人体強化人間の異世界旅路

鈴木颯手

ボラネデ戦1

「一体何が起こっているのだ……?」

 レオル帝国南部の港町であるボラネデの領主、マッタンは困惑した声で呟いた。彼の下には帝都に向かった商人たちからの報告が上がっていた。

曰く、”帝都が攻撃を受けている”
曰く、”魔王軍の襲撃だ”
曰く、”帝国は終わりだ”

と言った嘘か本当か分からない者ばかりでマッタンはどう対応していいのか分からなかった。それでも”何か”が起こっているのは確かなので都市の防衛の為に騎士を防壁に配置すると同時にすぐにでも門が閉じられるように準備を行っていた。一方で様子を見るために帝都方面に偵察を出して確認作業も行わせていた。

「ペース要塞にも知らせを出せ。彼らも本国からの情報が入らず右往左往している可能性があるからな」
「はっ!」

 マッタンは自身の騎士に指示を出しつつ何が起きているのか考察する。だが、現状では情報が少なすぎて全て憶測を出ないものばかりしか浮かばなかった。結局のところ、帝都に向かわせた偵察の帰りを待たないといけない状況になっていた。
 そんな風に現状の考察をしていると先ほどとは違う騎士が慌てた様子で入ってきた。

「マッタン様!ゾスマより救援です!」
「ゾスマだと?あそこに迎える主要街道はここからしか出ていないはずだが……」

 ゾスマはボラネデより北部に位置する都市で規模としては港を有するボラネデより小さいが古くにはタウラス公国との国境要塞都市として機能しており現在も規模は縮小しているがその機能を保っていた。
 そんなゾスマより救援要請が来るなど非常事態でありマッタンの脳裏には魔王軍の襲撃と言う可能性が浮かんでくるが騎士の次の言葉で虚を突かれる形となった。

「敵はタウラス公国です!」
「何だと!?間違いではないのか!?」
「この報告を持ってきた使者が確かに確認したそうです!数は2万!苛烈な城攻めを受けているとの事です!」
「何と言う……」

 マッタンは力なく椅子に倒れ込む。タウラス公国はかつてはレオル帝国と並ぶ大国だったが神聖アンドロメダ帝国とレオル帝国が同盟を結び長年にわたって領土を奪い取っていき最終的にレオル帝国の属国となる事で命脈を保ってきた国だった。その為レオル帝国に攻めてくるなど予想外であったのである。
 タウラス公国が攻めてくる。それはレオル帝国の支配から脱しても国家運営を出来る、怒り狂い攻めてくるであろうレオル帝国相手に戦える力を取り戻しているという事に他ならなかった。魔王軍の襲撃で混乱する今のレオル帝国に抗う力はあっても倒す力は残っていないだろう。

「すぐにでも援軍の兵を出すのだ。それとここにも攻めてくる可能性もある。決して油断しないように……」

 ゾスマへの援軍を決めようとした時だった。都市中に鐘の音が響く。東にある鐘が4回鳴らされた。4回の意味するものはタウラス公国が攻めてきたというもの。マッタンがこの都市の領主になってから初めて聞いたものでマッタンはまさに今自分が言った事が現実となった事で顔を真っ青にする。しかし、すぐに気を取り直すと大きな声で叫ぶ。

「げ、迎撃せよ!ゾスマへの援軍はそれからだ!」
「は、はっ!」

 騎士が部屋を出ていくのと同時に都市が混乱に陥るのはほぼ同じタイミングであった。











 ボラネデより東、タウラス公国領より侵攻する軍勢の姿があった。凡そ二万の軍勢は正規軍とは思えない装いをしていた。鎧や服装は統一性や規則性がなくまるで”それしか着るものがなかった”と言わんばかりであり武器も一応槍と剣を装備しているがそれも刃こぼれが起きていたり少し古くなっていたりしていた。
 そんな彼らだがれっきとしたタウラス公国の兵士たちでありタウラス公国屈指の港町アルバデランの常備軍である。にもかかわらず装備がバラバラなのは一重にアルバデランが陸軍よりも海軍に力を入れているためである。アルバデランはタウラス公国全体で食べられている魚介類の7割の水揚げ量を担っておりその関係上、海上での護衛に重きを置かざるを追えなかったのである。
 軍船や海上で使用する武器のメンテナンスは優先的に行われ陸軍は後回しにされつつあった。とは言えアルバデランと隣接する都市はゾスマとボラネデくらいだがそれらとつなぐ道は獣道程度しかない為大規模な侵攻は行えず小規模なら今のままで十分であったのだ。
 しかし、それにより急遽公国行政府よりボラネデへの侵攻を命じられた彼らの士気は低かった。まともに戦えば自分たちが負けるのは分かっていたからである。とは言えそれは陸に限る話だ。海では、海軍での士気は高かった。何せ自分たちの訓練の成果を発揮できるのだから。故に彼らは陸軍と並行してボラネデへと向かっていた。自分たちなら出来ると信じて。
 こうしてレオル帝国滅亡の間際に起こった【ボラネデ陸上海上戦】が幕を開ける事となった。

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