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レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-

弐進座

発動(Zero hour):8

【スペリオール湖畔 ダルース港 中隊本部】
 1945年5月16日 夕

 本郷中隊はダルース港の遺棄された倉庫を中隊本部として活用していた。倉庫内では故障した五式中戦車チリが整備を受けている。その光景を見守るように重戦車マウスが倉庫前に鎮座していた。

「妾に話があると聞いたが?」

 マウスの車体前面でネシスは声をかけた。すぐに中から反応があった。車体前部の天蓋ハッチが開き、小さな顔が出てくる。

「入ってきて」
「そこにか? まあ、よかろう」

 車体によじ登り、天蓋を閉じた途端、ユナモの声がネシスの脳内に響き渡った。

"ネシスに聞きたいことがある"

 ネシスは訝しむように眉をひそめた。

"剣呑じゃな。念話で話すようなことなのか"
"誰にも聞かれない方がいい話"
"どういう意味じゃ?"
"ネシス、姉さま達の声は聞こえないの?"

 ユナモが嘆願するような目で見ていた。ネシスは息を飲み、瞳を伏せた。やがて、意を決すると彼女は小さな同胞へ正面から向き合った。

"お主は黒い月に囚われた同胞はらからのことを言っておるのだな"
"うん"
"すまぬ。呼びかけておるが、応えぬ、聞こえぬ"
"もう、だめなの? 助からないの? 姉さまたちは私のことを、光の民ラクサリアンから逃してくれた。わたしがこの星で無事なのも、姉さまたちのおかげ。わたしは姉さまたちに会いたい"
"ああ、妾も会いたい。しかし、ユナモよ。それは叶わぬ。あの月に囚われたら最期。死よりも辛い煉獄に蝕まれ続けるのじゃ"
"シルクは出てこれたのに?"
"ああ、あやつと会えたのは無上の喜びであった。だが、あやつもすぐに最期を迎えた。ユナモよ。忘れてはならぬ。この星のものたちは妾たちの同胞によって、数千万もの命を散らしたのじゃ。たとえ、それが妾らの本意で無くとも許されまい"
"ネシス、でも……"
"ユナモ、妾はギドーに誓った。誓わせた。この世界からあの黒き月を根絶やしにすると、誓いを印を結んだのじゃ。いかな幼子のお主とて、この意味がわかるであろう"
"うん……だけど――"

 目前の童子は目をつむり、必死に感情を抑えていた。ネシスはそっと肩を抱いた。

"ユナモ、お前は優しい子じゃ。たった一人知らぬ世界に放り出されて、なおも同胞のことを気遣う慈悲を持っておる。どうかその心を失ってはならぬ"
"ネシス……"

 ついにユナモは決壊し、ネシスの胸に顔をうずめた。

"よく聞くが良い。お主は同胞に手をかけてはならぬ。あのホンゴーという男のそばにいるのだ。あの男ならば、お主に無慈悲なことはすまい。妾は一族の長として務めを果たさねばならぬ。ギドーならば、妾の願いを叶えてくれよう。ユナモよ、あの黒い月は墜とさぬかぎり、妾の同胞は永久とわの苦しみに囚われる続けるのだ"
"ネシスもみんなも好きなのに……"
"ああ、妾も好きじゃ。だからこそ、妾は見過ごせぬ。恥辱にまみれたまま、おぞましい獣を垂れ流し続ける同胞の姿を捨て置くことは出来ぬ……"

 ネシスはそっとユナモの頭を撫でた。小さな突起のような角が手のひらにあたり、僅かに痛みを覚えた。その角はユナモにとって烙印であり、ネシスが背負った罪だった。彼女が天から降りてきた者達の姦計に惑わされた故に背負わされた代償だった。

――願わくば……。

 忌まわしい月に囚われた同胞を思う。

――妾が全ての苦しみを背負うことで、救われるのならば喜んで引き受けようものを……!

 自身と引き替えに、同胞が助かるのらば、ネシスはためらいなく差し出しただろう。
 しかし、現実では彼女が解放されてしまった。
 無情だった。
 ネシスは新たな罪を背負ったと感じた。
 同胞が苦しむ中で、自身だけが助かってしまったのだ。
 この罪はいかにして贖えば良いのか。
 せめて同胞の苦しむ時間を縮めることくらいしか、ネシスにはできなかった。

――ゆめゆめ安息な最期など、妾は迎えまい。

 安らかな最期を迎えようものなら、いよいよ来世にわたるまで自身を許すことができないだろう。

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