青春クロスロード

Ryosuke

二郎の散歩② ~意外な乱入者~

   二郎は教室から出ると慣れたようにいつもの決められた順に校内を回っていた。そのルートは自分の教室のある本館2階から3年教室のある本館3階、渡り廊下を渡って別館の3階、2階、1階と行き、次に本館1階、再び本館2階に戻ってくるモノだった。しかし、この日、二郎は三佳の事が気になったのか、たまには外の部活の様子でも見学しようと校内を回った後に校庭を1周して最後に体育館へ行くことにした。

 時間は4時手前、二郎が本館2階から3階に階段を上がっていくとなんとも聞き心地の良いフルートとピアノの音色が聞こえて来た。その音のする方へ歩いて行き3年4組の教室の前まで来て中を覗くと、そこには先程教室で別れたすみれと、例の騒動ですみれと和解した亜美菜の姿があった。二人はどこかで聞いた事のある曲を練習しているようでしばらく様子を伺うことにした。

 ややあって二郎は二人の練習の区切りの良いところを見計らって、拍手をしながら声を掛けた。

「おぉ、なかなか上手いモノだな。ディズニー映画の主題歌だっけ?」

「おぅ二郎君、来たんだ。ほら中入ってよ」

「練習中邪魔してごめんな。さっき声かけてくれって言っていただろう。話があるって何だ?」

 二郎とすみれのやり取りを見て居た亜美菜がばつの悪そうな表情で二郎に話し掛けた。

「君は山田君、だよね?」

「あぁそうか、あれから二人が顔を合わせるのって初めてだったかな。亜美菜っち、ちょっと二郎君に用事があるんだけど少し待っててもらって良いかな」

「別に大丈夫だけど、その前にちょっと良いかな」

 亜美菜は落ち着かない様子で申し訳なさそうに二郎に話し掛けた。

「その、山田君。その節は色々と迷惑を掛けて本当にごめんなさい。それと宮森さんと神部さんにも口止めしてくれてありがとう。君のおかげでこうやってすみれちゃんと友達になれて本当に感謝しています」

 亜美菜が騒動のことについて二郎に陳謝して頭を下げていると二郎が困ったようにすみれに目線を合わせると、ごめんと言う表情で片目をつむり二郎に言った。

「二郎君、亜美菜っちも反省しているみたいだから、これで許してあげて欲しいんだけど・・・」

「いや、別に許すも何もあれは佐々木が悪い訳だし、これまでの二人の事は俺には関係ないし正直俺に謝る必要なんて無いけど、それで君の気が収まるなら、まぁわかったよ。君の謝罪を受け取るよ。だから、これからはもう俺の事は気にしないで良いからすみれと仲良くやってくれ」

 二郎は本意では無かったが亜美菜の下げる頭の低さから、謝罪を受け入れる事が正しい対応だと理解してそれを受け止めて返答した。

「本当にごめんなさい、それとありがとう。山田君ってすみれちゃんの彼氏と親友ですみれちゃんとも仲が良いんだよね。これからたぶん顔を合わせること事も増えると思うからよろしくね。それとあたしのことは亜美菜って呼んでください。だから私も二郎君って呼んで良いですか」

 亜美菜は二郎の言葉を聞いてようやく緊張から解放されたような安心した表情になり、今後すみれを通して付き合いが増えるであろう二郎に改めてすっきりとした笑顔で挨拶をした。

「そうか、まぁ、なんだ。こちらこそよろしく頼むわ、亜美菜さん。俺の事は好きに呼んでくれ」

「亜美菜さんじゃなくて亜美菜って呼んでよ、二郎君」

「おう、分かった。よろしくな、亜美菜」

「うん、よろしくね、二郎君」

 亜美菜にとって二郎の存在は騒動が起こるまでは全く知らない「無」の存在だった。また二郎を認識した後も印象は本当に興味も湧かない陰キャラな男子生徒というモノだったが、勇次を追い詰めたあの日の様子と、騒動解決後に見せた亜美菜を犯人として吊し上げないための配慮、それに加えすみれとの和解のきっかけを作った立役者として二郎に対する好感度を高めていた。そして今日この日実際に会話をしてみて、偉ぶることも見下すこともなくフラットに接してくれた二郎の事をとても誠実な人だと認識するようになっていた。
 
 そんな亜美菜にとってはこれまで片思いをしてきたモテ男の剛や最悪最低の遊び人だった勇次のようにイケ面でもなく、華もなく、全く注目度もない目の前の男が非常に安心できる存在に感じられた。またほんの少し自分が距離を詰めようとして赤面する純情な二郎にふいに胸キュンしていることに気付いた。
 
 そんな新たな展開に全く気付かずにいる二郎と早速距離を詰めて名前呼びを達成した亜美菜は満足そうな笑顔ですみれに会話のバトンを戻した。

 そんな亜美菜とのやりとりにデレデレとする二郎にすみれが釘を刺すように言った。

「二郎君、何鼻の下を伸ばしているのかな。亜美菜っちが可愛いからって手を出しちゃダメだぞ。君にはもっと気を回さなきゃいけない相手がいるんだから。ほらちょっと隣の教室で話そうか」

「いやいや、別にそんなつもりねーから。ま、まったくなんで女ってのはすぐに色恋沙汰にしたがるのかね。誰でもすみれみたいに脳内お花畑って訳じゃないからな」
 
「ちょっとなんて事言うのよ、誰が脳内お花畑なのよ!」

「お前ほど今その言葉が似合う女は他にいないわ。まぁいいや、早いとこその話とやらを聞かせてくれや。そんじゃ、鈴木じゃなくて亜美菜さん、いや、亜美菜。すみれをちょっと借りていくわ」

 二郎は軽くすみれをいなして亜美菜に断りを入れて教室を出て行った。

「ちょっと二郎君、待ってよ。もう、ごめん亜美菜っち、5分くらいで戻るからちょっと休憩していてね」

 ばたばたと教室を出て行く二人の背中を見送った亜美菜は右手を胸に押し当てて高鳴る鼓動を感じながら静かに目を閉じて一人笑みを浮かべていた。

 それは二郎を取り巻く人間関係において2学期が始まる前は誰しもが予想だに出来なかった意外な乱入者の登場を意味することになるのであった。



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