青春クロスロード

Ryosuke

四葉との出会い

 二郎の放課後見回りの習慣は高校になっても続いていた。部活がない日は決まって中学時代のように1時間程度かけて校内を見回っていた。そのおかげで校内の様子も人の流れも二郎はある程度把握するに至っていた。6限目の授業が終わるのが15時15分。そこから約15分の間に生徒の8割が下校するか部活へ行くかで教室から出て行く。残りの生徒も友人とのおしゃべりが大体30分程経つ頃には解散となり9割がいなくなる。そして、16時ともなればほとんどの生徒がいなくなり、校舎内は静寂を取り戻す。

 それでも残っている生徒は一人で黙々と自習する者、秘密の相談や場合によっては告白をする者、そして、悪巧みを考えている者である。

 もちろん、文化系の部活や生徒会の活動、授業の準備をする教員など放課後にも校内では人の動きがあるが、ある程度パターン化しており人の出入りがない階層はある。理科室、音楽室などのある別館や職員室のある本館一階などは人目につくが、生徒のクラス教室のある本館2階や3階は、放課後、一度生徒がいなくなればそこは無人のスペースとなりやすかった。

 二郎はそんな生徒の動きをチェックし、不穏な動きがあればそれを観察して場合によっては部活をさぼっても連日見張り続けて、生活指導の教員に報告すると言った執念じみた活動を影で行っていた。
 
 二郎はいつものように校内の見回りをしていた。時間は16時過ぎ。

(今日も平和だ。残りはいつもの彼女だけか。まぁ毎日のことだし問題ないだろう)

 そんなことを思いながら二郎は自分のクラスである2年5組へ戻ろうと2年4組の教室前を通ると、例の彼女が下を向きながらうずくまる姿を目にした。

(泣いている?もしかして、何かあったのかも)
 
 二郎は普段とは違う様子を感じ取り、無意識のうちに教室のドアを開け彼女に問いかけていた。

「君、大丈夫。どうかしたの」

 彼女以外誰もいない静寂に包まれた教室の中で、窓際の後ろから2番目の席に座る一人の女子生徒に対して、二郎は心配のまなざしを向けた。

「え、私のことですか」

 その女子生徒は驚いて伏していた顔を上げて二郎の方を向いた。

「そうだけど、ごめん驚かせてしまって。君が泣いているのかと思って」

 二郎はそんな言い訳をしながらゆっくりと教室の中へ入っていく。

「いや、えーと、その少し眠くて、あくびをしていただけなんですが・・・」

 彼女はすこし顔を赤らめながら恥ずかしそうに状況を説明した。

「そうだったのか。良かった。いやごめん、急に声をかけて。勉強の邪魔をしてしまったよね。本当にごめん」

「いえ、大丈夫ですよ。そんなに謝らなくても」

「そうかい、なら良かったけど・・・」

 二郎は勘違いを謝り、その場を後にしようとしたが、これまで気になっていたことを思い切って尋ねてみることにした。

「君、いつもここで勉強しているよね。というか、一年の頃から教室に残って勉強していたよな。確か」

 入学当初から校内の見回りを続けてきた二郎にとって、目の前の女子は毎日放課後に校内に残っていながら、何も動きを見せずひたすら教室で自習している謎の生徒だったため、非常に気になる存在だった。ただ学校生活では一切関わりがなかったため、彼女の事は名前も何も知らないまま今日に至っていたのだった。

「え、そうだけど、どうしてそれを」

 彼女は少し不審に思いながら返事をした。

「いや、その、変な意味で聞いたわけじゃないよ。いつも君がここに残っているのを見るから。そうだ、俺は隣のクラスで2年5組の山田二郎と言って、バスケ部所属の見るからに普通の男子生徒だよ。たまに放課後に教室の前を通るとき、君の姿を目にしていたから気になってたんだ」

 二郎は少しでも目の前の女子から不信感を払拭するために自分の素性を明らかにした。

「ふーん、そうなんですか。自分で普通とか言うと逆に怪しく感じるけど」

 彼女は目を細めて、真意を確かめるように二郎を見つめた。

「別に、君が話たくないなら無理に話す必要ないからさ。ごめんよ、邪魔して。それじゃ」

 二郎は不審がられていることを読み取り、早々に話しを切り上げて退散しようとした。

 すると、急に明るい表情に変わった四葉が二郎を引き留めた。

「いいよ、別に。山田君だっけ、悪い人じゃなさそうだし、さっきも私を心配して声をかけてくれたんでしょう」

「いや、まぁ、そんな立派な理由じゃないけど」

 二郎が歯切れの悪い答えをすると、彼女が話を戻して二郎の問いに答えた。

「そうだよ、君の言うとおり、いつもここで放課後は自習しているよ。どう、これで満足かな」

 目の前のドギマギする男子の様子を面白いと思った彼女は、心の距離を少し縮めるように笑顔で答えた。

「やっぱり、そうだよな。どうしてわざわざ学校に残ってやっているんだ。家でやった方が落ち着いて勉強できるだろうに」

「そうかもしれないけど、ちょっと用事があってね。それまでここで時間を潰しているだけだよ」

「そうなのか、何か習い事でもしているのか」

 二郎はようやく始まった会話に気を良くして、いくつも質問をぶつけていった。

「ううん、違うよ。駅の近くでアルバイトをしていてね。夕方5時からだからそれまでここいるんだ」

「なるほどね、そりゃご苦労なこったい」

「まぁね、バイトが夜まであると家に帰った後に勉強する時間が余り取れなくて、だからここで宿題とかをやっているの」

 彼女も警戒をすっかり解いたのか、思いのほか質問に素直に答えていった。

「そうだったのか、そういうわけでいつも教室で自習してたって事か。やっと謎が解けたよ、ありがとう。それにしても夜遅くまで毎日バイトして、たいしたもんだな。何か欲しいものでもあるのか」

 二郎はテンポ良く返事をくれるその女子生徒に、さらに突っ込んだ質問を投げかけた。

「いや、たいしたことじゃないよ。ウチは貧乏でお金がないから将来大学へ行くためにも学費を貯めたり、他にも自分で必要なモノは自分で稼がなきゃいけないから」

 二郎とのやりとりに気を良くした彼女も心地よいテンポの会話に今まで誰にも話したこともない家庭事情についても思わず答えていた。

「いやいや、たいしたことあるだろ。俺なんて特に何も目標もなく適当に日々を過ごしてるし、小遣いももらえて好きに飲み食いして、自堕落な生活をしてるぜ。そういえば、君の名前を聞いてもいいか」

 思わずハードな家庭事情を聞きだしてしまった二郎は、少しでも話しのネタの重さを釣り合わせようと、自分自身の生活の駄目っぷりを自白しつつ、自分の軽率な言葉に猛省し話題を切り替えた。

「え、うん、私は結城四葉、2年4組の帰宅部です」

「そっか、ありがとう。急に色々聞いてしまってごめん。それと勉強も邪魔して。それじゃ俺はそろそろ帰るよ」

 これ以上会話を続ければ、さらに余計なことを言ってしまうことを恐れた二郎は、早々に会話を終わらせようとした。

「ううん、そんなことないよ。それに心配してくれてありがとう。山田君との会話も楽しかったよ。私なんて今日は朝から今まで「おはよう」と「さよなら」しか会話がなかったから、思わず余計なことまで話しちゃったよ。ごめんね」

 四葉は二郎に気を遣わせてしまったことを察して最後に謝った。

「いや、謝る必要なんて全くないよ。俺こそ会話が楽しくなって、調子に乗ってあれこれ聞いてしまってごめんな。・・・あの、もし良かったらまた声かけてもいいかな」

「うん、もちろん。私は大丈夫だよ」

「そっか、わかった。それじゃ、またね、結城さん」
 
 二郎は柄にもなく四葉に興味を示していた。二郎にとっては自分とは全く異なる境遇におり、それでいて腐らず目標に向かって努力している四葉が何か不思議な存在に感じたのだった。

(それにしても今時の女子高生にしてはスゴイ地味な格好だったな。黒縁メガネにマスクして、それに前髪を下ろした状態じゃ、ほとんど顔も表情も分からないわ。まぁでも、いろいろ話も聞けて良かったか。少し腹が減ったし、いつものパン屋でカレーパンでも買って帰るかな)
 
 二郎は一年の頃からずっと気になっていた一人の少女とのわずか5分程度の思わぬ会話に胸を弾ませ、この出会いが今後の自分の人生に何か大きな変化をもたらすかもという、そんな根拠もない期待を抱きながら、夕暮れの街を一人歩きながら帰途についた。

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