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レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-

弐進座

原石(Rauer Stein):7終

【デンバー】
 1945年5月22日

 エクリプス作戦の総司令部は、デンバー市内の旧庁舎内に据えられていた。1棟丸ごと借り切り、北米を全体で展開される攻勢作戦を指揮するために必要な人員が日夜出入りしている。
 総司令官のダグラス・マッカーサーは、かつて市長室として使われていた部屋にいた。先ほどから火のついていないコーンパイプを手に持ったまま、執務机と応接テーブルの間を往復していた。

 室内には彼一人だった。さもなければ、このような子供じみた挙動をとり続けられるはずもない。
 この世の全てに呪われたような気分だった。あるいは裏切られたと言って良いのかもしれない。

 昨夜、彼は、この部屋で親しい幕僚達とカリフォルニアワインを片手に談笑していた。反応爆弾を搭載したB-29が行方不明になったと報せがきたのは、そのときだった。途端に酔いが醒め、彼にとっての悪夢が始まった。
 直後の彼に出来たのは、順調に進撃していた第6軍の足を止めるくらいだった。すぐにパットンから罵倒に近い抗議が上がってきたが無視した。

 以来、マッカーサーはとめどもなく思考の迷路に迷い込んでいる。

 パットンあたりならば、ファックだの、シットだのを多用して罵り、怒鳴り散らすところだが、品性に関して潔癖すぎるマッカーサーにとり、そのような言葉を思いつくことすらなかった。その代わり、なぜこうなったのか、自分がこのような失態に見舞われている理由を、ひたすら自問自答していた。要するに現実逃避の一種なのだが、未来の大統領を属望する男を咎められるものはいなかった。

 本来、マッカーサーは合衆国軍きっての戦略家であり、大局的な視点が求められる大規模作戦の総司令官として十分な適正があった。実際、彼が一方的にライバル視しているアイゼンハウアーも、自身の後任としてマッカーサーを推していたほどだった。
 しかしながら、一方でマッカーサーは対応力の柔軟性に欠けるところがあった。具体的には、自身の予想を超えた事態や急を要する危機に対しては全く頼りにならない。加えて、偏った見方に囚われすぎるところもあった。特に人種的な偏見は拭いがたいものがあった。もっとも、これは彼に限らず米国人の大半が有する気質でもあった。

 今となっては、何かの陰謀ではないかとすら本人は思い始めていた。何者かが自分を追い落とすために、仕組んだ人事なのではないか。そんな妄想を抱き始めていた。

 とめどもないマッカーサーの堂々巡りを止めたのは、ノックの音だった。すぐに歩みを止め、何事もないように入室の許可を告げる。

 ドアから顔を出したのは、お気に入りの若手将校アス・キッサーの一人だった。

「サー、ジェネラル・クリバヤシがお見えになりました」
「よろしい。通したまえ」

 十分後、マッカーサーの執務室に最悪の空気が充填された。

――誰もが不愉快と不信にまみれている。

 合衆国海軍のハインライン大佐は思った。

 応接セットで向き合うように異国の将軍同士が座っていた。片方はよくアイロンの掛かったシャツとズボン、そして傷一つない革靴に身を包み、もう片方は煤のついた野戦服と泥にまみれたブーツを装着していた。前者がマッカーサー、そして後者がクリバヤシだった。二人のジェネラルの戦争に対するスタンスが端的に表れている。両方とも副官を引き連れているが、上官にならった服装だった。

 救いようのない情景に見えた。海軍軍人ナヴァル・オフィサーのハインラインだが、自国の将軍が最悪のタイミングで同盟国の将軍を召喚したことぐらい、すぐにわかった。最前線で臨戦中の指揮官を遙か後方に呼び出すには相応の理由が必要なのだ。ハインラインの私見だと、マッカーサーの用意した理由に、その価値があるようには見えなかった。

 こんなところにいるくらいならば、再び太平洋でBMと大激戦をやらかした方がまだましだった。あのときは味方同盟国に敵意を抱く暇すらなかったはずだ。
 なにゆえ自分がパシフィックから離れて、遙か奥地のデンバーにいるのか疑問に思う。自分が知日派などと、いったいどこの誰が大統領に吹き込んだのだ。おかげで、こんな茶番に付き合わされている。

 1ヶ月前のことだった。第8艦隊がサンフランシスコに寄港した際にハインラインはUSS<ニュージャージー>の司令室へ呼び出された。そこで不機嫌そうなハルゼー提督から一通の命令書を手渡された。現大統領のサインと共に、日本との協同補佐官オブザーバーとしてエクリプス作戦に参加するよう書かれていた。

「陸軍の作戦に私が? なぜですか?」
 白昼夢でも見ているようだった。
「知らん。とにかく、とっとと行って済ませてこい」
 ハルゼーはそれだけ言うと追い払うように手を振った。

 確かに心当たりはあった。合衆国と日本の協同任務ジョイントタスクで何度か連絡武官として連合艦隊IJNの艦に乗り込んだことはある。しかし、それだけでは通訳無しでは日本人と話せない自分を抜擢した背景を説明できなかった。

――だいたい陸軍アーミーには、日系人の大隊がいるではないか。なぜ、そこから引っ張ってこない? ケンベイアーミーにも連絡将校を派遣しているはずだろうに……。

 疑問はつきなかったが、ハインラインが答えを出すことは不可能だった。

 彼は知らなかった。目の前にいる元帥マーシャルが、アイゼンハウアーから推薦された知日派の陸軍士官を悉く蹴っていたのだ。マッカーサーは、かつて自身の副官を務めた元帥から指図されるのを嫌った。しかし大統領命令を無視できなかったので、しかたなく海軍から人材を融通してもらったのである。アイゼンハウアーよりも海軍に借りを作る方が、彼にとって気が楽だった。

「それで、あなたは何が言いたいのですか?」
 口調こそ穏やかだったが、クリバヤシは眉間に深い皺を寄せている。
「ジェネラル・クリバヤシ、あなたは我が軍にとって反応爆弾がどれほどの価値をもっているか知っているだろう?」
「もちろん、この作戦に参加する全ての軍にとって要となっているものです」
「なるほど。それでは改めて尋ねるが、この日本人達に見覚えはないわけだね?」

 マッカーサーは応接デスクにある二つの写真を指した。合衆国兵士の服を着た身元不明の東洋人の死体が写っている。クリバヤシは大きく息を吐いた。

「知らないと申し上げたはずだ。だいたい彼らが何をしたというのです。反応爆弾と関係が?」
「それを答えることはできない」

 この時点で反応爆弾の喪失は、一部の者しか知らなかった。事態の深刻さから、トルーマン大統領の耳にははいっているはずだが、エクリプスの中止命令は出されていなかった。
 マッカーサーは独断で日本の容疑者としてクリバヤシを呼びづけたのだった。

「ならば、用はこれだけですな」

 クリバヤシは立ち上がり、一礼した。マッカーサーは首を横に振った。

「まだだ。あなた達・・・・にはやってもらいたいことがある」

 クリバヤシは訝しむような顔をした。山師をみるような目つきだった。

「これはエクリプスの司令官としての要請だ。ケンベイアーミーは我が第6軍の支援のため、南進して欲しい」
「南進? どこまで?」
「スペリオールまで。可能ならばシカゴへ到達して欲しい」

 クリバヤシは目を剥いた。

「五大湖ではありませんか。そこは貴軍の担当戦区のはずだ」
「そうだ。だが事情により戦力に不安に生じた。あなた達に、その不安を払拭してもらいたい。可能な限り、レイクスフロントの魔獣を誘引し、第6軍の負担を軽くしてもらう」
「たった2万人でシカゴまで打通せよと……」
「そこまでは望まない」

 マッカーサーはコーンパイプに火を点けた。この情景を絵に描いたら、尊大と題されるだろう。

「あなたが可能と判断するまで、あの湖にとどまって交戦して欲しい。それだけで我が軍のサポートになる。噂に聞くインペリアルアーミーの勇猛さを証明してもらえると助かるのだ」

 失った(可能性が高い)反応爆弾2発の埋め合わせを遣米軍で行う算段だった。反応爆弾で消し飛ばすはずだった魔獣達にケンベイアーミーをぶつけるのだ。

「もちろん、これは要請であって、命令ではない。拒否しても構わない。君らの主はエンペラー・ヒロヒトなのだから」

 クリバヤシの副官が日本語で何事か言いかけたが、すぐに上官によって制止された。

 最悪だとハインラインは思った。この元帥はあまりにも、不用意にエンペラーの名を用いてしまっている。それに日本人の性格から考えて、断る可能性は低い。ここで断ったら、エンペラーの権威に泥を塗ってしまう。ここまで考えて、ハインラインは確信した。マッカーサーは意図的にエンペラーの名を持ちだしたのだ。

 クリバヤシは能面のような顔で、マッカーサーに向き直った。日本人特有の怒りをひた隠しにした顔だった。

「元帥、承知しました。あなたのご期待に沿うようにいたしましょう」

 クリバヤシは一礼すると、退室していった。

――いったい、俺は何のためにここにいるのだ?

 ハインラインは無力感に襲われた。いったい何をオブザーブしたのだ。俺はただ同盟国と亀裂が入るのをただ傍観しただけだろう。

 この瞬間に何の価値がある。
 せいぜい、歴史の生き証人として回顧録に書くネタを得たのが関の山だ。


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