上杉山御剣は躊躇しない

阿弥陀乃トンマージ

第12話(4) 両隊共同戦線

「ふむ、なかなかの設備だな……」

 隊舎のトレーニングルームを見渡しながら火場桜春が唸る。

「ぎゃあー!」

「上杉山隊長の方針だろうか? 正直少し羨ましいな……」

 トレーニング器具を触りながら火場が呟く。

「うぎゃあー!」

「我が隊もトレーニングルームを拡張すべきだとお館様に進言だけでもしてみるか……」

 火場が腕を組んで考え込む。

「ふんぎゃあー!」

「……何事だ、騒々しい」

「これを見て分かりませぬか 」

 億葉が女王蜂の妖に追われながら叫ぶ。

「交戦経験があるのか?」

「以前、少々!」

 億葉は女王蜂の妖の攻撃を必死に躱す。手持ち無沙汰の火場は両手を広げる。

「相当恨みを買っているようだな、さっきから君ばかりを狙っている」

「待っていなさい、コイツを片付けたらアンタよ!」

 女王蜂の妖は部屋の片隅に億葉を追い詰める。。

「片付けられたくはないであります!」

 億葉は背中を向けてしゃがみ込む。大きなリュックサックが億葉の体を隠す。

「馬鹿め、それごと貫くまでよ!」

 女王蜂の妖が針を突き出す。

「『一億個の発明! その27! ビッグマジックハンド!』」

「なっ 」

 リュックサックから巨大な二つの手が飛び出してきて、針を払いのける。

「ぐっ!  」

 体勢を崩した女王蜂の妖の目に巨大な手がデコピンの形を取っているのが見える。

「喰らえであります!」

「ぐはっ!」

 指に弾かれた女王蜂の妖は壁を突き破り、隣の簡易道場にまで豪快に吹っ飛ばされる。

「くっ! 相変わらずふざけた戦い方を……」

「そうか? 立派な戦い方だと思うが」

「 」

 起き上がろうとした女王蜂の妖に跨るように火場が立っている。

「毒針を使う相手に正攻法で挑む馬鹿もそうは……おるまい!」

「がはっ!」

 火場の振り下ろした拳が女王蜂の妖の首をもぎ、床にめり込んだ。

「ここが道場か……ここも良いな」

 火場が周りを見回しながら、うんうんと頷く。億葉が恐る恐る近づく。

「い、一撃必殺とは……お見事です」

「君、建物の設計図などは書けないのか?」

「はい?」

「ここのトレーニング施設が気に入った、我が隊舎にも欲しい。図面も併せて説明すれば、お館様、我が隊長にも理解を得やすい」

「流石に建築に関しては素人ですが……所持している図面のデータをお送りしましょう」

「それは助かる」



 隊舎の正面の広場で、姿を大きく変化させた二匹が言い争う。

「与太猫は引っ込んでいろ……」

「駄目犬は大人しくしているにゃ!」

「この間もお前が出しゃばりさえしなければ、あんな天狗の小僧如きに後れを取ることなどなかった!」

「はっ! よく言うにゃ! ほとんど一撃でやられた癖に! 二秒と保たにゃかったんじゃにゃいか 」

「醜い言い争いね……」

 空中でそれを見ていた蜂の妖が呆れたように呟く。又左と武枝隊所属の妖犬、尚右はそんな相手を一瞥すると、再び言い争いを始める。

「ちょ、ちょっと! 無視すんじゃないわよ!」

 尚右はため息をつく。

「……まずうるさい奴を片付けるか」

「それは同感にゃ!」

「うるさいって……それはこっちの台詞よ!」

「行くにゃ!」

 又左が隊舎の壁に向かって飛び、壁に着くと同時に再び飛び、蜂の妖に飛び掛かる。蜂の妖が余裕の笑みを見せる。

「ふふっ! 残念! 高さが足りないわよ!」

「三味線!」

「なっ 」

 又左が振り下ろした両手の爪から斬撃が飛び、蜂の妖の両翼を引き裂いた。蜂の妖は地上に落下する。尚右がそこに襲い掛かる。

剣歯けんし!」

「ぐはっ……」

 喉笛を噛み千切られた蜂の妖は霧消する。

「ワシのお陰だにゃ!」

「一撃で仕留めろ、手間を取らせるな、阿呆猫……」

「シャ―! わざわざ手柄を譲ってやったのにゃ! この馬鹿犬!」

 二匹の醜い言い争いが再開される。



 臨時の作戦室となった転移室で各自の報告を受けた御盾は満足そうに頷いて叫ぶ。

「非戦闘員の避難は完了、死者はゼロ! 皆、よくやった! 此方らの勝ち戦じゃ!」

「勝どきを上げるにはまだ早いかと……」

 転移室に白いスーツ姿で中折れ帽を目深に被った男が入ってくる。

「其方か……何用じゃ?」

「知れたこと……大将の首を取って一発逆転ですよ!」

「させるか!」

 スーツ姿の男が二又の槍を御盾に向かって鋭く突き出すが、陰から飛び出した山牙恋夏の槍がそれを阻む。山牙はすぐに反撃し、男の首を狙うが、男は素早く躱す。山牙の一撃は帽子をはたき落とすにとどまる。その時露になった男の顔を見て、山牙は驚く。左眼の部分が骸骨化していたのである。

「ふふっ、そうは甘くありませんね。ここは大人しく引き下がるとします……」

 男は帽子を拾うと、その場から姿を消す。御盾が山牙に声を掛ける。

「よくやった、恋夏」

「あ、あいつは何者なんです?」

「あ奴は狂骨きょうこつ……妖を甦らせることの出来る半妖じゃ」

「まさか隊舎を狙ってくるとはな……だが、大体分かってきた」

 そう言いながら転移鏡から御剣が勇次を連れて姿を現す。御盾が笑う。

「ふん、わりと遅かったではないか」

「少し手こずってな……武枝、礼を言う前にもう少し付き合ってもらいたい」

「それは構わんが……」

「勇次君♪ って、ど、どうしたの  その顔!」

 山牙が勇次の顔を見てギョッとする。ボコボコに腫れ上がっていたからである。

「なんていうか、ちょっとした代償を払ったというか……」

「どさくさまぎれに人の体を色々と弄るからだ……」

「い、いや、あれは半分不可抗力ですよ! 邪粘の奴がギュッと締め付けてくるから二人の体の色んな所が密着したり、絡み合っちゃったりして……」

「ぐ、具体的に言わんでも良い! たわけが!」

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