異能力で異世界充実

田所舎人

05_夕食

 夕食の時間となり、布で包んだ絵を持ってきたタニア婆さんが呼びに来た。
 絵を一度受取って現代で所要を済ませてから、再び異世界に渡って部屋を出て居間に向かうとタニア婆さんが丁度料理を配膳し終わる所だった。
 これは美味そうだ。そういえば、外食以外で人の手料理を食べるのはずいぶんと久しぶりな気がする。
「さぁさ、カンザキさん。お座りくださいな」
 既に席についているトム爺さんが席を勧めてくる。
 テーブルの周りには椅子が四脚ある。三人家族とお客さん用で一脚だろうか。
 俺は会釈をしながら席に座る。
 目の前には粗挽きした麦で作った硬そうなパンと干し肉を浸した豆スープ、火を通した複数の根菜が皿に皿ベラれていた。
 この世界では麦が主食のようだ。スープの方は干し肉、豆、芋が入っている。根菜は見たままだった。
「今日はカンザキさんのために腕によりをかけたんですよ」
 タニア婆さんも席に着く。
「では頂こうかの」
 トム爺さんが手を合わせ何かを唱えている。かなりの小声で俺にはかすれて聞き取れない。
 タニア婆さんも同じように唱えている。たぶんこの国か村での風習なんだろう。
「ここって神様に祈る風習でもあるんですか?」
 二人が祈り終わったタイミングで訊いてみた。
「ああ、森の神様に感謝をしているんだよ。カンザキさんの国ではしないのかい?」
「奇遇ですね。俺の国でも自然に感謝をして食事をする習慣がありますよ。長い祈りの言葉こそないですけど、手を合わせて『いただきます』と言うのが俺の国の作法です」
 やっぱり自然崇拝をする風土が有るところは安心するな。
「それはいいお国ですね」
 では、早速料理を頂こう。どうやら食器は木製の物ばかりだ。
 まずは豆スープを一口頂く。どうやら干し肉に刷り込んだ塩気がスープに染み出しており、豆の方は仄かな甘みがある。根野菜は火を通しているだけに僅かに甘味がある。パンの方は弾力が無く、硬式テニスボールかと思う程硬かった。この世界では力強い俺でもそのまま歯を立てる事に躊躇いを覚える程だ。他の三人を見てみると、どうやらそれはスープに浸して食べるらしい。
 正直、この世界の村人の食水準であればこんなものかと思った。漫画やアニメではもっと美味そうなイメージがあっただけに残念だ。しかし、俺が魔獣と戦い、その上怪我人の応急手当をした礼として振る舞ってくれている事そのものは素直に嬉しい。
「アニーさんはお二人のお孫さんですよね?」
「ああ。アニーはワシの息子の娘でね。アニーの上にもう一人、孫がおるんじゃよ」
「上というとお姉さんですか」
「ああ。もう息子はおらんようなったが、姉の方は息子の店を引き継いで今でも街で商売をしとるようじゃよ」
 息子がおらんようにってことは蒸発したのか死んじゃったのかな。
「街で商売ですか?」
「サニングという街で『万屋猫目石』という鑑定屋をやっていたはずじゃ」
「街で鑑定屋ですか?」
「ああ。街のことならワシよりセシルさんの方が詳しいと思うわい」
 なるほど。とここで料理を食べ終わってしまった。
 量は並で味は少し物足りないが、味付けは薄い方が好きなのでそこまで不満はない。肉や野菜もバランスよく食べられ、満足感がある。しかし、調味料の類が塩だけだ。こういった点でも何か用意できるものがあるのではないかと思った。例えば豆スープに味噌やだしの素を入れれば変わるだろうし、干し肉に塩だけでなく胡椒を刷り込んでもいいだろう。
 そういえば金と胡椒が等価な時代もあったと聞くしこの世界でも調味料は売れるんじゃないか? 今度、セシルに尋ねてみよう。
 俺は手料理をご馳走になった礼もそこそこに早速、現代世界に戻った。
 さすがに疲れた。ずっと向こうに居たせいか、体が異様に重い。本来の体重が重いってのも困りものだ。
 モニターに表示された時計を見ると既に午後五時を指している。
 俺は救急箱を押し入れに仕舞って買い物に行く。
 行く先は某有名質店。そこでセシルから渡された指輪を鑑定してもらうと五万円の値が付いた。
 銀貨二〇枚の金の指輪で五万円なら、銀貨一枚当たり二五〇〇円ぐらいか? これなら俺の予想も大きく外してなさそうだ。
 これで大雑把だけど、あの世界とこっちの世界のレートが分かってくる。
 向こうで儲けたら金にして、こっちの世界で現金に換える事はできそうだ。
 さてと、これらを元手に何を買うか迷う。
 まず、包帯を十個と良い薬を十缶。それから消費した常備薬を補充。
 とりあえずの買い物を終え、スマホを見ると午後七時だ。
 俺は大学の友人のカミやんに電話を掛けた。
 カミやんは俺と同期で入学して今は院生二年。留年している俺と唯一交流がある友人だ。
 今の時間ならまだ大学で卒研をしている頃だろう。
「もしもし、カミやん? ちょっと頼みごとがあるんだけど、いい? ちゃんとお礼はするからさ」
「ああ、神崎君? ええよ。ボクも休憩しようかと思って研究室出たとこやし。どこで集まろか」
 カミやんは関西の出身で訛が俺と違う。
「大学前のラーメン屋で」
「了解。すぐ行くわ」
 通話を切ってラーメン屋に向かう。
 ラーメン屋は駅から大学に向かう道のちょうど真ん中にある。
「おっす」
「おっす」
 先に席についていたカミやんが手を上げて挨拶をしてきた。
 カミやんは自転車好きでアニキャラ好き、声優オタク。今日もアニキャラを背負ったウインドブレーカーが眩しい。
「研究どうよ? 卒業できそう?」
「それを神崎君が言うたらダメやろ?」
「そりゃそうだわな」
 俺は笑いながら冷水を注ぎ、飲み干す。
「そんで、神崎君が急に電話してきたって事は何か話があるんやないの?」
「話が早くて助かる。ちょっとこれの材質を調べて欲しいんやけど」
 俺は換金をするかどうか迷って、結局ポケットにしまったままだった銀貨と魔石を卓上に出す。
「これ……ゲーセンのメダルやないね。こっちは……何かの原石ぽいな」
「大学の研究設備で調べて欲しいんだけど、できる?」
「これの何を調べばええん? 材質? 強度? 成分?」
「材質で。こっちのメダルは銀でできてるなら、含有率まで調べられるといいかな」
「んー、非破壊検査じゃないとダメなん?」
「これは試料だから好きなように扱っていいよ。結果さえ分かれば」
「分かった。大学の課題やないし、レポートみたいにはせんでええやろ?」
「成分表だけあれば十分。どれぐらいで結果が出そう?」
「設備使用の申請もせないかんやろうし、いつってのは言えんかな」
「そうか」
「これがどうかしたん?」
「実はある伝手でそれが手に入ったんだけど、それが本物の銀貨かどうか分からなくてさ」
「ええ!? これって銀貨なん!?」
 ラーメン屋の中にかみやんの声が響く。
「まだ本物って決まった訳じゃないけど、どうにか調べられないかなって」
「ああ、そういうことね。いつまでに結果が欲しいとかあるん?」
「早ければ早いほどいいけど、遅れたからって問題があるわけじゃないし」
「オッケー」
 そこで豚骨ラーメンが二つ差し入れられた。
 柔らかく煮られたチャーシューが三枚。細く刻まれたきくらげとメンマ、もやしとネギがトッピングされ、真ん中には煮卵が入っている。
 麺は俺好みにカタで茹でられ、わずかに芯が残っている。
 味付けは薄い方が好きだが、ラーメンは別だ。

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