために滞在してもらう事が対価になるとは思えなかったし、絵に関してもお姉ちゃんは決して価値あるものだとは言わなかった。
 それでも、カンザキさんはそれで満足している様子だった。
 そこに私が『カンザキさんは損をしています』と指摘することは憚られた。その結果として治療を受けられない人が出ることが頭をよぎったからだ。
「どうせあと五日もすればこの村を離れる」
 私の迷いを他所にカンザキさんはそう言った。
 カンザキさんが村を離れる。何故かその理由が私にあるのではないかと思った。
 しかし、聞いてみるとサニングに向かう予定があるらしく、ついでにお姉ちゃんのお店にも顔を出すそうで少しでもカンザキさんの力になれればと思い、聞かれたことには答えた。
 もうすぐサニングへと発つカンザキさんの事を考えた。
 防具も持たず、火掻き棒一本で村を襲う魔獣を追い払う旅人。未知の薬で私を含めた村人を治療してくれた黒髪の異人さん。僅かな対価にも感謝をする情け深い人。
 考えてみれば見る程、カンザキさんという人は凄い人だと改めて思った。
「……カンザキさんはどうしてそんなに凄いんですか?」
 聞かずにはいられなかった。だから、自分の考えを包み隠さず伝えた。それが村にとって損になるとしても、余りある物を既に貰っている。
 カンザキさんは私の問いに動揺した。凄まじい速さで視線が上下左右に動く。そして、急にピタリと下を向いて動かなくなった。
「……カンザキさん?」
 私の呼びかけに応えは無い。
「……カンザキさん?」
 もう一度、呼びかける。しかし、応えは無い。
 私は何か訊いてはいけないことを訊いてしまったのではないか。そんな不安に駆られた。
「カンザキさん!?」
 不安から出た言葉は自然と大きな声になる。
「……え?」
 そんな気の抜けた言葉が返ってきた。
 カンザキさんは何か凄く深い事を考えていたのかもしれない。
 もう一度尋ねると、
「俺は全然凄くないよ。少なくともそれは俺の力じゃない」
 カンザキさんは今までの様子とはまるで違うゾッとする空虚な言葉を口にした。
 けれど、私はそれが絶対に違うと思った。
「それでも……それでも、カンザキさんは私を助けてくれました。私を助けるために動いてくれました。だから私はこうして生きています。村の人達もそうです。カンザキさんが居なければ、カンザキさんが動いてくれなかったら、きっともっと怪我人が……もしかしたら、死ぬ人が居たかもしれません……」
 カンザキさんの行動で私の命は救われた。村は救われた。それがカンザキさんの力じゃないなんて、カンザキさん自身にさえ言ってほしくなかった。
 そんな自分の感情をぶつけてカンザキさんは怒らないだろうか。そう思ってカンザキさんの顔を見る。
「ありがとう。アニーの言葉、凄く嬉しかった」
 カンザキさんの笑みは少しだけ自然になっていた。

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