青春クロスロード

Ryosuke

夏休み その4 花火大会⑬ ~奇跡のさよなら逆転満塁ホームラン~

 二郎があれこれと女子達に翻弄されていた頃、生徒会メンバーのために一人場所取りをする一の下にすみれが焼きそばを持ってやって来ていた。

 二人は会場の隅っこで仲良く隣り合わせで座っていたが、お互いになんと声を掛けて良いのか分からずしばらく黙りこくっていた。そんななんとも言えない微妙な空気の中、すみれが意を決して一に話し掛けた。

「一君、いきなり押しかけてゴメンね。迷惑だったらすぐに消えるから言ってね」

「まさか、迷惑なんてそんなわけないよ。一人でずっと留守番だったから話し相手が出来て嬉しいよ。それに焼きそばもありがとう。何だかんだで何も食べてなかったから本当に助かったよ」

「そう、それなら良かった」

「もちろん。本当にありがとうな。すーみんはそう言う気が利くとことは本当に女子力高いよね」

「そうかな。一君にそう言ってもらえると嬉しいな」

 お世辞とは分かっていても自分に褒められて素直に喜ぶすみれを可愛い人だと不意に感じている事に一は気がついた。

 それからしばらくの間、それまでの沈黙が嘘のように二人は話が弾み、長年付き合っている恋人同士のような平和な時間が流れていた。

 そんなところで突然すみれが落ち込むように下を向きながら小さな声で言った。

「はぁ、一君、私は一君の事が好き。前に告白したときよりも、もっと、もっと一君の事が好きになっちゃっているの。もうこの気持ちを抑えておくのは苦しくて、どうしようも出来ないよ」

 すみれは今にも泣き出しそうなかすれた声であふれ出す一への想いを正直に伝えた。

「すーみん、ごめん。俺は・・・分からないんだ。どうしたら良いか。自分の気持ちが誰を好きで、何を大切にしたいのか、その答えが見つからないんだよ」

 いつも飄々として誰に対しても動じない一とは思えないほど悩み苦しむような声ですみれの気持ちに答えた。

「一君は三佳の事が好き・・なのかな」

 すみれは三佳の全国大会の時から抱えていた一番の不安の原因を勇気を持って問いかけた。

「急にどうして三佳っちの事なんて」

「あの日、一君を見ていて、そう思ったから」

「そっか、そんな風に見えたか。どうなんだろう。俺は三佳っちの事が好きなのかな」

 すみれの問いかけに一は自問自答するようにつぶやいた。

 それを聞いたすみれは覚悟を決めて二度目の告白をする事を改めて決意した。

「一君がどうして三佳の事をそう思うようになったかは私には分からない。だけどこれだけは分かる。憧れと恋愛はやっぱり違うと思うの。私も剛君に一年の時から憧れていて、それが恋だと思っていたけど、この前初めて剛君と接してみてそれが違うんだって分かったの。それは前に一君にも話したよね。もし今一君の三佳への思いが恋なのか、それとも憧れなのか分からないのなら、一度私と付き合ってみない。もし私と付き合ってみて、それでも三佳への思いが途切れず、私と付き合うように三佳とも恋人同士になりたいって思うなら、それはきっと本当の恋だと思う。だけど、私と付き合ってみて、三佳の事を応援はしたいけど付き合いたいと思わないなら、それはただの憧れだし、その思いだけをもってこれから生きて行くのはつらすぎるよ。だからお願い。私にチャンスをください。私がきっと一君を好きにさせてみせるから。私の事を大切な彼女だって想ってもらえるように私頑張るから、・・だからお願い、私の事少しでも、ほんの少しでも良いから好きだとか可愛いとか、一緒にいて楽しいとか思えるなら私を一君の彼女にして下さい」

 すみれは思いの丈を包み隠さず正直に一に伝えた。

 一はすみれの思いを真剣に受け取り長考に入った。

(俺は三佳っちの事が本当に好きなのか。こんなにも自分を好いてくれるすーみんを振ってまでも三佳っちへの気持ちが恋だと言えるのか。いや、分からない。それが分からないから、これまでもずっと悩んでいたんじゃないか。見方を変えよう。もし俺がすーみんを振ったとして、三佳っちとか忍とかのグループはどうなる。俺は今の2年5組の雰囲気が好きだし、あの四人にはこれからもずっと仲良くいて欲しい。だけど、もし俺がすーみんじゃなくて、三佳っちを選んだら今まで通りの関係を保つのは難しいだろう。それじゃ、俺とすーみんが付き合ったらどうだ。三佳っちも忍、エリーにも誰にも迷惑を掛けないし、むしろ今まで以上にもっと仲良く楽しい学校生活が送れるか。今のところおそらく問題はないだろう。二郎には何の問題もないし、今のところ俺がすーみんと付き合って困るのは巴ちゃんくらいかな。まぁでも彼女とはそう言う関係だけの付き合いではないし、きっと分かってくれるはず。あとは俺の気持ちだ。俺はすーみんを彼女にしたらどう思う。まず普通以上に可愛い。あと素直で正直でわかりやすくてウチの姉妹と違って本当に良い子だと思う。一緒にいて楽しいか。さっきも普通に会話して楽しかったし、ギャップ萌も得点高いわ。冷静に考えると俺の好みに全部合っているし、断る理由が一つも無い。悩む必要すらないな。あとは三佳っちへの思いは、すーみんが言う通り、一度誰かと付き合ってみないと本当の気持ちなんて分からないのかもしれないし。・・・・・よし、決めた)

 1分だったか、10分だったか、どれだけの時間を一は考え込んでいたのか分からないが、それを待つすみれにとっては星の光が地球に届くほどの長い長い永遠の時間を待つ気持ちで、ささやかな明かりを灯す月に祈りながらこの沈黙に耐えていた。

 そんなすみれにいつもの調子を取り戻した様子で一が告白への答えを伝えた。

「よし。付き合おう、俺たち。俺も初めての事だから上手く出来るか分からないけど、まぁ楽しくいこうや」

「え?!・・・今なんて、・・・なんて言ったの」

 すみれは玉砕覚悟での無謀な告白と考えていたため、十中八九振られるものと覚悟していたこともあり、一の言葉が上手く頭の中で処理できなくなっていた。

「なんだ、すーみん。もう一回言って欲しいのか。しょうが無いな。わかりやすく言うと、すーみんは今から俺の彼女になったんだ。そして俺はすーみんの彼氏になった。つまり俺たち恋人同士って事だ。これからよろしく。すみれ」

「?!!!☆×△○★?!!!」

「おい、ちょっと、すみれってば。いきなりどうした。こんなところでマズいって」

 一が慌ててすみれを止めたのは、驚きと嬉しさのあまりすみれが突然一に抱きついたからであって、これには流石の一も正気ではいられず、慌ててすみれ肩を持って距離をとり、二人は見つめ合った。

「本当に私と付き合ってくれるの」

「そうだよ」

「本当に私なんかでいいの」

「すみれがいいんだよ」

「本当に、本当に夢じゃないよね」

 すみれが何度も何度も信じられないように確かめていると、今度は一がすみれをそっと包み込むように抱きしめた。

「夢じゃないさ。俺もすみれもここにいて、今俺がすみれを抱きしめているだろ。聞こえるか俺の心臓の音。バクバクしているだろ。夢でも幻でも無い。本当にすみれは俺の彼女になったんだよ」

「一君・・・」

 すみれは一の不意打ちの抱擁に今度こそ本当に夢の国へ意識が飛ぶ思いがしたが、こんな幸せの絶頂の時に気を失うわけにはいかないと、必死に耐えつつ嬉し涙で一の胸を盛大に濡らすほど号泣モードに入った。

 しばらくして流石に今の状況を継続することに限界を感じた一がすみれに声を掛けた。

「あの、すみれさん。そろそろ一度落ち着きませんかね。男としては女に胸を貸すのは悪い気はしないんだけど、この公衆の面前で女を泣かすクソ野郎みたいな目線にそろそろ俺の心が耐えられそうに無くて、どうか一度仕切り直すことはできないだろうか」

 すると、一通り泣き止んだすみれは冷静さを取り戻し、急に恥ずかしくなって一から離れ再び一の顔を見た。その顔をみた一はハンカチをすみれに渡しながらも耐えきれず思わず吹き出した。

「すーみん、これで顔を拭きな。ってなんて顔してんだよ。笑わせないでくれよ」

 一が思わず笑ったすみれの顔は散々泣いたため、溶け落ちたマスカラの後が目の下に滝のように流れ、涙と鼻水で顔はベタベタとなり、しかも一の胸に顔をうずめた状態で抱きしめられていたため、前髪も涙で濡れてぐちゃぐちゃな状態で顔に張り付いており、まるで海に溺れて救出された人のようになっていた。

 自分の今の状態に気がついたすみれは再び泣き叫びだした。

「えーん、やっと一君と付き合えると思ったのに、こんな変な顔を見られて嫌われる~!」

「すーみん、泣かないでくれって。俺はギャップ萌特性だから、ちょっとくらいのブス顔だって全然気にしないから大丈夫だって」

「えーん、一君がブスって言った~。もう私振られるわ~。えーん」

「頼む、大好きだから泣き止んでくれ。もう俺が泣きてーよ」

 流石に一を気の毒に思った周囲の人々は何も無かったかのように二人を見ないように距離をとるのであった。

 しばらくしてようやくすみれは我を取り戻しいつもの調子に戻っていた。

「さっきは、その、見苦しい姿を見せてしまって、本当にごめんなさい。どうか、嫌いにならないで下さい」

 すみれはほぼ土下座のような状態で頭を下げながら懇願するように謝罪した。

「安心してくれ、まぁさっきみたいなのはもう懲り懲りだけど、ある意味さっきまでよりも君をもっと好きになったよ」

「え、どどどど、どうしてかな。客観的に言って今ここで振られてもおかしくない大失態を犯したと反省しているところなんだけど、なんでまた、好きになったって・・・」

 途中から嬉しさと恥ずかしさが混ざり合い最後まで言葉にならないすみれに一が答えた。

「いやなんていうかね。俺はあまり自分を出せずにいつも人の事ばかり気にしている事が多いけど、すみれは自分の気持ちに本当に正直で何か良いなと思ってさ。俺ももっとすみれみたいに自分に正直に生きていけたら良いなって思ったからかな」

「そう・・・なんだ。でもそれって、ただのわがままって事なんじゃ無いかな」

 すみれが恐る恐る自分の欠点と感じていることを打ち明けると一が明るい表情で答えた。

「モノは言いようでなんとでもなるさ。俺はわがままじゃなくて、正直に生きるっていう長所だと思っているから大丈夫!」

 普段と変わらぬ一の様子を見ながら土壇場でさよなら逆転満塁ホームランをたたき込み、まさかの告白成功に漕ぎ着けたすみれは、人生初の彼氏となった一の隣に座り仲良く肩を並べて花火の開始を待ちながら今度こそ幸せ一杯の夢の世界へ意識を奪われたのであった。

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