人体強化人間の異世界旅路

鈴木颯手

デネブ・アルゲディ攻防戦・序

「ぎゃぁぁぁぁっ!!!」
「ひ、ヒィっ!」

 デネブ・アルゲディの城壁にいた兵士たちは降り注ぐ火の玉を見て混乱しながら逃げ惑う。火の玉は触れると小規模な爆発を起こし鎧ごと兵士を破壊していく。火の玉は降り注いでいる上空にある巨大な球から落ちてきていた。それが三つ、城壁の上に配置されており二重帝国の兵士を殺していく。

「一番球、魔力が切れます」
「よし、次の生成開始」
「了解」

 デネブ・アルゲディより東にある魔帝国軍の本陣では約百人のエルフが魔法を発動していた。城壁に降り注ぐ火の玉は彼らによって発動した魔法であった。大量の魔力を消費するこの魔法は即座の発動は出来ないが一度発動すれば魔力が無くなるまで火の玉を降り注ぎ続ける。発動後も多少の移動は可能であり敵の防害を防ぐことも出来た。
 反包囲完了と共に発動準備に入った彼らは何の抵抗もなく術を起動、城壁の上に生み出し火の玉を降り注ぎ始めた。既に百人以上の兵が死んでおり助けようと近寄った兵も爆発に巻き込まれている。爆発が起きている為当たった個所はボロボロになっており少しだけ城壁が削れていた。

「司令、包囲していない西側から敵市民と思われる者達が出てきています。道に沿って西に向かっています」
「分かった。一番奥に展開しているゴブリン部隊に攻撃するように告げよ」
「はっ!」

 フリードリフは部下からの報告を聞き直ぐに指示を出す。本陣から見て一番奥に位置するゴブリン部隊はこういった事態に対応できるように配置されていた。
 そしてゴブリン部隊に迅速に命令が届き彼らは前進を開始する。デネブ・アルゲディから出て来た市民は着の身着のままと言った様子で両手や背負える程度以外の荷物は持っていなかった。それでも普通の人よりもその動きは遅いうえにゴブリン部隊が近づくと彼らはパニックに陥った。

「落ち着け!」

 しかし、そこへ騎乗した騎士たちが姿を現した。純白の鎧に包まれた彼らは何処か神聖的な雰囲気を醸し出しており市民たちのパニックを抑える事に成功した。

「我ら聖ロリエル騎士団が君たちを守る!君たちに一切の危害を加えさせたりはしない!」

 堂々と言う騎士団長の言葉は市民たちを安心させることに成功し先程よりも駆け足気味だがパニックにならずに避難を開始した。
 それを見た騎士団は彼らに背を向けるとやって来るゴブリン部隊と対峙した。

「騎士団諸君!我らの実力を魔物どもに見せつけてやるのだ!」
「おおぉぉぉぉぉっ!!!」

 聖ロリエル騎士団三千はデネブ・アルゲディ西部にてゴブリン部隊五千と戦闘を開始した。









 聖ロリエル騎士団は二重帝国において最強の騎士団である。全員が屈強な肉体を持ち毎日厳しい訓練を受け月に一度実戦を行い戦場にも慣れていた。更に構成員三千人のうち五百人が魔法を使う事が出来さらにその中の十人は世にも珍しい回復魔法の使い手であった。
 そんな精鋭中の精鋭が自分たちを守ってくれているという安心はとても高くデネブ・アルゲディから逃げる市民たちは心強かった。行く先などない彼らだが一縷の望みをかけてポラリス伯国に向かって行く彼らだったがその足は直ぐに止まる事になる。
 自分たちを守ってくれていた聖ロリエル騎士団。二重帝国最強の騎士たちは、魔帝国軍のゴブリン部隊に蹂躙されたのだから。

「う、うぅ……」
「あ、が……」
「ち、くしょう……」

 三千人のうち僅かに百人ばかりの生き残りは全員がその場に倒れ込み誰一人として立てずにいた。そんな彼らに容赦なくゴブリンたちは追撃する。手に持った木製の棍棒に鉄を巻き付けた武器を振り下ろしていく。人間の大人より力の強いゴブリンの攻撃に生き残りは撲殺されていく。まともに抵抗も出来ずに撲殺されていく彼らを見て市民たちは恐怖でその場に立ちすくむ。一部の者は逃げ出しているが大多数はその場から動けないでいた。
 そして、生き残りを全て殺したゴブリンたちの視線が市民の方を向く。何人かが小さく悲鳴を上げたがそれをかき消すように耳障りな雄たけびを上げてゴブリンたちが走り出した。それを見てようやく逃げ出すが重い荷物を持つ市民たちは一人、また一人と捕まっていく。捕まった市民たちは男なら撲殺、女なら凌辱していく。デネブ・アルゲディの城壁の上からその光景は良く見えたが聖ロリエル騎士団が全滅したのを見た兵たちは誰一人として動けなかった。自分たちとて死にたくないのだから。

「……頃合いだな」

 フリードリフは目を閉じ魔法でその様子を観察していたが魔法を解き目を開くとそう言った。そして右手を上げて合図を出すと魔族たちは魔法の行使を止める。当然炎の球体も消え城壁に降り注いだ悪夢は消え去った。
 フリードリフは魔力を両腕に集める。自分の中にある魔力のみならず周囲の魔力すら集めていく。フリードリフを中心に風が吹き荒れていき魔族たちは吹き飛ばされないようにその場にしゃがみ込む。
 そして、必要な量を集めたフリードリフは両腕をデネブ・アルゲディに向けると一言だけ、言った。

亡者の津波ヴェイザー・ナルヴァヴィル

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