レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-

弐進座

五大湖戦区(Lakes front) 11:終

 喉頭式マイクを切り替え、儀堂は全艦へ向けて高声令達器に命令を叩き込んだ。

「総員耐衝撃!!」

 直後、<宵月>は4方向から光の奔流に包まれる。直撃ならば、高熱と衝撃で船体が文字通り散華するところだった。ネシスの結界により、最悪の事態は免れた。しかし、致命的ではあった。

 ネシスが苦しげな呻きを上げ、<宵月>の船体を包んでいた。飛行用の方陣が弱まっていく。再び<宵月>は霧の海にその身体を没することになった。

『儀堂、すまぬ。持ちそうにない』

 ネシスが吐息まじりに告げた。数分ほど前の余裕は消え失せている。

「そうか」

 儀堂は対称的に、落ち着きを払っていた。しかし、それは表面的なものだった。内心では自身の過誤に対し、溶岩流のような怒りが渦巻いている。理性で押さえ込んでいるだけだった。ここで自身の無能を罵倒したところで何かが得られるわけではない。彼は被虐趣味を持たない上、何よりも無意味な行動を嫌悪していた。

「謝る必要は無い。間違ったのはオレの方なのだ。率直に聞くが、どれほど持つ?」
『長くはない。そうさな』

 一呼吸おいて、ネシスは言った。

『あの光弾を弾けるのも、お主等の時間で良くて5分かのう』
「5分か。それは飛行状態のままで、その時間か? 着水すれば、まだもつのか?」
『ふむ、幾分か伸ばせるであろう。魔力の消費を抑えたところで二倍、いや三倍と言うところか』

 つまり、十分あるい良くて十五分程度が限界ということだった。残酷だが、だからこそ理に適った見積もりに思えた。
 控えめに評価しても、戦況は絶望的だった。
 それでも儀堂の決心は揺らがなかった。

――自沈命令など出すものか。特攻も論外だ。

 儀堂は駆逐艦に乗っている。兵装は全て万全で、弾薬も十分に備わっている。こんな状態で沈むなど、あってはならない。何よりも彼の誓いを果たすことができなくなる。この世界にBMを放置したまま、死ぬわけにいかなかった。
 あの黒い月を全て墜として、送り込んだ奴らに報いをくれてやるまで、彼は止まるつもりはなかった。
 限られた時間の中で、儀堂衛士が驚異的な集中力を発揮できたのは、病的とも言える決心があったからだった。彼は最終的な目的の達成のため、取るべき目標の変更を即座に行った。すなわち生存である。

――生き残らなければ、意味が無い。

 目標を明確にしたことで、彼の思考はより洗練された。生存へ向けた最短経路を模索する。儀堂は<宵月>を取り巻く状況と敵の戦力と行動を振り返った。敵は航空優勢状態で、<宵月>を上空からつるべ打ちにしている。

 <宵月>の兵装で、敵BMを撃ち抜くのは不可能だった。あるいは噴進砲ならば可能性はあるかもしれないが、射程外だ。10センチ高角砲ならば届くかもしれないが、恐らくBMの外壁を射貫できる見込みはない。

 つまり、残された道はただ一つだった。

「よし、逃げよう」

 指揮官として、儀堂はこれ以上無いほど明瞭な方針を提示した。軍人としては率直すぎる発言だった。あまりにも明快すぎて、副長の興津は目を剥きながら、聞き返した。

「艦長、いま何と?」
「聞こえなかったのかい。逃げるのだ。ああ、そうか。大本営風に言えば、転進か」

 儀堂は口元を歪めていた。興津は説明不能な冷や汗をかきながら、肯いた。こいつは本当にオレよりも年下なのか。

「艦長もお人が悪い」
「すまない。口が過ぎたよ。うん、とにかく、今のオレ達には三十六計しかないんだ。君の意見は? ああ、本艦の目標はこの場を生き残ることだから、特攻とか散華とかは抜きだ」

 興津は肩をすくめた。どうやら彼なりに余裕を取り戻したらしい。

「ならば、あなたと同意見です。しかし艦長、生存こそ今の我々にとって最も困難な目標のように愚考します」
『そやつの言う通りじゃ。儀堂、どこに逃げるのじゃ?』

 レシーバーから戸惑うようにネシスが尋ねてきた。

「それは、お前の返答次第だ」
『妾の?』
「ああ、ネシス。ひとつ聞くが――」
 ネシスは儀堂の問いに心底嫌そうに答えた。彼女の返答は儀堂を満足させるものだった。

 数分後、<宵月>はミシガン湖に再び降り立った。4つのBMから光線が降り注ぎ、湖面の全てをなぎ払った。

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