誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華

理解不可能な領域【4】

───今日は1日、雨が降らなかった。少しずつ夏が近付いていて、もう少しで梅雨が明けそうな気配がしている。クローズ時間になり、締め作業をしてから駅前まで向かったが夜もジメッとして蒸し暑かった。夕方からのアルバイトの女の子とは駅で別れて、ロータリーで日下部君を待っている。

「お疲れ様、乗って!」

シルバーの車が目の前に停車し、開いた窓から声をかけられる。日下部君の車は、車内の静粛性と制御装置を兼ね備えた五人乗りの人気のハイブリッド車。乗っていると本当に音が静かでドライブしてたら、眠くなってしまいそう……。

「お疲れ様です、お迎えありがとう。日下部君は私に合わせて退社してるの?」

「……そーゆー訳じゃないけど、時間を合わせるのに残業しながら待ってたりするから、つまりはそうなるかな?仕事は山程あるからな」

「ふうん、そうなんだ」

仕事帰りにお迎えに来てくれるだなんて、本物の彼氏みたいだ。しかも、私の退社時間に合わせてくれているし……。私は随分と甘やかされている。

「今日はどうする?明日は土曜日だから俺も休みなんだよね」

「どうするも何も自宅に帰るけどね、私は……」

サービス業だが、他の店舗の社員の方がシフトに入ってくれるそうで土曜日の公休を貰えた。シフト制で土日専用のアルバイトも出勤するので交代制で休むようにしている、と日下部君が言っていた。エリアマネージャーになれば、日下部君と同様に土日祝は休みらしい。

「冷たいなぁ、佐藤は。おひとり様同士、仲良くするんじゃなかった?」

「そんな事言ったかな?」

私はその先の会話が怖くなり、冷たくあしらった。仲良くって、日下部の仲良くは一体何?二回もエッチしちゃってるから、今日もする流れになるのかな?

「……まぁ、いいや。明日さ、佐藤の用事がなかったらドライブでも行かない?」

「明日は特に何もないよ」

正確には、常に用事と言う用事はあまりない。友達とも中々、休みが合わないし。実家の家族とも滅多に出かけなくなったしなぁ……。

日下部君に誘われるのは喜ばしいのだけれど、付き合いたてのカップルみたいに休日の度に出かけていたら、急に飽きられた時が怖い。飽きられたら、また一人ぼっちになってしまう……。

「さっきの件だけど……、佐藤が嫌じゃなかったら引っ越して来なよ。朝食の下りは気にしなくて良いからさ」

「あ、あのさ……、日下部君。私達が一緒に住んだら同棲になるじゃない?」

「佐藤が気にしなければ俺は大歓迎だよ。佐藤が帰った後、また一人か……って思ったら切なかった」

それは私も同じ。一人ぼっちになれば、切なさと悲しさが波のように押し寄せてくる。日下部君は私が"うん"と言うのを待っている。私達は付き合ってもいないから、釈然としない。日下部君と一緒に住めたら、私も幸せだよ。ただ、その目先の幸せを本物の幸せだなんて、勘違いしたくない。勘違いした先には、虚しさしか残らないから……。

「私も同じく寂しいんだけどさ……。でもね、この先、日下部君に彼女が出来たら私は追い出される訳じゃない?そしたら、また私は一人ぼっちのままなの」

「彼女……?」

「うん、彼女」

「俺ももう30だから、彼女よりも結婚してくれる相手を探したいからなぁ」

「だったら……尚更、私と一緒に住んじゃ駄目だよ。結婚前提の彼女探さないと」

日下部君は運転しながらボヤいていた。私は自分の気持ちを知られて関係が終わってしまうのを恐れて、理想とはかけ離れた事を言ってしまう。彼女にもなれない私が、結婚相手になんてなれないもの。

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