アフォガード
Chapter.3
翌日、授業終わりで集合場所のお店へ行く。入口で予約者の名前を告げると、個室に案内された。
スラリと音を立ててふすまを開ける。「おじゃまします……」
「お、来た来たー」
弾む声を出したのは悠子だ。
「わ、ほんとにモリマチさんじゃん。サイコウ!」
悠子と同じくらい顔の作りが整った女性――悠子の友達で、同学年の女の子――が親指を立てる。
「でしょ? 今日のメンバー、可愛い子じゃないと嫌がるって聞いたからさぁ」
「そーなんだよ。もーわっかりやすくって!」
二人で盛り上がっている間に入れず、静かにふすまを閉めた。
「あ、ごめん、ここ座って座って」
「あ、うん」
なんか嫌な予感がしつつも、悠子の右隣に座る。逆サイドから手が伸びて、ヒラヒラ動いた。
「ちゃんと話すの初めてだよね。ユーコとは同じサークルのホノカでーす」
「初めまして、森町かえでです」
「ねーちょっとマジで可愛いんだけど!」
「でしょ?!」
「どこで知り合ったし。うちらみたいなのと接点ないっしょ?!」
「ゼミが一緒なんだよ。ね」
「うん」
「めっちゃ可愛い子きたしひとりだしチャンスじゃね? って思って声かけたら、仲良くしてくれるようになった」
「ラッキーすぎでしょ」
「いやほんとに」
褒められすぎて勘違いしそうになったけど、キャッキャと盛り上がる二人にくらべて、私はなんて地味なんだろう。初対面の人もいるだろうと思って一応、綺麗めな服を選んだけど、ジャンルが違いすぎた。
不安になって、悠子の服の袖をつくつく引っぱる。「ね」
「ん?」
「私、いいのかな。場違いじゃない……?」
「なに言ってんの〜! 全然大丈夫だよ!」
「ヤダ! マジかわいい! あたしが連れて帰りたい!」
「だめだよ。かえで、好きな人いるんだもんね〜」
「ちょ」
「えー! マジで? 男子たち帰らせてその話したい」
「いや、好きっていうか! まだそうゆうんじゃないっていうか」
じゃあなんだろう、って自分でも思いつつ、何故か必死で否定してしまう。
「えー、ちょっと今度詳しく聞きたいんだけど〜。ユーコと一緒でいいからさ、今度三人でランチ行かない?」
「あ、いいね」
「それは、ぜひ」
「じゃあメッセ……」
ほのかちゃんがスマホを出そうとしたとき、スラリと音を立ててふすまが開いた。
「わ、もうみんな揃ってた。ごめん、待たせて」
「ううん? 大丈夫。いま来たトコ」
ほのかちゃんがスマホをしまって対応してくれる。
入ってきた三人は男子で、あー、やっぱりそういう食事会だったんだなーと思う。今更帰るわけにいかないし、まぁなんとか切り抜けよう……。なんて少し後ろ向きなことを考えていたら、注文を取りに店員さんが個室に入ってきた。
未成年の女子たちはソフトドリンクだけど、男性陣はお酒を注文した。そのすぐあとで始まった自己紹介で、男性陣が年上だと知る。
どうやって知り合うんだろう?
素朴な疑問が湧いた。今度開催されるかもしれないランチで聞いてみよう。
この春で大学三年生になるという彼らはやはりまだ若くて、自分よりはしっかりしてそうだけど、店長に比べたら……と考えて小さく首を横に振る。人と比較するのはさすがに失礼だと気付く。
「えーと、かえでちゃん?」
「っ、はい」突然名前を呼ばれて少しビクッとして、返事する。
「もしかしてこういうの、慣れてない?」
「そ、そうですね…すみません……」
「いいよ、謝らなくて」
向かいの席に座ってる、確か名前はナトリさん、が微笑む。多分、こういう人のことを世間では“イケメン”って言うんだろうな。
サラサラの茶髪に細い銀縁の眼鏡(多分、ダテ)、オーバーサイズの服が似合う。
「どっちの友達?」前に出した人差し指を左右に振って、悠子とほのかちゃんを指した。
「悠子、ちゃんです」
「へぇー。全然タイプ違うのに、仲いいんだね」
「そうですね……」
場違いですみません。
思わずまた謝ろうとしてしまって、口をつぐむ。ただの拗ねてる子供みたいだし、やめよう。
ナトリさんは押し黙った私を見て、ふっと微笑んだ。
「休みの日ってなにしてんの?」
「休みの日…は…家で本読んだり、片付けたり…とか?」
「外に遊びに行ったりは?」
「近所をお散歩、くらいです……」
「へぇ、なんかお店とか見たり?」
「うーん……あてもなく」
「ほんとの散歩だ」
ナトリさんが笑う。
あてもなく――店長に会えないかなって下心を抱きながら――散歩してるから、本当の意味での散歩とは少し違うけど、さすがに言えない。
「じゃあさ、今度一緒に」
「おいー、なに抜け駆けしてんだよー」
名取さんの言葉をさえぎって、隣から手が伸びて首に絡む。
「うぉ、なんだよ、邪魔すんなよ」
「お前がたまたま正面だったからって、ずるいぞー」
「なに椎木、おまえもう酔ってんの?」
「酔ってねーし」
言われた椎木さんは、腕に力を籠めて名取さんを引き寄せる。
「いてぇって、ちょっと山中、こいつ止めてよ」
「はいはい。椎木さー、やっかむのみっともないよ」
ヤマナカさんは椎木さんの両肩を掴んで、身体を引き戻した。
「だってたまたま正面だからってさー」
ふくれるシイキさんに向かって、悠子が同じように不満そうな表情を見せる。
「あたしらじゃダメなんですってー」
「えー、じゃあかえでちゃん連れて3人で帰ろっかー」
「ちがっ、違うでしょー! かえでちゃんみたいなコ、新鮮だからさー」慌てたシイキさんがひきつった笑顔を見せ、取り繕う。
「ふぅん」ほのかちゃんは目を細めてシイキさんをねめつけた。
「周りにもこんな清楚な感じのコいないからさぁ」シイキさんは言い訳のように言うけど、それってフォローになってるのかな? なんて思ってしまう。悠子もほのかちゃんも気にしてないみたいだからいいけど、なんとなく、うがった見方はよくないと感じつつも引っかかる。
「じゃあ、かえでちゃんを真ん中にしよう。そんで、そっちが席替えしたらいいじゃん」
「え、そっちと混ざらせてよ」
「隣に座らせると変なことしそうだからダメ」
「えー、しないからいいじゃん」駄々をこねるように言うシイキさんに、
「ウチらだってかえでちゃんの隣がいいし」ほのかちゃんも同じように口を尖らせた。
「あと、あんまりいじられると、かえで困っちゃうからさぁ」
どうしていいかわからず、あいまいな笑みを浮かべていた私をかばうように、悠子が手を広げて私の前に出す。
「あー、ごめんごめん。ほんとにそういうタイプなのね」
お酒のせいで顔を赤らめたシイキさんが顔の前で手を合わせた。そのまま頭を下げる。
「だ、大丈夫です……」
少し困って笑う私に、ナトリさんが笑いかけた。
「ごめんねほんと、気にしないで。可愛い子見て舞い上がってるだけだから」
サラリと口から出たその言葉に、オーラを感じた。この人モテそう。
少しの警戒心を抱きつつ、あまり自意識過剰になるのも良くないなと思って、ただの交流会だと考え直してこの空間を楽しむことにした。
二時間制の飲み放題コースは、案外あっという間に終わった。
男性陣はこういう飲み会に慣れているのか、私たちから話を引き出したり褒めたり、体験談を織り交ぜた面白話を聞かせてくれたりと、楽しい時間を作ってくれた。
帰り際、ナトリさんがそっと近付いてきて、耳打ちするように言った。「連絡先、交換しない?」
どうしようか迷ったけど、悪い人じゃなさそうだしいいかなって思って。「メッセで良ければ……」
そっとスマホを取り出した。
* * *
スラリと音を立ててふすまを開ける。「おじゃまします……」
「お、来た来たー」
弾む声を出したのは悠子だ。
「わ、ほんとにモリマチさんじゃん。サイコウ!」
悠子と同じくらい顔の作りが整った女性――悠子の友達で、同学年の女の子――が親指を立てる。
「でしょ? 今日のメンバー、可愛い子じゃないと嫌がるって聞いたからさぁ」
「そーなんだよ。もーわっかりやすくって!」
二人で盛り上がっている間に入れず、静かにふすまを閉めた。
「あ、ごめん、ここ座って座って」
「あ、うん」
なんか嫌な予感がしつつも、悠子の右隣に座る。逆サイドから手が伸びて、ヒラヒラ動いた。
「ちゃんと話すの初めてだよね。ユーコとは同じサークルのホノカでーす」
「初めまして、森町かえでです」
「ねーちょっとマジで可愛いんだけど!」
「でしょ?!」
「どこで知り合ったし。うちらみたいなのと接点ないっしょ?!」
「ゼミが一緒なんだよ。ね」
「うん」
「めっちゃ可愛い子きたしひとりだしチャンスじゃね? って思って声かけたら、仲良くしてくれるようになった」
「ラッキーすぎでしょ」
「いやほんとに」
褒められすぎて勘違いしそうになったけど、キャッキャと盛り上がる二人にくらべて、私はなんて地味なんだろう。初対面の人もいるだろうと思って一応、綺麗めな服を選んだけど、ジャンルが違いすぎた。
不安になって、悠子の服の袖をつくつく引っぱる。「ね」
「ん?」
「私、いいのかな。場違いじゃない……?」
「なに言ってんの〜! 全然大丈夫だよ!」
「ヤダ! マジかわいい! あたしが連れて帰りたい!」
「だめだよ。かえで、好きな人いるんだもんね〜」
「ちょ」
「えー! マジで? 男子たち帰らせてその話したい」
「いや、好きっていうか! まだそうゆうんじゃないっていうか」
じゃあなんだろう、って自分でも思いつつ、何故か必死で否定してしまう。
「えー、ちょっと今度詳しく聞きたいんだけど〜。ユーコと一緒でいいからさ、今度三人でランチ行かない?」
「あ、いいね」
「それは、ぜひ」
「じゃあメッセ……」
ほのかちゃんがスマホを出そうとしたとき、スラリと音を立ててふすまが開いた。
「わ、もうみんな揃ってた。ごめん、待たせて」
「ううん? 大丈夫。いま来たトコ」
ほのかちゃんがスマホをしまって対応してくれる。
入ってきた三人は男子で、あー、やっぱりそういう食事会だったんだなーと思う。今更帰るわけにいかないし、まぁなんとか切り抜けよう……。なんて少し後ろ向きなことを考えていたら、注文を取りに店員さんが個室に入ってきた。
未成年の女子たちはソフトドリンクだけど、男性陣はお酒を注文した。そのすぐあとで始まった自己紹介で、男性陣が年上だと知る。
どうやって知り合うんだろう?
素朴な疑問が湧いた。今度開催されるかもしれないランチで聞いてみよう。
この春で大学三年生になるという彼らはやはりまだ若くて、自分よりはしっかりしてそうだけど、店長に比べたら……と考えて小さく首を横に振る。人と比較するのはさすがに失礼だと気付く。
「えーと、かえでちゃん?」
「っ、はい」突然名前を呼ばれて少しビクッとして、返事する。
「もしかしてこういうの、慣れてない?」
「そ、そうですね…すみません……」
「いいよ、謝らなくて」
向かいの席に座ってる、確か名前はナトリさん、が微笑む。多分、こういう人のことを世間では“イケメン”って言うんだろうな。
サラサラの茶髪に細い銀縁の眼鏡(多分、ダテ)、オーバーサイズの服が似合う。
「どっちの友達?」前に出した人差し指を左右に振って、悠子とほのかちゃんを指した。
「悠子、ちゃんです」
「へぇー。全然タイプ違うのに、仲いいんだね」
「そうですね……」
場違いですみません。
思わずまた謝ろうとしてしまって、口をつぐむ。ただの拗ねてる子供みたいだし、やめよう。
ナトリさんは押し黙った私を見て、ふっと微笑んだ。
「休みの日ってなにしてんの?」
「休みの日…は…家で本読んだり、片付けたり…とか?」
「外に遊びに行ったりは?」
「近所をお散歩、くらいです……」
「へぇ、なんかお店とか見たり?」
「うーん……あてもなく」
「ほんとの散歩だ」
ナトリさんが笑う。
あてもなく――店長に会えないかなって下心を抱きながら――散歩してるから、本当の意味での散歩とは少し違うけど、さすがに言えない。
「じゃあさ、今度一緒に」
「おいー、なに抜け駆けしてんだよー」
名取さんの言葉をさえぎって、隣から手が伸びて首に絡む。
「うぉ、なんだよ、邪魔すんなよ」
「お前がたまたま正面だったからって、ずるいぞー」
「なに椎木、おまえもう酔ってんの?」
「酔ってねーし」
言われた椎木さんは、腕に力を籠めて名取さんを引き寄せる。
「いてぇって、ちょっと山中、こいつ止めてよ」
「はいはい。椎木さー、やっかむのみっともないよ」
ヤマナカさんは椎木さんの両肩を掴んで、身体を引き戻した。
「だってたまたま正面だからってさー」
ふくれるシイキさんに向かって、悠子が同じように不満そうな表情を見せる。
「あたしらじゃダメなんですってー」
「えー、じゃあかえでちゃん連れて3人で帰ろっかー」
「ちがっ、違うでしょー! かえでちゃんみたいなコ、新鮮だからさー」慌てたシイキさんがひきつった笑顔を見せ、取り繕う。
「ふぅん」ほのかちゃんは目を細めてシイキさんをねめつけた。
「周りにもこんな清楚な感じのコいないからさぁ」シイキさんは言い訳のように言うけど、それってフォローになってるのかな? なんて思ってしまう。悠子もほのかちゃんも気にしてないみたいだからいいけど、なんとなく、うがった見方はよくないと感じつつも引っかかる。
「じゃあ、かえでちゃんを真ん中にしよう。そんで、そっちが席替えしたらいいじゃん」
「え、そっちと混ざらせてよ」
「隣に座らせると変なことしそうだからダメ」
「えー、しないからいいじゃん」駄々をこねるように言うシイキさんに、
「ウチらだってかえでちゃんの隣がいいし」ほのかちゃんも同じように口を尖らせた。
「あと、あんまりいじられると、かえで困っちゃうからさぁ」
どうしていいかわからず、あいまいな笑みを浮かべていた私をかばうように、悠子が手を広げて私の前に出す。
「あー、ごめんごめん。ほんとにそういうタイプなのね」
お酒のせいで顔を赤らめたシイキさんが顔の前で手を合わせた。そのまま頭を下げる。
「だ、大丈夫です……」
少し困って笑う私に、ナトリさんが笑いかけた。
「ごめんねほんと、気にしないで。可愛い子見て舞い上がってるだけだから」
サラリと口から出たその言葉に、オーラを感じた。この人モテそう。
少しの警戒心を抱きつつ、あまり自意識過剰になるのも良くないなと思って、ただの交流会だと考え直してこの空間を楽しむことにした。
二時間制の飲み放題コースは、案外あっという間に終わった。
男性陣はこういう飲み会に慣れているのか、私たちから話を引き出したり褒めたり、体験談を織り交ぜた面白話を聞かせてくれたりと、楽しい時間を作ってくれた。
帰り際、ナトリさんがそっと近付いてきて、耳打ちするように言った。「連絡先、交換しない?」
どうしようか迷ったけど、悪い人じゃなさそうだしいいかなって思って。「メッセで良ければ……」
そっとスマホを取り出した。
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