人体強化人間の異世界旅路

鈴木颯手

ボラネデ戦・戦後

「隊長!領主館の制圧を完了しました!」

 領主館の執務室に入って来たジュン・スギタニに対し部下であるオーパが敬礼しながら答えた。執務室はきれいな状態で残っているが部屋の中央にある領主が座っていた周辺は血だまりが出来ていた。その中心部には胸に大きな穴をあけたマッタンが仰向けに倒れており目を見開いたまま絶命していた。

「ご苦労。既に街も鎮圧が完了している。……ああ、ゾスマ侵攻軍も予定通りに陥落させたそうだ」
「そうですか。なら我らはこれより北上し帝都の制圧をすればいいのですね」
「そうだ。予定では魔王軍はレグルスに向かい殲滅しているころだ。それが終わればレオル帝国の主要都市は全て陥落、壊滅した事になる。そうなればレオル帝国という”国”は完全に消え去る」

 ジュンはそう言うと執務室の机に腰かける。机には何かの書類が置いてあり死ぬ直前まで仕事を行っていた事を伺わせた。

「そう言えば隊長はエリダ様との仲はどうなってますか?そろそろ結婚する予定でしょ?」
「ああ、レオル帝国滅亡後に大々的に行われる予定だ。そうなれば確実に他の諸国に魔王軍との関係がバレる。まぁ、今の時点で大分怪しいがな」
「ちょっかいをかけてくる国なんていないでしょ。サジタリア王国はそれどころじゃないし二重帝国はそもそも外征する力がない。神聖アンドロメダ帝国は東にある国家と戦争中。国境を接する国がこれなんですよ?問題ないですよ。それ以外だとスコルピオン帝国とかがありそうですけどあの国はピスケス共和国との戦争で忙しいし間には魔王軍があります。態々突っ切ってまでこちらに来ようとはしませんよ」
「そうだと良いがな」

 ジュンは暗く濁った瞳で天井を見ながらそう呟いた。”とあるきっかけ”からジュンは人間を信じていないし信頼もしないと決めている。人間なら何をしても可笑しくないという重いがある為ジュンは常に様々な事を想定し、対策を行っていた。それこそ、やりすぎと言われても可笑しくないくらいに……。








「あら?貴方がタウラス公国の裏の大公家・・・・・の婿に入った人?」

 突然聞こえてきた女性の声。それはジュンとオーパの警戒レベルを一気に上げ臨戦態勢に走らせた。この執務室にはジュンとオーパ以外に誰もいない。それにも関わらず聞こえてきた声に警戒スルナと言う方がおかしな話である。
 二人は直ぐに警戒すると声のした方を見る。そこには体に張り付くようなボンテージ風の服を着た女性が立っていた。真っ赤な髪を腰まで伸ばし、どこか妖艶な雰囲気を見せるその女性を見てジュンはため息をつきながら警戒を解いた。

「オーパ。警戒する必要はなくなった。こいつは魔王軍の幹部・・・・・・だ」
「え?」

 ジュンの言葉に驚くオーパだが目の前の女性はくすくすと笑いを零した。

「あらあら。意外と顔が広まっているのね。工作員としてはよろしくないわね」
「工作員を統括する幹部が女性と言う事をエリダから聞いていただけだ。確証は薄かった」
「でも普通ならいきなり幹部とは言わないでしょう?」
「加えてエリダが会った時は見惚れるほどの真っ赤な美女だったと言っていた」
「ああ、成程」

 ジュンの言葉に女性は納得する。

「で?何の用だ?俺達はやる事がまだまだあるんだ」
「ああ、そうね。先ずは一つ目。レグルスは殲滅したわ」
「!早いな。予定ではまだまだかかると思っていたが……」
「確かに王都よりは骨があったけど奇襲を仕掛けたのだもの。まともに抵抗なんて出来ていなかったわよ」
「だろうな。俺だって撃退するのは難しい」
「あら?私達はそう思っていないわよ。出なければ”かつての盟友”とは言え手を組んだりなんてしなかったもの」
「そうだろうな」

 ジュンは初めて魔王軍と遭遇した時の事を思いだしながら呟く。

「二つ目はなんだ?」
「ああ、それは一つ目と関連しているわ。約束通り国境部分はこちらが持ったから後は貴方達で何とかしなさい。尤も、レオル帝国は既に滅亡したも同然。この状況なら簡単に全土併合できるでしょ?」
「そうだな」
「それで三つ目、と言うか最後ね。うちの幹部のヴァープが死んだわ」
「……勇者か?」

 魔王軍についてそこまで知っているわけではないジュンだがそれでも幹部である以上普通の人間ではまともに戦う事が出来ない力を持っている事を知っている。その為幹部を殺せる実力を持つ者は絞られる。その中で有力なのは勇者に殺された事だ。
 ”この世界に来てから”勇者と言うのが地球での一般的な常識と大分かけ離れているとはいえ実力派持っている事は分かっていた。彼らなら幹部を殺す事もよういだろうと。しかし、女性あkらの言葉は意外なものだった。

「いいえ。殺したのは無名の相手よ」
「なに?そんな事が可能なのか?」
「騒ぎになるような事をしてこなかった可能性もあるけど実情はおそらくあなたと同じよ?」
「……”転生者”、いや状況的に”転移者”か」
「そうだと思うわ。何せ名前の響きが似ているらしいから」
「そいつの名前は?」
「”カズト・スズキ”。黒髪黒眼で曲刀の様な武器を持っているわ。既に幹部二人を殺しているから実力派疑う余地はないわね」
「カズト・スズキ……、鈴木和人か。幹部を殺せる実力者は厄介だ。そいつは今何をしている?」
「分からないわ。どこで知り合ったのかレオル帝国の勇者と一緒で離れた隙にヴァープが仕掛けたけど返り討ちに遭った。そして、勇者に連れられて何処かに行ってしまったわ」
「同行不明か。分かった。こちらも気を付けるとしよう。それにしてもレオル帝国の勇者と一緒か……。一体なぜそうなったのやら」
「私にも分からないわ」

 魔王軍の工作員が和人達を監視するようになったのはクレイナスの死後だ。勇者同伴と言う事で気付かれないように長距離からの監視の為詳しい情報はあまり入ってきていなかった。その為、二人の出会いなど分かる筈がなかった。

「それでも重傷を負ったみたいだし当分は表に出て来ない可能性が高いわ」
「それならそいつらが何をしても手遅れになるまで進めればいいだけの話だな」

 ジュンは故国を滅ぼした事でレオル帝国の勇者が復讐しに来ることを考えつつ女性からの報告を聞き終えるのだった。

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