婚活アプリで出会う恋~幼馴染との再会で赤い糸を見失いました~

春乃未果

業務命令(1)

1週間ぶりの出社で、少し緊張しながらエレベーターを待っていた。
なぜか、前に並ぶ女性社員たちがチラチラとこちらを振り返る。後ろには誰もいないから、どうやら私のことを見ているらしい。

自分の席に着くと、後輩女子の今井さんから声を掛けられた。

「里穂先輩って、交際順調なんですね。うらやまし~」

「なっ、いったい何のこと?」

「人事の小田さんがSNSで自慢してるみたいですよ。里穂先輩とのデート写真」

今井さんから事情をいて、小田さんのSNSをチェックしてみた。
以前公園デートした時に一緒に撮った写真や、お弁当の写真まで堂々と公開している。

まさか、以前よりも交際をアピールをしてるなんて……もう限界。
こんな状態のまま心穏やかに仕事をすることなんて、とてもできそうになかった。


「課長。相談があります。ここでは話せないので、会議室までいいですか?」

山野課長は、不思議そうな表情を浮かべ、了承した。
ひっそりとした会議室で、付き合った経緯からストーカー事件のことまでの詳細を話した。

「事情はわかった。つまり、小田君との付き合いはもう終っているということなんだね」

すぐに話をわかってもらえて、胸を撫で下ろした。

「でもね、部長に伝えても、きちんと対処してもらえるかどうか……。
一応アプリを通しての付き合いだし、最初はお互いの都合で付き合ったわけでしょ。
それにマッチングに成功したカップルが、こういう形で破局するとなると、社内的にも印象が悪い。今後も、全社員へ積極的にアプリを広めたいと思っているからね。
しかもバレンタイン企画に、二人で参加してもらおうという案まで出ているし」

課長の話を聞いて、呆然としてしまった。
会社側はストーカー行為よりも、破局したことを隠したいというのだ。

「力にはなりたいけど、僕の役職では、難しいかもしれないな」

済まなそうに笑う課長を見て、これ以上話をしていても進展がないことを悟った。

「わかりました。話を聞いて頂き、ありがとうございます」

力なく会議室を後にする。
すぐ席に戻る気にならなくて、エレベーターに乗りエントランスへ降りると、ちょうど小田さんとバッティングしてしまった。
向こうは数人の同僚と一緒にいる。
視線を合わせないようにうつむいて通り過ぎようとした。

「鈴河さん、おはよう」

「おはようございます」

声のトーンを落とし、儀礼的に挨拶を交わした。
隣にいた同僚が小田さんに微笑みかける。

「照れてるよ。可愛いじゃん」

ボソッと呟いた声が聞こえてくる。
早くその場を離れたくて、足早に外へ出た。


このまま、こんな状態で仕事を続けなくちゃならないなんて……もう無理なのかもしれない。
お昼に万智を誘い、外の定食屋に出掛けた。

「えぇっ!? ストーカー?」

「シーッ。大きな声では話せないんだけど……とても困っていて」

こと顛末てんまつを話すと、万智は驚いた表情をこちらへ向けた。

「まさか! 小田さんって、紳士的で一見穏やかそうに見えるけどなぁ」

「顔が広い万智なら、小田さんについて詳しい知り合いがいるかもと思って」

「OK! 調べてみるよ。それと、帰りは必ず一緒に帰ろうね」

課長に相談して何も解決してもらえなかったのに、同僚には力強く応援してもらえるなんて。万智の言葉がとても頼もしく思えた。


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