人体強化人間の異世界旅路

鈴木颯手

覚醒を待つ少女

「和人……」

 サジタリア王国西部最大の都市ケラースにある教会直下の医院にて一人の少女が悲し気な表情でうつむいていた。彼女の視線の先にはベッドに横になり包帯を体中に巻いた青年の姿があった。青年は全く起きる気配はなく規則正しくも弱弱しい呼吸をしていた。

「……ナタリーさん、そろそろ」
「……」

 そんな少女、ナタリー・ダークネスに声をかけた男、ケラース教会の助祭はナタリーを見た後にベッドに横になる男を見た。

「間もなく半年になりますね……」
「……」

 助祭は半年前の様子を思い出す。それは天使の降臨祭の日の夕方だった。突如血だらけの男を抱えたナタリーが教会に駆け込んできたのである。当時助祭は司祭とともに教会内で作業を行っていた。ちょうど降臨祭の片づけを行っていたところであり少し早ければ教会の催し物を見に来た一般の人々と鉢合わせしていただろう。

【和人を、和人を助けて……!】

 今にも泣きそうな顔で必死に訴えかけてくるナタリーに司祭は迅速に対応した。ナタリーから血だらけの男、鈴木和人を受け取ると治療を開始した。司祭が回復に関する魔法の使い手だったこともあり和人は一命を取り留める事が出来たものの、この半年の間覚醒することはなくずっと眠ったままの状態が続いていた。呼吸は安定している事や体は回復傾向にある事から何らかの原因があると推測されるも原因究明には至らずに今日に至っていた。
 その間、ナタリーは教会でお世話になりながら和人の世話を行っていた。メイアの家から荷物を移し、和人に流動食を食べさせ、下の世話も嫌な顔一つしないで行った。全ては和人のために。

「……」
「和人さんが戦ったとされる相手については今も分かっていません。目撃していたと思われるメイアさんについても記憶が混乱しているようで今日も聞くことはできませんでした」

 ナタリーが和人を背負ってステージ裏を飛び出してすぐに別の者が異変に気付き直ぐに警備兵がやってきた。しかし、その時には気絶していたメイア以外の者はいなくなっており原因の調査は難航した。加えて、サジタリア王国が神聖ゼルビア帝国に侵攻することになったために人員がそちらに割かれ、大敗した。現在は国王以下王太子などの出陣した者たちで国の重要人物は軒並み戦死か行方不明となっており国の立て直しが行われていた。それもありこの街で起こった出来事はスルーされてしまい原因究明を行っているのは彼らを保護したケラース教会の人間のみとなっていた。これにより真相を探るのは絶望的となってしまっていた。
 唯一、目撃していたであろうメイアも記憶の混濁が激しく、酷いときは自我が崩壊仕掛けてしまい、発狂することもあるほどである。これが収まらない限り、詳しいことは聞けないだろう。

「……」

 ナタリーは悲しげな表情のまま和人が目を覚ますことを祈るしか出来ない。
 どんな敵も圧倒的な力で葬り自分の好きなように行動した彼女にとって、今回の出来事は自らの力が遠く及ばない事があると認識させる出来事であった。

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