レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-

弐進座

五大湖戦区(Lakes front) 3

「なっ……!!」

 絶句する戸張の眼に飛び込んできたのは、巨大なヒュドラだった。思わず5年前、オアフでの光景が頭を過ぎった。緑色の炎に飴細工のように溶かされた零戦、自分の烈風も同様の運命を辿るところだった。

――どこに潜んでやがった……。

 マディソンは3つの小さな湖に囲まれた街だ。おそらく、その中でもどれか一つに隠れ潜んでいたのだろう。これだから北米は油断ならなかった。そもそも航空偵察ごときで、この広大な大陸を監察するなど土台無理な話だった。

 戸張は小さく舌打ちをすると、機首上げた。もちろん再突入して機関砲を叩き込む算段だったが、残念ながらその機会は永遠に訪れそうになかった。

 無数に生えたヒュドラの首の一部が千切れ吹き飛んだ。なたで切られたように数本の首が転がるのが見えた。戸張は眼を見張った。

――機関砲じゃない。

 恐らく大口径の砲によるものだ。ただ解せないところがあった。いったいどこから放たれたのだ。味方の戦車隊は離れすぎている。なによりもデビルの攻撃から退避するのだけで手一杯で、行進間射撃を行う余裕はなかったはずだ。

 戸張は首をかしげつつ、中隊各機の無事を確かめた。幸い損害はなかった。戸張は胸をなで下ろすと、再び全機へ呼びかけた。

「キヨセ1より、誰だか知らんが助かった。怒らねえから素直に言え。俺に命令した件は不問にふすつもりだ」

 戸張は無線で中隊全機に伝えたが、応えるものはいなかった。

「おい、せめて礼くらいさせろ。この戦いが終わったら、ビールでもバーボンでも好きなだけ呑ませてやる」

 戸張は焦れたように言った。数秒の沈黙が続く。こいつら示し合わせて黙ってやがるのか。もしや中隊全員におごらせるつもりかと思った。まあ、それならそれでいい。俺は一時的な破産に陥るだけで、死ぬわけじゃない。

『すまないが、僕は酒を嗜まないんだ』

 聞き慣れないが、記憶に新しい声が無線機から発せられた。声質から自身より年上のように戸張は思った。

「誰だか知らんが、あんたは命の恩人だ。どこの部隊だ?」
『悪いが、事情があって名乗ることができない。勘弁してくれ』
「ああ、そう。わけありかい。まあ、いいや。なんにしろ、助かった。もし名乗れるようになったら、借りを返させてくれや。酒がだめなら飯をおごろう。うまい寿司屋をシアトルで見つけたんだ」
『ありがとう。できれば菓子がいいな、僕は甘党なんだ』
「はは、そいつは埒外だな。なんでもいいや。俺は戸張だ。自分でいうのもなんだが、海軍でもそうそう見ない名前のはずだから、そう苦労せずに見つかるだろう。もし縁があったら、声をかけてくれ」
『ああ、そうするよ。では、これで――気をつけたまえ』
「あんたもな!」

 戸張は機体をパンクさせると、マディソンへの向けさせた。恐らく市街地には掃討しきれなかった黒テングどもが残っているだろう。彼の機体は対地ロケットをぶら下げていた。帰りの燃料消費を考えても、機体を軽くしておくに越したことはない。

◇========◇

 双眼鏡には遠ざかっていく烈風の姿が見えていた。

――どうやら気づかなかったようだ。

 本郷は胸をなで下ろすと、展望塔キューポラから乗り出した自身の上半身を引っ込めさせた。彼は自身の乗るマウスをマディソン近郊の低木林の中に隠蔽させていた。巨大な車体と砲塔にはネットが被せられ、いたるところに低木林の枝葉がくくりつけられていた。

 遠目からみれば、森の精霊のように見えなくもない。ただし、愛らしさからは全く無縁な外見だ。妖精ではなく、どちらかと言えば祟り神のような印象を抱かせるだろう。

 装填手から次弾が込められたと報告があった。本郷は肯くとすぐに発射を命じる。十二センチ砲の火炎が生成され、数秒後、数キロ彼方で多頭竜の死体が出来上がった。

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