青春クロスロード

Ryosuke

二郎の散歩① ~新たな日常と微かな異常~

9月19日金曜日。一とすみれのカップル誕生によって浮き足立っていた2学年の生徒達も一週間ほどが経ち日常生活に戻りつつあった。というのも、二人が余りにも恥ずかしげも無く堂々としていたため、それを自然と周囲の生徒達も受け入れる事が出来たからだった。

 不思議なモノで人は逃げるモノや隠れるモノほど追いかけ、探し、見つけることに躍起になるが、それが目の前に現れて堂々としていると急に興味を失ったかのように別のモノに目を向けて受け入れるようになるのが人間の性であるが、まさに今回の一とすみれの一件はそう言った要因もあって、気がつけばあっという間に自他共に認める学校公認のカップルとして受け入れられたのであった。・・・・一部を除いてではあるが。

 そんな通常の雰囲気に戻りつつあるこの日、二郎は二学期が始まってからようやく放課後の日課である校内の見回りを再開しようと考えていた。厳密に言えば、騒動解決のために放課後にあちこちと動き回っていたので、端から見れば放課後に部活をサボって校内を彷徨いていることには変わりは無いとも言えるが、二郎にとっては校内を決められたルートで時間を掛けて隅々まで見回ると言った行為はやはり別物と考えていたのであった。

 そんなことをぼんやりと考えていると6限の授業が終わり、クラスメイト達が教室を後にする様子を席に座って眺めていると一が二郎に声を掛けた。

「二郎、俺は生徒会に出てから部活に行くから、お前もちゃんと顔出せよ。そんじゃ、また後でな」

「あいよ。生徒会頑張れや」

 一を見送るとそれから1学期の頃には無かった帰りの挨拶で女子二人から声を掛けられていた。

「あれ、二郎君は部活行かないの。ほら、忍も行くみたいだし一緒に行ったほうがいいんじゃないの」

「そうだよ、二郎君。部活サボらないでちゃんと行かなきゃダメだぞ」

 そう言って二郎をせっついたのはエリカとすみれだった。二人は忍が二郎に片思いしていることを知っており、何かと二人の間を心配してお節介を焼こうとする節があった。

「あー、いや、しばらく放課後に出来なかったことがあるから、まだ部活には行けないんだわ。俺なんかに構っていると二人こそ部活に遅れっぞ」

 二郎は手をパタパタと振って二人を追い散らかすように言った。

「もうそうやって訳わかんないこと言って部活サボる気でしょ。犯人捜しの時はシャキッとして少しは真人間になったと思ったのに、また自堕落なダメ男に戻っちゃったよ」

 エリカがこの男は全くしょうが無い奴だなと呆れたように頬を膨らませた。

「二郎君、一君に迷惑掛けちゃダメだからね。男子バスケ部は部員が多くないんだから二郎君でもいないよりはマシだと思うよ。だからちゃんとサボらずに行かないといけないんだぞ」

 すみれは一のためと言いつつ、二郎の存在価値について軽くディスった後で、再度部活に行くように念を押した。

 その様子を見ていた忍が二人の手を引いて言った。

「二人とも、良いから放っておきなって」

「でも、いいの」

「なんだかんだ言って、遅れても大体は部活に顔を出すのが二郎だから。やっかいな生徒会のあの女にさえ捕まらなければ、二郎は意外と決められた行動を取る規則正しい奴だから大丈夫だよ」

 忍は二人を二郎から引き剥がして、二郎に聞こえないように凜への文句と二郎への信頼を口にしていた。

 確かに二郎はバスケ部の部員達からは幽霊部員扱いされてはいるが、毎回ほとんど遅れて参加はしていた。ほとんどと言うのは週1回程度、生徒会の凜に捕まり遅くまで手伝いをしたり、月に何度かレベッカと写真部部室でお茶を飲んで時間を潰しそのまま直帰したり、特に何も用はないが無性に面倒くさくなって直帰する事がたまにあると言った部活の参加率であった。そのため、忍にしてみれば学校生活において日中の時間よりも放課後の部活の時間の方が二郎と接する時間が長いため一時間程度遅れて部活に参加することに特に不満を持っていなかった。むしろ、体育館の入り口からいつ二郎が姿を見せるのかをワクワクしながら待っていることが忍の密かな楽しみとなっており、来る時間の予想がピタリと当たった日は朝の運勢占いが一番良かった時の様に少しハッピーな気分になれるような存在として二郎を見ていた。

「そうなの、忍がそう言うなら私達は何も言わないけどさ。ねぇすみれ」

「まぁ私も二郎君は根が真面目だと思うけど、誰かがスィッチを押さなきゃいつまでもやる気を出さなそうな顔しているからさ」

 エリカとすみれが心配そうな顔で寝ぼけた顔で席に座る男に視線を向けると、何かを感じ取ったように二郎は言った。

「はぁ、まったく何を話しているかは聞こえないけど、お前達の顔を見れば褒められているようには見えねーな。もう俺の事は良いから早く部活に行った行った」

 そう言いながら一瞬二郎が忍に目線を向けると忍は慌てて視線を逸らして逃げるように教室から出て行った。

 それを見てすみれとエリカも教室を出て行こうとしてすみれが二郎に声を掛けた。

「二郎君、どうせどこかほっつき歩いているなら後で私の所に来て。話したいことがあるから。分かった。絶対だよ。それじゃまた後で!」

「二郎君、多分この前私が話した忍と二人で行ったカフェでの事だと思うから、すみれから色々聞いてみてよ。それじゃまた明日ね」

「お、おう。部活頑張れよ。また明日な」

 二郎は1学期までにはあり得なかった放課後に仲の良い女子友達とたわいもないおしゃべりをした後で帰りの挨拶を交わすと言った青春の通常の一場面のやり取りを不慣れにもこなしホッと一息ついていたところで、もう一人の女子から声を掛けられた。

「二郎君、お疲れ様。知らない間にエリカとすみれと本当に仲良くなったね。私だけなんか全然まだまだだね」

 そう言って二郎に声を掛けたのは浮かない表情の三佳だった。

「おう、お疲れ。まだ部活に行ってなかったのか。それにまだまだって何が一体まだまだなんだ?・・ん・・どうした浮かない顔して。いつものハッピーオーラが全然感じられないけど、なにかあったのか」

 二郎は久しぶりに会話を交わす三佳の様子に違和感を覚えて心配そうな顔つきになって言った。

「ハッピーオーラって、私だっていつでもヘラヘラしている訳じゃないよ。それより私より二郎君の方がやる気の無い顔しているからすみれとかエリカにあれこれ言われちゃうんでしょ」

「なんだ、さっきの聞いていたのかよ。俺のこの顔は生まれつきだよ。悪かったな、生まれつきやる気の無い顔で。まったく俺だってお前や一みたいに綺麗な顔で生まれたかったわ」

 三佳が心配を掛けまいと精一杯のボケを言うと、二郎がそれに全力で乗り自虐ネタを言ったことでようやく三佳の表情はすこし柔らかいモノとなった。

「ふふふ、何を言っているの、二郎君ってば。笑わせないでよ。私は二郎君の顔好きだよ。だから自信を持って大丈夫だからね、ふふふ」

「笑いながらお前にそんなこと言われても冗談にしか聞こえないわ、バカタレ」

「冗談なんかじゃないよ、本気で言っているから、ふふふ、もう、その顔やめてよ、ははは」

 三佳は二郎が眉間に皺を寄せながら渋い顔で三佳を怪しむように見つめる顔を見て、我慢出来ずに声を出して笑い出すのであった。

 その様子を安心したように見守っていた二郎がふっと笑みを浮かべながら言った。

「なんだ、思ったよりも元気そうで良かったよ。なんだかんだ夏祭り以降余り話すことなかったけど、端から様子を見ていてちょっと元気がなさそうに見えていたから少し心配だったんだが大丈夫そうだな。三佳はそのあっけらかんとした笑顔の方が似合っていると思うぞ。まぁ俺には何があったかなんて知らないし、俺に教える必要なんて無いけど、お前にはエリカやすみれ、あと忍だっているんだから、何か悩みがあるなら相談でもしてみろよ。少しは気が晴れると思うぞ」

 二郎の知る三佳と言えば、天真爛漫でいつでも周囲に幸せを振りまくハッピーガールであり、可憐さと明るさとアホさを兼ねそろえた太陽のような女子だった。ただペンギンランドで見せた弱さも知る二郎はどこかもろさを感じており、それがふとしたときに見せるはかなげな表情が二郎の心配を引き起こさせていた。それは二郎にとってはかつて気付くことが出来なかった咲の助けを求めるサインのように感じられており、そう言った人が弱ったときに見せる表情に非常に敏感になっていたのであった。

「うん、ありがとう。なんかちょっと元気出たよ。それじゃ私も行くね。また明日、二郎君」

「おう、また明日な」

 三佳は好意的な笑顔を二郎に向けて教室を後にした。その顔は普段の明るい三佳の顔のように見えたが、それがどこか不自然に映り、魚の小骨が喉に刺さるような違和感を二郎は胸に抱くこととなった。

 そうこうしているうちに教室からはほとんどの生徒がいなくなり、そろそろ頃合いかと思い気持ちを切り替えて立ち上がった。

「さて行きますか」

 二郎は先程までのやり取りで凝り固まった体をほぐすように背伸びをして、一息ついて校舎の見回りを始めるのであった。

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