レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-

弐進座

五大湖戦区(Lakes front) 1

【ミネアポリス】
 1945年5月22日

 エクリプスの作戦計画において遣米軍に期待された役割は限定的だった。合衆国軍が遣米軍を侮っていたわけではない。確かに英国軍より酷く封建的で意固地な軍隊だと感じていたが、直接的な原因には当たらなかった。単に、この作戦へ向けて供出された戦力が少なかったからである。

 日本陸軍が遣米軍として、北米へ差し出した戦力は10万近いものだった。その中でも、エクリプスに割かれた戦力は後方要員を含めて3万程度である。参加兵力20万に比べて、四分の一以下だ。しかも、シアトル事件が原因で日本は、合衆国軍に指揮権を渡さなかった。

 エクリプスの総司令部は遣米軍に"要請リクエスト"は出せても、命令オーダーを出すことはできなかったのである。
 こんな七面倒な軍隊をマッカーサーが好んで重用するはずがなかった。

 当初の予定では、ミネアポリスへ進軍した時点で、遣米軍は役割を終えているはずだった。可能であれば、そこからさらに西進し、グリーンベイへ到達することになっていた。しかし、あくまでもそれは努力目標だった。

 しかし、2発の反応爆弾が何者かの手によっては奪われたことで、状況は一変した。

 5月22日にデンバーで不愉快な会談を終わらせた後、栗林大将は百式司令部偵察機に乗り込んだ。数時間後、ミネアポリス近郊の野戦飛行場へ彼の機体は降り立った。遠くから砲声が聞こえ、空を見上げれば数機の重爆がフライパスしていく。たった今、日本軍はミネアポリスの掃討を終えようとしていた。

 戦闘中にも関わらず、飛行場へ攻略部隊の師団長がわざわざ迎えに来ていた。彼はミネアポリス陥落の報告を自身の口から伝えたかったのである。遣米軍にとって、それは任務達成を意味していたはずだった。

 機上から降りてきた遣米軍総司令官の顔は重苦しいものだった。刑期の延長を無実の囚人に告げる気分だった。

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【マディソン近郊】
 1945年5月26日
 
 鋼鉄の野獣たちが、灌木林をなぎ倒しながら突き進んでいく。日本陸軍の五式戦車の群れだった。俯瞰で眺めたとき、不揃いで不定型な線が十数本も伸びていくのがわかるだろう。それら線は毎時5~6キロずつ伸びている。人間が歩きでついてこれるほどの低速である。

 40トンの鉄の塊に先導され、数名の兵士が続いていく。親鳥に追いすがるひな鳥のようだと言えなくもない。必死さという点においては、まさに彼等の境遇は合致していた。

 線の一つが急に止まり、時間差をおいて隣り合った左右の線の先頭が止まる。直後に十センチ砲の発砲音が3発連続して響いた。砲弾は2キロ先にいた小鬼ゴブリン型の魔獣の集団を吹き飛ばした。小鬼どもは奇怪な悲鳴を上げて、散開していく。チリの影に隠れていた兵士達が素早く飛び出し、一斉射撃を行うと、奇怪な悲鳴がさらに量産された。

 悲鳴は13分後に止まった。数分後、鋼鉄の野獣が前進を開始し、轍を伸ばす作業が再開された。

 島田豊作しまだとよさく大佐が乗る五式戦車チリは、他の車両と比べて個性的な特徴を備えていた。砲塔後部にまるで触覚のようなに立った無線アンテナだった。指揮車両のため、無線機能を大幅に拡張された結果である。

 自身の隊が無傷であることを確認すると、島田は無線機に手を伸ばした。

「タツタ1-1より全車へ。マ26フタロクにて小規模なゴブリンの集団を捕捉、これを撃滅。飛行型のデビルが近接している可能性大なり。対空警戒を怠るな」

 島田は展望塔キューポラから上半身を乗り出すと、上空をぐるりと見渡した。

――面倒なことになったな。

 曇り空だった。襲撃には絶好の空だ。

 ゴブリン型魔獣はデビル型と共存しているケースが多かった。2種族の関係は不明だが、ある種の共生関係にあるのではないかと推察された。つまり、ゴブリンが地上の安全を確保しつつ、デビルが上空から警戒を行うのである。そして、例えば島田のような無粋な輩が来た際は礼儀正しくおもてなししてやることになってた。デビル型は自身の献身と引き替えに、安住の居住空間をゴブリンによって確保するのである。

 島田は再び車内へ入ると、無線機で近くの分隊を呼びだした。

「タツタ1-1より、トライ2-1へ。たった今ゴブリンの集団に遭遇した。どうやら我々は虎の小屋へ飛び込んだらしい。君らは上を向いて歩いてくれ。安心しろ、我々はまだ後退しない」

 その間にも彼が乗る五式戦車チリは、歩くような速度で前進している。戦闘から数分経過したが、頭上に脅威は見られなかった。杞憂だったかと思い始めたときだった。

 雲間から黒い点がいくつも現われた。案の定。デビルの群れだった。目算でも30体はいるだろう。島田は短い舌打ちをすると、無線機を引っつかんだ。

「散れ!」

 短く命令を出すと、すぐに島田は戦車と兵士を散開させた。数秒後、彼の車両の周辺に次々と火球が墜とされ、ローストされたような気分になった。

――急がば回れとは言うものの……やむなしか。

 島田は無線機を戻すと、襲撃を免れている車両へ反撃を命じた。車長達が次々と身を乗り出し、砲塔上部の機銃へとりつく。すぐに黒い点を減らすため、硝煙と鉛の塊をまき散らす努力が行われる。しかし彼等の奮戦むなしく。十数体のデビルが無傷のまま、戦車隊の上空へ達した。デビルは空中で静止すると、いくつもの小さな方陣が描いた。やがて方陣が光り輝き、紫色の火球となり、一斉に降り注いだ。

 島田の周辺で小規模な爆発が連続して続く。展望塔キューポラの視察窓から強烈な閃光が放たれ、島田は眼を細めた。彼の車両のすぐ右隣にいた五式戦車チリの砲塔が吹き飛んでいた。

――機関部をやられたな

 車体後部に、デビルの光弾の直撃を受けたのだろう。あの魔獣の放つ紫色の火球は火炎瓶モロカクテルと同じ効果を持つ。爆発による破壊力は脅威ではない。砲塔天板に直撃を受けてもせいぜい視界が塞がる程度で、対応さえ誤らなければ酷いことにはならないだろう。厄介なのは、機関部エンジンに直撃を受けた場合だった。排熱のため装甲が施されておらず、ほぼむき出しと言って良い箇所だ。火球の高熱が機関部からオイルへ到達し、あっという間に引火して、弾薬庫ごと吹き飛んでしまう。

「タツタ1-1より、バントウへ。中隊規模のデビルより空爆を受けている。こちらの対空装備では対応できない。すぐに航空支援を寄越してくれ」

 島田は努めて平坦な口調で、司令部へ支援要請を行った。続いて、散開している歩兵たちに成すべきことを伝える。

「タツタ1よりトライ1へ。すまない。どうやら君らの盾にはなれそうにない。これより一足先にマディソンへ突入する」
『トライよりタツタへ。気にするな。先に行ってくれ。お互い地を這うしか能がないからな。こうなってしまってはどうしようも――』

 通信が途切れた。島田はトライ―機動歩兵の部隊長―がいた方向へ眼を向けた。紫色の火炎が見えた。島田は瞬時に何が起きたかを理解した。

 トライの言う通り、どうしようもなかった。忌々しいデビルの火球の雨を防ぐ傘はなかった。せいぜい気休めに機銃で鉛玉を振る舞うのが関の山だろう。

――気に食わんな

 島田は素直に肯定できなかった。彼は戦車に乗っていた。近代戦における陸の王者として、このまま歩兵を置いて逃げ去るような真似はしたくなかった。そのような行いは王者の風格に相応しくない。

「そうだ。俺は戦車に乗っているのだ。タツタ1より全車へ――」

 島田は全速前進と共に、砲塔を180度回頭させた。島田大隊の戦車長のなかで、彼の意図を理解したものは3割ほどだった。5割は気でも狂ったのかと思った。砲口の先には味方の歩兵が散開しているのだ。ちなみに、残りの2割は盲目的に従っただけだった。

 間をおかずして、彼等全員は島田の意図を完全に把握した。

煙幕スモーク展開、奴らデビルの目を潰すんだ」

 マディソンの原野に局地的な白いカバーが被せられた。五式戦車チリより放たれた煙幕弾が、祈るように這いつくばっていた歩兵の頭上へ展開され、デビルの視界を塞いだ。頭上の魔獣が目視できるのは、もはや陸の王者のみだった。

 履帯より土砂を巻き上げ、怒濤の勢いで五式戦車チリはマディソンへ突き進んだ。

「来い! 相手をしてやろう!!」

 島田は展望塔から身を乗り出し、自ら機銃を浴びせた。奇跡的に一弾が命中したらしく、不規則な軌道を描きながら、デビルの一体が落ちていく。

 デビルどもは島田の挑戦状を正しく受け取ったらしい。黒い点の集団が、陸の王者の後を追い始めた。

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