レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-

弐進座

湖上の月(Moon over the lake) 1

【シカゴ郊外】
 1945年5月31日

 結論から述べると、本郷はシカゴへ到達できた。彼の率いる戦車中隊は遣米軍に先んじること5月31日、午前7時にシカゴへ突入した。もっとも、シカゴの外縁部であるから高層ビルや高速道などではなく、ごくごく一般的な民家がまばらに建てられた地区だった。

 彼の中隊は民家の密度に相応しいだけのグールと会敵し、それらを解体する作業に没頭した。時間にして、60分ほどだった。それから状況を整理、中隊を再編するまで40分ほど時間を要した。人的損害は皆無だった。本郷は麾下の戦車を前面に押し立てて、ローラーのごとく蠢く死者の群れを潰していった。人間性を切り離した一方的な作業だったが、人的被害を最小限に抑えるには最善の策だった。

 本郷は作業を一段落させた後で、部隊の再編を行った。損害は戦車2両にとどまった。いずれも故障によるもので、応急修理を行えば戦線に復帰可能だった。

『隊長、三小隊の車両が復帰しました』

 中村中尉の報告を無線越しに、本郷は受けていた。

「30分後に出発する。君は各小隊を回って、異常が無いか確認してくれ。これから先、シカゴの中央部まで休む暇はないからね」
『了解。ま、体操でもさせておきますよ。どうも戦車乗りが肩が凝っていけません』
「はは、そうだね。君も身体を伸ばしておいてくれ」
『ええ、隊長も……では、失礼します』

 本郷は無線を切ると、マウスの展望塔キューポラから乗り出した。他の乗員も外へ出て行く。ここを発ったら、しばらく鋼鉄の箱にこもる時間が続くだろう。今のうちに身体を伸ばし、外の空気を吸っておいたほうがいい。

「ユナモ、開けてもいいかな?」

 本郷は車体前部の天蓋をノックした。

『かまわない。どうした?』

 天蓋を開け、本郷は思わず笑みも漏らした。口の周りをチョコで化粧したユナモがいた。

「ずいぶんとおめかしをしたね。たまには外へ出ないか。ずっとそこにいると息が詰まるかと思ってね」
「わたし、ここが落ち着く」
「はは、そうか。無理にとは言わないよ」
「ホンゴーが言うなら、外へ出てみる」

 伸ばされたユナモの手を取ると引き上げて、ゆっくりとマウスの車体前面に腰を下ろした。ユナモは右手にチョコレイトを握りながら、足をぷらぷらとさせた。

「ここは、ニンゲンのムラなの?」

 周囲を見渡してユナモは言った。

「村よりもっと大きいかな」

 典型的な北米アメリカンスタイルの住宅街だった。大型車両用のガレージとテラスが正面に設置され、窓ガラスは割れていた。広い庭が通りに面し、無造作に放置された芝生が生い茂っている。

「ムラよりもおおきい? どれくらいニンゲンがいたの?」
「そうだね。十万くらいかな?」

 5年前のシカゴの人口ならば、数十万はくだらないはずだった。

「じゅうまん?」
「とにくいっぱい人がいたんだ。僕らがいる中隊よりもずっと多いんだよ」
「そのヒトたちはもういない。おうちからでていった」
「……うん、そうだね」
「ユナモのおうちはもうない。あのヒトたちのおうちはのこっている。あのヒトたちは、いつかもどれる?」
「ああ、きっともどれる……」

 肯いた本郷の中に確信はなかった。この作戦が成功したとしても、シカゴの復興は数十年先になるだろう。果たして、それまでこの街並みが残っているか定かではない。

「ユナモ、もし戻るところがなくても――」
「ホンゴー、あれ」

 ユナモが手を上げて、大通りの先を指さした。中村中尉が慌てた様子で駆けてくるのがわかった。遠目からでも異常が起きたと察することが出来た。

「どうした?」
「六反田閣下から緊急電です。すぐにシカゴから離れろと!」
「なんだって?」
「合衆国が、反応弾の投下を決定しました。まもなくシカゴBMが爆撃され――」

 本郷は厳しい顔でユナモを抱き上げた。

「すぐに総員乗車だ。ただちに退避する」

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