レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-

弐進座

原石(Rauer Stein):6

【ダベンポート】
 1945年5月20日

 エクリプスの主攻戦線、すなわち五大湖戦区を担当している第6軍は都市部での戦闘を避けながら進撃していた。かつての人口密集地ではグールの存在が多数確認され、参加将兵に悪影響を与えるものと考えられていたからだった。例え亡者と化し、死肉を食らう悪鬼になりはてていても外見は生前の面影を残しているものたちだった。武器を持たず盲目的に突き進む、人影に何の感慨も抱かず銃口を向けれる将兵は少なかった。

 しかしながら、グールとの遭遇を全て回避するのは不可能でもあった。いかに合衆国が広大で、無数の道が張り巡らされていたとしても、20万もの将兵が進撃可能な道路は限られている。そして、それら限られた道路は、例外なく都市間を繋ぐ主要幹線となっていた。必然的にエクリプスの参加部隊は都市部への接近を余儀なくされた。

 もちろんエクリプスの計画書には、やむを得ない事態への対処行動も明記されている。

 エクリプスを立案した将校が予想していたとおり、デモインを迂回進撃した際、第6軍の一部隊が1000体近くの大規模なグールの群体セルに遭遇した。部隊長は作戦規定条件付けに忠実だった。すなわち交戦を最小限に留めつつ、航空支援を要請したのだ。一時間後にはグールの大半は爆撃によって、有機物の塊へ還されていた。小麦畑ゴールデンカーペットだった原野は、血肉によって、売れない印象派の画家が描いたような様相となっていた。

 第6軍の進撃速度が大きく減じたのは、ダベンポートに達したときだった。これまで、都市部を迂回もしくは強行突破してきた第6軍だったが、ダベンポートは例外だった。

 州間高速道路80号線に貫かれたこの都市は、ミシシッピ川を跨ぐように建設されていた。最終目標である五大湖に到達するためには、第6軍は合衆国有数の水脈であるミシシッピ川を渡河しなければいけなかった。そしてダベンポートには、大規模な部隊の移動に適した橋がいくつも架橋されていた。具体的には十分な道幅を有し、40トンクラスの戦車が通過してもびくともしない橋だった。

 5月20日午前8時、ダベンポートに達した第6軍は大規模なグールの群体セル―航空偵察により5000体以上と判明―、そしてミシシッピ川に潜んでいた大型多頭竜ヒュドラの6体に遭遇した。
 1時間後、第6軍司令部は大規模な航空支援をデンバーへ要請した。デンバーの作戦司令部は直ちに受理し、正午には1000機近い航空戦力をダベンポートへ集中させた。

 まずワイバーンやドラゴンが出現した際の、対抗措置としてP-51マスタングの編隊スコードロンが先発して送り込まれたが、杞憂で終わった。彼等は兵装の大半を地上目標の破壊に用いて、帰投した。

 その日、ダベンポート上空には小規模な積乱雲以外に障害らしいものみられなかった。快晴と言って良い天気だった。

 正午、ミシシッピ川沿いの一地方都市を、鋼鉄の影が覆い尽くした。

【ダベンポート】
 1945年5月21日
 
 ダベンポート市内の公園にオリーブ色の天幕がいくつも張られていた。仮設された第6軍司令部だった。6万近い将兵を統率するHQとしては、どこか頼りない印象を覚えるものだが、致し方ない事情があった。なにしろ昨夜、総司令官の思いつき―としか思えない突然さ―で、設営が命じられたからだった。

 昨日まで第6軍司令部はダベンポート北方のエルドリッジにあった。同市の役場で指揮を執っていたジョージ・S・パットン大将は、航空支援の戦果報告を受けた後、愛用している指揮棒を手に取った。流れるように作戦図の一点を指した。棒先は、ダベンポートの中心地を示している。

「諸君、ルビコンだ」

 突然、古代ローマの地名を出され、幕僚達は戸惑った。唯一例外は付き合いの長いコッドマン少将だけが意図を理解していた。たった今、この老将軍は舞台に立っているのだ。

「かつてジュリアス・シーザーがローマへ進軍を決意したとき、ルビコンこそが彼とローマにとって分水嶺だった。わかるかね。合衆国においてミシシッピがルビコンとなるのだ」

 南部訛りのクリアな発音でパットンは言った。円熟した俳優ような貫禄があった。彼は自身を主役として、幕僚達を伝説の戦いへ導く舞台装置と化していた。いつも兵士の前で見せるような粗野だが、気さくな親父の姿は成りを潜めている。

「後戻りは許されませんな」

 台詞を読むように、コッドマン少将が応じた。パットンは破顔し、ヤニに染まった黄色を歯を見せた。

その通りイグザクトリー。我々に許されるのは『来たウェーニー見たウィーディー勝ったウィーキー』のみだ」
 
 第6軍は生え抜きの将校によって構成されていた。彼等は設営開始から一時間足らずで6万人を統制できる必要十分な通信機能をダベンポートへ移譲させてしまった。

「将軍、第七機械化大隊が最後の橋を押さえました」

 連絡役の兵士が弾んだ顔でパットンに報告を行った。

「いいぞ! 明日にはシカゴをBMなしに出来るな、はは!!」

 十マイル先にも届きそうな大声で鉄帽将軍は笑った。誠にパットンは名優である。

 この日、第6軍にとって素晴らしき日ファイネストデイとなるはずだった。ミシシッピを越えれば、後は五大湖まで遮る障害はなかった。もちろん魔獣は控えているだろうが、彼等には戦車とバズーカ、そして鉄の意志をもった将軍があった。それらをもってすれば如何なる障害も打ち破れると確信していた。

 第6軍に水を差したのはデンバーからの緊急電だった。
 内容は進撃停止命令だった。

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