青春クロスロード

Ryosuke

夏休み その2 三佳の陸上全国大会②

 大会当日、カメラの機材を持った二郎と一はレベッカと熊谷駅で9時30分に待ち合わせをしてそこからバスに乗り10時前には会場に到着した。

 3人がバスから降りるとそこには想像以上に立派なスポーツ施設があった。一番最初に目を引くのはドーム型の大きなスタジアムで中にはテニスコートやフットサル場が何面もある施設だった。他にもラグビーグランド、ソフトボール場、グランドゴルフ場に大きな広場もあった。その中でも一番大きな施設が陸上競技場だった。すでに大会が始まっているようで、会場内からはBGMが聞こえてきており、時折拍手や歓声がちらほら聞こえてきた。
 
「それじゃ、受付に行って関係者用のビブスと腕章をもらって入ろうか」

 一が学校から渡された書類を取り出して、取材者用の手続きを行い3人は観客のいるスタンドへ向かった。時間はちょうど10時になるところだった。

 会場内ではすでに様々な陸上競技が行われていた。トラックでは男子ハードルの予選が、トラック横では女子走り幅跳び、フィールドでは男子走り高跳びが行われており、選手が競技をする毎に拍手や声援が飛び交っていた。

 もともと野球やサッカーのように人気スポーツというわけではなく、会場が人で満員になる程ではなかったが、陸上の関係者や選手の家族や友人などの応援で大体200~300人程の観客がスタンドにおり、それなりに盛り上がる会場の雰囲気を作り出していた。

「スゴイですね、もう他の競技やってマスヨ」

 レベッカが目の前に広がる壮大な芝生とトラックコースに興奮するように言った。

「確かに迫力があるな。国際大会でも使えそうな立派な競技場だよな。ちょうど高跳びと走り幅跳びをやってるな」

 二郎がレベッカに同意するように感想を言っていると、一がスケジュール表を見ながら二人に言った。

「女子100m予選が10時30からあって、三佳っちは予選3組中2組目に出場する予定みたいだ。出来れば走る前に一度顔を合わせておきたいけどチャンスあるかな」

「無理だろう、もう30分前だと準備運動も終えて、控えのテントに居るんじゃねーかな。陸上大会がどんな感じか分からんけど、レース前にあまり外野が声かけても集中できないだろうから、予選が終わるまで待とうぜ」

「そうだな、そうしよう。それじゃ、レベッカさん、一応他の競技とか、あと施設の雰囲気が分かるように写真撮っておいてもらっていいかな」

「了解デス!一杯撮りますネ!」

 レベッカは一にOKサインを見せて、望遠用のレンズや三脚など撮影用のカメラをセッテイングし始めた。

 しばらく3人はスタンドで他の競技を見ていたが、一がトイレに行くと席を立った。一が用を済ましスタンド下の通路を歩いていると急に自分を呼ぶ声がして振り返った。

「もしかして一君!」

 振り返った先にいたのは先日ペンギンランドで最後の最後に一に告白をしたすみれだった。

「え、もしかしてすーみん!急に驚いたよ、どうしてここに?」

 一は先日の事を思い出しつつも冷静を保ってすみれに返事をした。

「私こそびっくりだよ。ここに居るって事はもちろん三佳の応援だよね?でもどうして一君が三佳の応援に来ているの?」

 すみれはここに一がいる理由が三佳の応援だろうという事が推理できても、なぜ一がわざわざ三佳の応援に来ているのかは全く検討がつかない様子で問いかけた。

「実は生徒会で・・・・」

 一は生徒会広報の仕事で、写真部のレベッカと手伝いの二郎と3人で取材に来たことを説明した。

「そういうことか、生徒会はそういうこともやるんだね。それにしても本当にびっくりしたよ。こんなところで一君に会えるとは思わなかったからさ」

 すみれは恥ずかしそうにしながらも、嬉しさが勝った表情で一を見つめていた。

「それは俺もだよ。この前、遊園地で遊んだ時とは格好も随分違うから一瞬すーみんかどうか気づかなかったよ」

「あー、確かにあの時は気合い入れて白のワンピースを着ていたから、今日とは随分違うよね。・・・変かな」

「いや、この前も良いけど、今日の格好の方が俺は好きだけど。まぁすーみんは何を着ても大体可愛いと思うけどさ」

「そうかな、あ、ありがとう、一君」

 すみれは一に褒められた嬉しさを押さえようとしたが、照れと嬉しさが顔からにじみ出て言葉少なげに感謝を伝えた。

 一が褒めたすみれの格好は動きやすいパンツスタイルだった。七分丈のデニムに白のTシャツ、白地に緑の柄の入ったスタンスミスを履き、黒いキャップとリュックを背負っていた。一人で友達の部活の応援に行くならこんなもんだろうと思わせるラフなスタイルだったが、以前のデートスタイルとのギャップもあり一には好評だった。そんな会話をしながら二人は二郎達と合流するためにスタンドの席に戻った。

 席に戻るとちょうど男子ハードルの予選が終わり、いよいよ女子100m予選1組目の選手がトラックへ入場してくるところだった。

「もう始まるぞ。どこに行ってたんだよ。・・・あれ、すみれか、三佳の応援で来たのか?」

「あ、二郎君、久しぶりだね。そうだよ、もちろん三佳の応援だよ。二郎君は取材の手伝いできたんでしょ。お疲れ様」

「ジロー、この子は誰ですか?一君の彼女さんですカ?」

「え、彼女、私が、一君の」

 すみれはレベッカのボケに本気で反応して、あわあわしているところで、一が二郎の代わりに答えた。

「レベッカさん、彼女は俺らと同じクラスの橋本すみれさんと言って、三佳っちの友達だよ。今日は一人で三佳っちの応援に来たみたいなんだ。一緒に行動してもいいかな?」

「そうだったんですか、一人でフレンズの応援なんてグッジョブデスね!私はレベッカ・ファーガソンデス。レベッカと呼んで下さいネ」

「ありがとう、レベッカさん、知り合えて嬉しいわ。今日はご一緒させてもらうわね」

 二人の自己紹介が終わると会場は一気に静かになった。予選1組目の発走間際だった。

 会場の視線が一斉にスタート地点にいる選手へと注がれると場内アナウンスが流れた。

「オン ユア マーク」

 8人の選手が一斉にスターターブロックに足を掛け、そして片膝をついた。

 全ての選手の動きが止まると、

「セット」

 選手全員が膝をあげた瞬間、

【バーンッ!】

 スターターの空砲が鳴り響くと共に一斉にスタートを切った。それからあっという間にゴールは切られ予選1組目が終了した。1位の選手のタイムは11秒70だった。

「スゴイ速かったですね、次は三佳ちゃんが走りますヨ!」

 レベッカが興奮した様子で声を上げた。

「しかしあっという間だな。こんな一瞬の為に毎日毎日何時間も練習してると思うと、陸上選手は大変だな」

「そうだな、どれだけ頑張っても、ほんの十秒ちょっとで全ての結果が決まるなんて怖いな」

 二郎と一は一瞬で勝敗が決まる短距離競技の怖さを感じていた。

「ホントにそうね、さぁ次は三佳よ。皆で応援しようよ」

 すみれが三佳の応援を呼びかけたところで一がレベッカに念を押した。

「レベッカさん、写真頼むよ!もし予選敗退なら、ここしかチャンスはないからね」

「OKデース!」

 4人がそんなやり取りをしていると、三佳がスタートラインに現れた。

 普段のんきにしている三佳とはまったく想像も出来ないほど真剣な表情をした彼女がそこにはいた。

 三佳は上下黒の陸上ユニフォームを身につけており、胸に「都立琴吹高校」と入ったロゴがあり、その下には360番と入ったゼッケンを身につけていた。三佳の姿は洗練された一切の無駄のない体つきで、すらっと長く、そして鍛えられた腕や太ももが引き締まる姿は三佳の整った顔立ちも相まって、男女問わず見蕩れてしまうほどに、凜々しく、そして、美しかった。

 予選2組目の8人がスタートラインに着くと簡単な選手紹介があり、その後先程と同じように場内が静まった。

 三佳は第4レーンだった。4人がスタンドから固唾を飲んで三佳を見つめていた。

 二郎は腕を組んで、レベッカはカメラのレンズ越しに、すみれが祈るような姿で、そして、一は前のめりになってその時を待った。

「オン ユア マーク」

 8人がスターターブロックに足を掛け、片膝を付ける。

 全ての選手の動きが止まると、

「セット」

 全員が声に合わせて膝を上げた瞬間、

【バーンッ!】

 スターターが響くと共に三佳は最高のスタートを切った。

 会場が8人の走る姿に注視する。シーンとした会場にはトラックを踏みしめて駆け抜ける小さな足音が「タタタタタタタ・・・・」と響き、十数秒の静寂が会場を包み込んだ。

 その静寂の中を陸上の女神がいたらきっとこんな姿をしているのではないかと思わせるような美しいフォームとトレードマークのポニーテールを可憐に揺らしながら、その後ろで走る7人を率いているかのように綺麗なピラミッド型の隊列の先頭を突き抜けて三佳はゴールラインを切った。

 タイムは11秒89だった。その後の予選3組目も終わり全体で3位の好タイムで決勝に進出が決まった。

 スタンドから見ていた4人はあまりに美しく、神々しい三佳の様子に見入ってしまい数秒間黙り込んでいたが、レベッカがその沈黙を破った。

「三佳ちゃん、エクセレント!スーパーファンタスティックです!」

「いや。マジでスゴイな、あいつ。普段のアホそうな様子からは想像がつかないわ」

「三佳、おめでとう、本当に凄い、私感動しちゃったわ」

 レベッカ、二郎、すみれが興奮したように話していると、一が一人だけしみじみと感想を言った。

「あぁ、本当にスゴイよ、三佳っちは。また彼女の走っている姿が見られるな」

 走り終えた三佳の後ろ姿に熱い視線を向けていた一に二郎が声を掛けた。

「おい一。なに一人でブツブツ言ってるんだよ。早く下に降りて三佳にインタビューしないと駄目だろ。早く行こうぜ!」

「一君、早く行きまショウ!」

 二郎とレベッカがせかすように席を立ち、その後をすみれと一が追いかけた。

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