青春クロスロード

Ryosuke

人の噂も七十五日⑰ ~悋気嫉妬は女の常~

 そんな姉妹の悪巧みなどつゆ知らず一は待ちに待った彼女との夜中のラブラブトークに花を咲かせていた。

「一君♪」

「どうした、すーみん♪」

「へへへ、名前を呼んだけだよ~」

「なんだそれ、でも可愛いから良いか、ははは」

 そんな馬鹿なのろけ話をしばらくしていると一が思い出したかのように問いかけた。

「そういえば、帰りに話してくれた吹奏楽部の事だけど、アレが俺にショッキングな話って奴なのか。確かに鈴木って女子との話は驚いたけど、別によくある女同士のいざこざみたいなモノで特にショックとかそんな風には思わなかったけど」

 一が言うとおり亜美菜との因縁話はすみれの言う驚愕する話ではなかった。というのも、学校から府中駅までの道のりはどんなにゆっくり歩いても10分程度のモノで、遙達から聞かされた一と二郎のBL話をするには余りにも時間も足りず、また公衆の面前でその話をする勇気がすみれにはどうしても持つことが出来なかった。そういった理由もあって、帰り道で話したのはその日に喧嘩を売られた亜美菜の話だけだった。

「実は一君の思っているとおり別の話があるんだけど、・・・・聞きたい?」

「まぁあそこまでいわれたらやっぱ気になるし、話すのが嫌じゃなければ是非聞きたいけど」

「そう、なら話すわね」

 すみれは二学期が始まり早々に遙、耀、恵から聞いた校内に広まる噂話とそれに付随する一と二郎にまつわるエトセトラを思い出しながら詳しく話していった。

 ややあって静かに黙ってすみれの話を聞いていた一が山一ペアの疑惑話になったところで耐えきれず声を上げた。

「おいおい、冗談だろ。一体どこからそんな話が出たんだよ。それってウチのクラスの子か」

「うん、菊池さんのグループ分かる。木元さんと高木さんを加えた大人しい目の3人グループなんだけど、今週の火曜日に運動部の皆が草むしりに行ったあの日、私は部活に行く前に数学の課題を先に終わらせようと少し教室に残っていたんだけど、その時にちょっと話す機会があって、そこで」
 
 すみれはあの衝撃の話を受けた日の事を鮮明に思い出しながら、情報源について正直に話した。

「菊池さんて大人しめだけど一部の男子から結構人気のある可愛い子だよね。意外だな、彼女みたいな子がそんな噂話をしてふがふが言っているなんて想像つかないな」

「女子なんて誰でも多かれ少なかれそう言う噂話とか下世話な話が好きなモノだよ。それよりも菊池さんの事を可愛いって一君もそう思っているの」
 
 すみれは何気なく言った一の言葉に鋭く反応して、他の女に目移りする彼氏を責めるような口ぶりで問い詰めた。

「え、いや、一般論として評価を述べただけだぞ。まぁもしかしらた俺の勝手な好みなのかもしれないけど菊池さんはウチのクラスじゃトップ5に入る美人さんだと思うけど、女子から見ても可愛いと思うだろ」
 
 一はすみれの追求をひょいっと躱すように質問で返した。

「まぁ確かに清楚で大人しくて守ってあげたくなる女子って感じで可愛いと思うけど、クラスのトップ5って誰のことなの」
 
 すみれが残りの4人が気になり一に答え合わせをせがむように言った。

「そりゃまずは三佳っちだろ、それから忍に、エリー、もちろんすーみん、それと菊池さんの5人だよ。ウチのクラスは美人が多いし、その内4人が仲の良いグループのおかげで面倒な覇権争いがないから本当に良かったぜ」

 一が携帯を持たない方の手で指を折りながら名前を羅列し、のんきな感想を言っていると別の事にすみれが気になり不機嫌そうに言った。

「一君さ、そこはお世辞でも一番最初に私の名前を言って欲しかったというか、出来れば私を一番可愛いって言って欲しいんだけど。そりゃ三佳はクラスどころか学校内でもぶっちぎりの一番だし、忍も普段ほとんどナチュラルメイクでもあんだけ美人で後輩女子からの憧れだし、エリカはエリカで黒髪メガネにクラス委員長で美術部員、それに加えて男女から好かれる性格も穏やかな文化系女子の最高峰の属性を持つイイ女だし、私よりも上に来るのはわかるけどさ。・・・それに比べて私はどこのクラスにも少なくても3人はいる量産型キレイ系ギャルで特段目立たないし、可愛くもないからクラスの美人トップ5に入れるのもおこがましいのかもしれないけどさ。それでも恋人の一君だけには一番だって言ってもらいたいと思うのはあたりまえじゃない。そういう所をもっと気付いてくれたら彼女としては嬉しいのだけれども、その辺のことはどう思っているのかな」

 すみれは拗ねたように、またねだるようにもっと彼女を大事にして欲しいと要求した。

「いやーそうか、そりゃゴメンな。でも。俺はイチゴケーキなら最後にイチゴを食べるし、お寿司でも中トロは最後に注文するタイプの男だから、俺にとっては最初よりも最後に名前が出てきたすーみんが一番可愛いって意味で言ったつもりなんだけどな。ははは」
 
 一のごまかしにすみれが厳しくツッコミを入れた。

「だったら菊池さんが一番可愛いって事かな、かな?」

「え、いや、すーみんの名前を一番最後に言ったと思うけど違うか」

 一は何とかごまかそうと冗談で言ったことが明らかに墓穴を掘った事に気付きながらも、最後まで悪あがき試みたが、それは時すでに遅しだった。

「最後に出たのは菊池さんだったわよ。へぇ一君ってそんなに菊池さんのことを可愛いと思っていたんだ。確かに女子に囲まれていて簡単には近づけない雰囲気が高嶺の花って感じで男子に人気があるのも頷けるものね。それに比べて私はその辺のスーパーで売っている一束400円くらいの安い花で余程手に取りやすかったでしょうよ。ふんっだ、一君の浮気者!女ったらし。もう知らないよ」

 完全にすみれの機嫌を損ねた一は額に大粒の汗をかきながら最後の手段として叱りながら褒め殺しにするという高等なテクニックを用いたパワープレイを敢行することにした。

「すみれ。それは聞き捨てならないな。誰であろうと俺の彼女の文句を言うのは許さないよ。それがすみれ本人でもな。確かに世の中すみれよりも可愛い子は五万といるだろう。だけど俺が選んだ彼女はすみれ、君なんだぞ。誰が自分の彼女をスーパーの安い花と言われて黙っていられるかよ。それに俺にとってはすみれが一番いい女で一番可愛いと思ったから付き合うと決めたんだよ。それをすみれが自分で否定するなら、俺は正直残念だよ。だってそうだろ。俺がすみれの事をこんなに好きだと思っているのに本人が自分を貶めるようなことを言っているなら、恋人としてがっかりと思うだろ。違うか」

 一は電話のため相手には見えないまでも普段の飄々とした表情を渋い顔に変え、旗色が悪化する戦況をどうにか覆そうと他人が聞けばやりすぎだと言われる程のくさい言葉を一心不乱に言い尽くした結果、完全に脳内がお花畑状態のすみれには効果覿面だった。
 
「一君。・・・ごめんなさい。一君が私の事をそんなに大事に思っていてくれたなんて私どうかしていたわ。本当にごめんなさい。・・・それにありがとう・・・・大好き」

 すみれは一の言葉にハッとして少し神経質になりすぎたことを素直に謝り、一の自分に対する真っ直ぐな愛情を感じてすっかり機嫌を戻してのろけた様子で答えた。

「いや、分かってくれたのならいいんだ。そろそろ遅いし今日は疲れたから寝るな、それじゃおやすみ、すみれ」

「うん、おやすみ、一君」

 携帯を置いた一は額からこぼれる大量の汗を拭きながら、ベッドに倒れ込んでいた。
 
(ふー、なんとか機嫌を取り戻したみたいだな。危なかったわ、前から菊池さんのことを三佳っちの次に美人さんだと思っていたから、無意識に最後に名前を言っちまったからな。それにしても女は怖いな、こんな些細なことまで気にするなんてな。マジで今後は気をつけよう)

 針のむしろから解放されベッドの上で脱力する一は、改めて彼女を持つ事の大変さを実感しつつ、これもまた一つの楽しみなのかもしれないと小さな笑みを浮かべながら静かに目を閉じてふとつぶやいた。

「今日はマジで疲れたわ」

 二郎との電話、午前午後の通しの部活、すみれとの放課後の密会、帰宅後の姉妹との勉強会、そして最後のすみれとのラブラブトークからの浮気の追求と一の長い長い一日がここでようやく終わりを告げるのだった・・・・のか?

「ふー、歯を磨いて寝るか」

 一が体を起こしベッドから洗面所へ行こうとしたその時だった。

「一!ちょっと喉渇いたからポカリ買ってきて~」

「いい加減にしろ!」

 一の長い一日はまだ終わらないのであった。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品