青春クロスロード

Ryosuke

人の噂も七十五日㊸ ~亜美菜の想いと女の嫉妬~


 鈴木亜美菜は初めから橋本すみれを目の敵にしていた訳ではなかった。むしろ、友達になりたい、仲良くなりたいと言う思いがあり、同じクラスとなった高校一年の当初、積極的に亜美菜はすみれに接触を図っていた。ところが、その思いはついぞ果たされることなく今日の状況に至っていた。

 入学当初すみれと同じクラスとなった亜美菜はクラス内の女子の中で自分と釣り合うのはすみれであると直感を持った。それは整った容姿と垢抜けた雰囲気に己をしっかりと持った格好良い女子と言ったオーラをもったすみれに単純に惹かれていたからだった。
 
 学校での一番初めに仲良くなる相手とのきっかけとして定番なモノが自分の席の前後左右に居る生徒と言うモノがあるが、亜美菜もその例に漏れず入学後、直ぐにその周辺の友人達と仲良くなった。そして出席番号の関係で席が離れていたすみれとの絡みは自己紹介と挨拶程度だった。それが亜美菜にとって悲劇の結果を生むことになった。

 亜美菜は性格からして群れる事を好んだため、初めに仲良くなった数人の女子達と早々にグループを作っており、他の女子達から見ると早くも派閥作りが始まったように思われることとなった。もちろん亜美菜としてみれば入学早々で生徒同士の序列や上下関係など全くもって考えておらず、ただ便宜的に雑談や休憩時間を共に過ごすだけの相手として思っていたが、友人作りを積極的に行っていない生徒からするとそれは脅威に映るモノだった。

 そしてすみれはその友達作りに慎重派の一人だった。すみれは入学早々から孤立を決め込んでいた訳でもなく、広くまんべんなく男女と接しており友人となる相手を選ぶタイプだったため、亜美菜のように早々にどっぷり人間関係を作ることはしなかった。ある程度の距離感を保ちつつ少しずつ人間関係を作っていきたいと思っていたすみれにとっては亜美菜グループの存在は非常に面倒くさいモノと感じられた。

 4月下旬、入学から1ヶ月が経とうとする頃、亜美菜とすみれの二人の関係が狂い始めるきっかけとなる出来事が起こった。

 一通り人間関係が固まり始めてある程度クラスの空気が入学時の浮かれたモノから高校生活になじみ始めたある日、亜美菜は放課後にグループの友人達6人とカラオケに行く事となった。そして亜美菜は兼ねてから仲良くなりたいと思っていたすみれを誘うことにした。

 亜美菜としては吹奏楽部でも同じ部員となり、すみれとも入学当初よりも絡みが増え、部活の帰りに一緒に駅まで帰る程度の間柄になっていたことも有り、より交友関係を深めたいという純粋な気持ちから遊びに誘ったところ、あえなく断られてしまった。理由はカラオケは得意ではないからだった。その時は急だったため仕方がないし、次の機会にお茶でもしに行こうと言ってそれ以上無理には誘うことはしなかった。

 それからしばらくして再び亜美菜はすみれを遊びに誘った。次は駅の近くのおいしいケーキが食べられるカフェに行こうと言うモノだった。この時は亜美菜グループ3人と共に行こうというモノだったが、その時もダイエット中だからといってすみれは誘いを断った。

 亜美菜は二度の断りを受けて、もしかしたら自分は嫌われているのかもしれないという思いを持つようになったが、部活では普通に会話もするし、特に目立った態度の変化もなかったため、タイミングが悪かったかだけだと自分に言い聞かせ、改めてすみれを遊びに誘うことにした。亜美菜は色々考えた末、一番誘う口実で良いと思ったモノが買い物だった。急に誘うのは良くないと部活のない明日にでもと前置きをして、すみれに声を掛けて駅ビルの中にある楽器屋に一緒に行こうと誘った。亜美菜はアルトホルンを、すみれがフルートを演奏していることもあり、共通の話題と目的があれば断られることもないだろうと亜美菜は最後の望みを掛けてすみれを誘った。結果は「是非に」とだった。亜美菜は心の中でガッツポーズをした。入学当初からずっと仲良くなりたいと思っていたすみれと念願叶って二人で買い物デートをすることになり、小躍りしたくなる思いで喜んだ。

 次の日、授業が終わり亜美菜はすみれに声を掛けた。

「橋本さん、このあと約束したとおり一緒に買い物行けるよね、大丈夫」

「うん、大丈夫だよ。私もクロスとかペーパーを買いたいと思っていたからちょうど良かったよ」

 二人がそんな話をしていると、亜美菜グループの須藤由美が声を掛けた。

「亜美菜ちゃん、これからどこか行くの。私も暇だから一緒に行ってもイイ」

「あぁ由美か、うん、今日は橋本さんと一緒に楽器屋さんに行くつもりなんだ。由美が来ても多分退屈だと思うし、今日は別の人と遊んだ方が良いんじゃない」

 亜美菜は正直にこの日の予定を話し、テニス部所属で音楽などには全く興味のなさそうな由美には縁のない事だからと断りを入れた。

 しかしそれを聞いた由美は簡単には引き下がらなかった。

「えー、だって他の皆は普通に部活に行くって言うし、誰も遊ぶ相手なんか居ないんだよ。邪魔しないし、それにずっと楽器屋で買い物するわけじゃないでしょ。だから私もついて行っちゃダメかな。お願い、亜美菜ちゃん」

 由美の強引なおねだりに亜美菜はすみれに了解を得ようと声を掛けた

「あの、橋本さん。由美も一緒でも大丈夫かな。買い物のあとに時間が合ったら、ちょっと他の店とかをぶらついても良いし、おしゃれなカフェもこの前見つけたから一緒に行きたいしどうかな」

 すみれは亜美菜の必死なお願いに渋々ながら了解して言った。

「まぁ私は楽器屋に行ければあとは特に用もないから、そのあと帰っても良し、あとのことは二人で好きに遊べば良いと思うよ」

「いやいや、折角なんだし今日は色々話とかしようよ。私ずっと橋本さんと仲良くなりたかったから、昨日は誘いを受けてくれて本当に嬉しかったんだからそんな寂しいことは言わないでね。お願いだからさ」

「そうだったの。まぁそんなに言うなら私はかまわないけど・・・・まぁとりあえず行きましょうか。こうしていても時間の無駄だし」

「うん、そうだね。それじゃ由美も大人しく付いてきてね。お店で騒いじゃダメだからね」

「はーい。橋本さん、急に参加させてもらってごめんね。仲良くしましょう」

 こうして亜美菜、すみれ、由美の三人で楽器屋に行くことになったが、その時のすみれの表状はどこか曇った目をしていたことを亜美菜は気づけなかった。

 楽器屋での買い物は滞りなく終えた。すみれは目的としていたフルートの手入れをする消耗品を購入し終えてすっと帰ろうとしたところで亜美菜に捕まった。

「橋本さん、そっちは駅のホームだよ。さぁ折角だし他のお店でも見て回ろうよ。ほらあそこの店、可愛い小物が沢山あるんだよ、一緒に行こう」

「え、あぁ、うん、そうだね。分かったから、その手を離して、鈴木さん」

 すみれは面倒そうな顔つきで亜美菜に返事をすると、諦めたように亜美菜に付いていくことにした。

 それからおよそ一時間あちこちと歩き回って時間は夕方5時を過ぎるところだった。そろそろすみれが帰ろうとしたところで、亜美菜が声を掛けた。

 「ねぇ橋本さん、歩き回って疲れたし、喉も渇いたから少し休めるカフェにでも行かない。それで今日は解散しようよ」

 すみれとしては早々に帰りたいところだったが、断る自分を何度も必死に誘ってくれた亜美菜に免じて今日くらいは最後まで付き合ってあげようと亜美菜の提案を頷いた。というのも、すみれは入学早々からグループを作ってクラス内で存在感を見せる亜美菜を面倒くさそうな相手と考えていたため、必要以上に関わらない方が良いと考えていた。また、日が経つにつれて亜美菜周辺の女子達からなんとも言えない攻撃的な視線を度々感じており、亜美菜グループから自然と距離を取るようになっていた。しかしながら、度々遊びに誘ってきた亜美菜は多少癖のあるタイプの女子である事は間違いないが、接してみると意外と仲良く出来そうな気がしており、程よい関係を保っても良いと考えを改め直していた。

 そんなこんなで3人はカフェに行き、注文を済ませると亜美菜がお手洗いで席を離れた。

 すみれはなんだかんだ歩き回って疲れていたため、ふーっと息を吐きながら背もたれに体を預けてリラックスしていたところで、それまで静かだった由美が声を掛けた。

「橋本さん、今日は楽しめたかしら」

「え、あぁまぁ買い物も出来たし、色々見られて、そうね、楽しかったと思うけど、どうして」

「そう、それは良かったわね。でも、今日みたいに亜美菜ちゃんと遊ぶなら今度は私らに話を通してからにして欲しいのだけれどもいいかな」

「は?どういうこと」

「だから、私らのグループの人間じゃない橋本さんが亜美菜ちゃんを独り占めにして遊ぶなんて普通に考えてあり得ないから。今日はどうしても亜美菜ちゃんがあなたと二人で遊びに行くって言うから、しょうがなく私が付いてきたけど、普通あの状況なら橋本さんが遠慮して私に譲るべきだったんじゃないのかな。そう言うところが分かってないから、あなたクラスでも浮いているんじゃないの。もっと友達を作りたいならそう言うこと考えて行動した方が良いと思うよ。特に亜美菜ちゃんは女子の中での人気が高くて皆彼女と遊びたいんだし、その辺空気読んでもらっても良いかな」

 由美はそれまでニコニコと亜美菜とすみれの会話に相づちを打つ程度で二人のやり取りを見守っていたが、すみれが姿を消すと急に態度を豹変させ、亜美菜と仲良くするすみれに釘を刺すように忠告をした。

「え、急にどうしたの、須藤さん。私は鈴木さんに何度も遊びに誘ってもらっていたのに、断っていたから今日は楽器屋に買い物に行くと言うから、私も用があって付き合っただけだけど。別にあなたたちから彼女を奪おうなんて、これっぽっちも考えてないから安心してよ」

「そう、だったら、もう今日はこれで十分でしょ。これから私は亜美菜ちゃんと二人でゆっくりおしゃべりしたいんだから、もう橋本さんは帰って良いわよ。あなたも早く帰りたいと思っていたのでしょ。嫌々居るなら亜美菜ちゃんも迷惑だし、こっそり帰っちゃいなよ。あとで私が上手く言っておくからさ」

 由美はすみれを追い払うように言った。

「そう、そういうことか。なんかイヤな視線を感じていたけど、やっぱり私はあなたたちに嫌われているみたいね。まぁ別に良いけど。元々関わるつもりはないし、あなたたちのように群れるのも好きじゃないし。それじゃ私はここで失礼するわ。鈴木さんには悪いけど、用事が出来て先に帰ったと伝えてちょうだい」

 すみれは亜美菜に恨みはなくとも、亜美菜グループの連中とはやはり今後は関わりを持たないようにする事を心に決めて即座に席を立ち店を後にした。

 それからすぐに亜美菜が席戻って来て、すみれの不在に気が付いて慌てた様子で言った。

「あれ、橋本さんはどうしたの。外に電話でもしに行ったの」

「はぁ・・・・実はね、私と喧嘩になっちゃってさ、ごめんね」

「どうしたのよ、喧嘩って」

「私が今日は楽しかったかって橋本さんに聞いたら、買い物のあとは退屈で仕方がなかったって言って、今すぐにでも帰りたいんだけど、どうにかしてくれないって私に言ってきてね。私悔しくて、そんな酷いこと言うならすぐに帰れば良いって言っちゃって。そしたら橋本さん怒って帰っちゃったのよ。ごめんなさい。私、友達の亜美菜ちゃんを悪く言われて我慢できなくて、酷いことを橋本さんに言ってしまったの。本当にごめんなさい」

 由美はありもしない話をべらべらと泣き真似をしながら亜美菜に言って聞かせた。それを聞いた亜美菜は信じられないと言った表状で由美に確認した。

「本当に橋本さんがそんなこと言ったの。本当に」

「うん、何度も誘ってきて迷惑だから、今日だけ仕方なく誘いに乗って、最後には今後は誘わないように言うつもりだったみたいよ。初めから橋本さんは私達と仲良くなるつもりなんてなくて、学校生活でもお互いに不干渉の関係を作ろうと話すつもりだったって言っていたから。そう言うことなんだと思うわ」

「嘘、どうしてそんなこと。私何か悪いことしたかな。私は橋本さんとただ仲良くなりたかっただけなのに」

 亜美菜は思いのほかショックを受けていた。なぜなら亜美菜は第一印象からすみれは高校生活において親友にしたいと本能的に感じていたからだった。実際にこの日数時間共に過ごしてみても相性が良いかもしれないと実感しており、最初の交流としてはとても上手くいったと感じていたからだった。できれば今後より関係を深めていけば、今仲良くしている由美達とは少しずつ距離を取って、すみれとの関係を一番にしたいと考えているほどだった。すみれにとってみればそれは一目惚れの様なモノで、理由やらきっかけと言ったモノはなく、ただただ直感のようなモノを胸に抱いていた特別な感情だった。

 しかしそれは亜美菜を取り巻く由美達にとっては気分の良いモノではなかった。亜美菜はグループ内にいるときも度々すみれの事を楽しそうに話しており、由美達はすみれを大事な友人である亜美菜を横からかすめ取る泥棒猫のように感じていた。そして、それまでは亜美菜の勝手な片思いですみれと絡みもない状態だったが、実際に二人で遊びに行くことを知った由美はいよいよ邪魔者であるすみれを排除しようと動いたのであった。

 結果的に言えば、亜美菜はすみれとの交友のきっかけをグループの由美によってぶち壊されて、さらにはすみれに対して不信感、嫌悪感、敵対心を持つようになるのであった。そして、そんなことをつゆも知らないすみれはその日以降態度を豹変させた亜美菜の様子に異変を感じつつも、結局は相容れない相手だったと割り切ってしまったため二人の距離はすっかり冷めたモノとなってしまった。

 そしてさらに間が悪いことに、亜美菜とすみれはほぼ同時期にサッカー部のエースで一と並んで学年一のモテ男と言われる工藤剛に片思いをすることとなり、二人は恋敵としてもお互いに関係を修復していく事ができあい状況になっていくのであった。

 それから学年が変わりクラスが違った事ですみれは亜美菜の存在を頭から消去したはずだったが、今回の一件によって再び二人の因縁が重なり合ってそこに勇次や瞬と言った面子が加わり、今回の噂の騒動に発展することになったのであった。

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