青春クロスロード

Ryosuke

人の噂も七十五日⑧ ~セーラー服と偶然の確率~

 太陽が最も高い位置に上り始めた12時過ぎ、二郎は電車に乗り遅れまいと必至でこいだ自転車を駐輪場に止めて、もう秋だというのに汗ばむ陽気の中を駅に向かって歩いていた。すると遠くの方から踏切の『カンカンカン』という音と共に近づいてくる機械音を耳にして足取りは自然と駆け足となっていた。
 
 駅に到着するやいなや電車がホームに到着している事を確認した二郎は急いで建屋の二階にある改札を目指して階段を二段飛ばしで上がり、手に握られた定期券で改札をさっと抜けると、再び電車が停車する一階のホームにつながるエスカレーターを降りていった。汗だくになりながら二郎はドアが閉まるギリギリのタイミングで電車に飛び乗ると土曜日の昼の時間とあっていくつか空いている席にそのままの勢いでどかっと背中から座り込んだ。

(ふー、アブね、アブね。あれだけ時間に余裕があって遅刻したらさすがに一に怒られるからな)

 二郎は肩で息をしながらギリギリ時間に間に合った事に安堵しながらタオルで汗を拭いた後で、家から持ってきた「ハンター×ハンター」の最新17巻を鞄から取り出し読み始めたところで、電車は小作駅から一つ隣の羽村駅に到着していた。

 ドアが開くと数名の学生と家族連れが乗ってきたため空いていた席はちょうど満席の状態となった。二郎は特段変わったところもない日常の風景から漫画に視線を戻そうとしたとき、自分の斜向かいに座った女子が手に持つモノに目を奪われた。

 その少女は黒髪を肩まで伸ばしたストレートヘアーと赤縁のおしゃれな目眼を掛け、夏服の白いセーラー服とグレーのスカートとリボンを身に纏った見た目が文学少女のような女子高校生だった。そのいかにも川端康成の「伊豆の踊子」や村上春樹の「海辺のカフカ」をでも読んでいそうなその子の手には二郎と同じく少年週刊誌連載のバトル漫画である「ハンター×ハンター」の17巻が握られていた。

 その余りのギャップに思わず大きく目を開きながら二度見した二郎の様子にクスッと微笑んだその子は、その手に持つ漫画の表紙を二郎に見えるように少しだけ傾け、同じ漫画を読む仲間に向けて連帯感とちょっとした照れが混じり合ったような表情で二郎をちらっと見つめると、再び視線を漫画に戻すのであった。

(「ワンピース」に「ナルト」や「ブリーチ」並み居る人気漫画がひしめく中で「ハンター×ハンター」を読んでいるとは彼女相当良い趣味しているな。しかも読んでいる巻数まで俺と同じなんてどんな偶然の確率だよ、誰かがリスキーダイスでも使ったのかな)

 二郎が本当にどうでも良い事をあれこれ考えているウチに電車は拝島駅に到着していた。ターミナル駅のせいか乗客の出入りが多少あり再び席が満席になったところで最後に見るからに後期高齢者然とした老婆が一人乗車してきた。その老婆が車内をあちこち見渡していると、先程の少女が立ち上がり声を掛けた。

「おばあさん、良かったらこちらの席に座ってください」

「これは、これは、どうもありがとうございます」

 頭を下げながら当然の権利だと言わんばかりに席に着こうとする老婆を少女は慣れたように誘導して席を譲り、その席から2つ離れた出口のドアに背を向けて再び漫画を読み始めていた。

(何の躊躇もなく行動できるなんて凄いな。俺はいつからこうなったかな)

 二郎は小学、中学時代まで電車に乗った時には今の彼女と同じく率先して席を譲るような子供だったが、いつしかそう言った事もしなくなっていたため、それを自然とやってのけた彼女に対して尊敬と賞賛の気持ちを抱かずにはいられなかった。

 そんなことを考えているうちに電車は立川駅に到着し二郎は南部線に乗り換えるために席を立ち再び彼女を見ると、その少女はどうやら降りずに東京方面に向かうためにこの電車に留まるようだった。

 電車を降りる際に一瞬その子がこちらを見ていたような気がしたが、二郎は多くの乗客が降りる流れの中で振り向かずに乗り換えの連絡通路につながる階段を上っていった。

(それにしてもあの制服はどこの高校だったかな?余り見ないようで何度も目にしているような気もするし、なんだっけなぁ)

 9番ホームに降り立った二郎はなんとも言えない既視感を覚えつつ、先程まで乗っていた4番ホームに停車しているオレンジ色の中央線を一瞥すると、ガラガラに空いた黄色い車体が目に付く南部線の電車に乗り込むのであった。

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