レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-
湖上の月(Moon over the lake) 4
ドラゴンが放った火球、その初弾はトール2の尾翼を掠めるような軌道を描いた。直撃にいたらずとも灼熱と高熱によって、小規模な乱気流が生じた。結果、トール2は機体の水平を維持できず、錐揉み状態となった。撃墜に至らなかったが、爆撃コースから外れたのは明らかだった。
ドラゴンはさらに増速すると、後方から突き上げるようにトール1へ接近した。トール1は射界に入った全て機銃座が火を噴き出し、曳光弾が帚星のような赤い尾を引いていく。全身から鉛の雨を降らせる光景は、まるで出血多量であえいでいるかのようだった。
ドラゴンの咆哮とともに、喉元が赤く点滅した。フレアが放たれる予兆だった。トール1まで距離は1000メートルもなかった。いまや高度、針路ともに同調し、B-29とドラゴンは同一直線上にあった。
アポロのコクピットからアームストロングはトール1へ呼びかけ続けた。その横で副機長マーカスは神に祈りを捧げている。
「トール1、脱出しろ!」
火球が放たれ、シカゴ上空で小規模な爆発が生じた。
「ジーザス……!」
アームストロングは呟いた。主へ捧げた文言ではない。驚嘆の比喩として彼は用いた。
「何が起きた……? どうなっている?」
アームストロングは自問した。
「それは……」
マーカスは自分に尋ねられたと思ったらしい。
「ファッキンドラゴンが爆発して、落ちていきました」
彼は、誰でもわかる状況を要約した。アームストロングは僅かに眉間に皺寄せ、肯いた。
「ああ、それはわかっている。オレは、そいつがなぜ起きたか知りたいんだぜ。おい、誰か――」
アームストロングは機内の部下に何か気がつかなかったか尋ねた。答えはすぐに返ってきた。尾翼の機銃座が状況の変化を知らせてきた。それは新たな緊張をB-29の編隊にもたらした。
『スティーブ、4時方向です。シカゴ沿岸に黒玉が浮かんでいます。ああ、畜生。スティーブ、あなたの眼にあれが見えないことを祈っています。ああ、クソ。いっそ幻覚であってくれ』
「リック、落ち着け」
諦観と共に、アームストロングは機銃座の兵士の名を呼んだ。
「残念だが君は正気だろう」
アームストロングが構えた双眼鏡には、新たに現われた5個目の小さな月が映っていた。
アームストロングは無線の周波帯を切り替えると、周辺空域の護衛戦闘機隊へ呼びかけた。新たに現われた5個目のBMに対処するためだった。
「アポロより、リトルバード各機へ。新たなBMが現われた。方位は――」
副機長のマーカスが首をひねった。まだ何か言いたいことがあるらしい。アームストロングは尋ねなかったが、マーカスは自ら口を開いた。
「スティーブ、あのファッキンドラゴンをぶっ飛ばしたのは、あの小さな月じゃありませんか?」
アームストロングは無線を中断し、ぎょっとマーカスを見た。異常者に話しかけられた心地になった。
「どういうことだ?」
「いえ、だってあの黒玉がチカッと光った後、すぐにファッキンドラゴンが吹き飛んだんです。だからヤツがやったんじゃないかって――」
アームストロングは自身の頭部に血液が集中するのを感じた。
「君はなぜ、それを私に報告しなかった? 異常があれば知らせろと言っただろう!」
「いえだって――」
マーカスは悪びれた様子もなく、肩をすくめた。
「てっきり、オレは自分の気が狂ったかと」
アームストロングは、配置転換の要請を決心した。もちろん、彼自身のことではない。彼はアポロから降りるつもりは毛頭無かった。そして、愛機の寿命を縮める要員を残すつもりもなかった。
彼が無言で無線を切ると、入れ替わるように偵察員が機内通話で呼び出してきた。
『スティーブ、ちっこいBMの様子が変です。輪郭がぼやけ……なんてこった。駆逐艦が飛んでやがる』
ドラゴンはさらに増速すると、後方から突き上げるようにトール1へ接近した。トール1は射界に入った全て機銃座が火を噴き出し、曳光弾が帚星のような赤い尾を引いていく。全身から鉛の雨を降らせる光景は、まるで出血多量であえいでいるかのようだった。
ドラゴンの咆哮とともに、喉元が赤く点滅した。フレアが放たれる予兆だった。トール1まで距離は1000メートルもなかった。いまや高度、針路ともに同調し、B-29とドラゴンは同一直線上にあった。
アポロのコクピットからアームストロングはトール1へ呼びかけ続けた。その横で副機長マーカスは神に祈りを捧げている。
「トール1、脱出しろ!」
火球が放たれ、シカゴ上空で小規模な爆発が生じた。
「ジーザス……!」
アームストロングは呟いた。主へ捧げた文言ではない。驚嘆の比喩として彼は用いた。
「何が起きた……? どうなっている?」
アームストロングは自問した。
「それは……」
マーカスは自分に尋ねられたと思ったらしい。
「ファッキンドラゴンが爆発して、落ちていきました」
彼は、誰でもわかる状況を要約した。アームストロングは僅かに眉間に皺寄せ、肯いた。
「ああ、それはわかっている。オレは、そいつがなぜ起きたか知りたいんだぜ。おい、誰か――」
アームストロングは機内の部下に何か気がつかなかったか尋ねた。答えはすぐに返ってきた。尾翼の機銃座が状況の変化を知らせてきた。それは新たな緊張をB-29の編隊にもたらした。
『スティーブ、4時方向です。シカゴ沿岸に黒玉が浮かんでいます。ああ、畜生。スティーブ、あなたの眼にあれが見えないことを祈っています。ああ、クソ。いっそ幻覚であってくれ』
「リック、落ち着け」
諦観と共に、アームストロングは機銃座の兵士の名を呼んだ。
「残念だが君は正気だろう」
アームストロングが構えた双眼鏡には、新たに現われた5個目の小さな月が映っていた。
アームストロングは無線の周波帯を切り替えると、周辺空域の護衛戦闘機隊へ呼びかけた。新たに現われた5個目のBMに対処するためだった。
「アポロより、リトルバード各機へ。新たなBMが現われた。方位は――」
副機長のマーカスが首をひねった。まだ何か言いたいことがあるらしい。アームストロングは尋ねなかったが、マーカスは自ら口を開いた。
「スティーブ、あのファッキンドラゴンをぶっ飛ばしたのは、あの小さな月じゃありませんか?」
アームストロングは無線を中断し、ぎょっとマーカスを見た。異常者に話しかけられた心地になった。
「どういうことだ?」
「いえ、だってあの黒玉がチカッと光った後、すぐにファッキンドラゴンが吹き飛んだんです。だからヤツがやったんじゃないかって――」
アームストロングは自身の頭部に血液が集中するのを感じた。
「君はなぜ、それを私に報告しなかった? 異常があれば知らせろと言っただろう!」
「いえだって――」
マーカスは悪びれた様子もなく、肩をすくめた。
「てっきり、オレは自分の気が狂ったかと」
アームストロングは、配置転換の要請を決心した。もちろん、彼自身のことではない。彼はアポロから降りるつもりは毛頭無かった。そして、愛機の寿命を縮める要員を残すつもりもなかった。
彼が無言で無線を切ると、入れ替わるように偵察員が機内通話で呼び出してきた。
『スティーブ、ちっこいBMの様子が変です。輪郭がぼやけ……なんてこった。駆逐艦が飛んでやがる』
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