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レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-

弐進座

前夜祭(April Fool) 11

【シアトル港 駆逐艦<宵月>】
 1945年4月8日 夕方

 帝国海軍において、御調みつぎ少尉は唯一の女性士官だった。一応ネシスも、生物学上は女性であるが、軍人というわけではない。あの鬼の少女は名簿上は軍への協力者、せいぜいが軍属という扱いであった。

 何にせよ、御調少尉の存在が海軍の各所で物議を呼んだのは事実だった。そもそも日本に限らず、他国においても女性を軍務につかせること自体、否定派が主流だった。軍需工場や事務方の後方勤務の補助要員としての活用は、どこの国でも行われていたが、正規の士官として任官させるなど考えの外だった。

"女、子どもを戦場へ立たせるなど恥ずべき行い"

 全てにおいてとは言わないが、この時代における大半の職業軍人の共通認識だった。

 列強の中でも比較的開明的で、何よりも合理性を追求する合衆国ですら、頑なに拒んでいたほどである。一方意外なことに、英国と独逸は一部の軍務へつかせることを容認していた。配置は司令部付きなどの限定的なものだったが、それらの国々は何よりも人の数が足らなかった。しかし、合衆国は全く対称的だった。国土の半分東海岸を失ったとはいえ、合衆国の人口が半分になったわけではない。東半分にいた人々は、難民として西へ押し寄せ、深刻な失業問題を引き起こしかけた。皮肉なことに、それを解決したのは魔獣との戦争だった。労働者の大半は兵士として、戦線へ送り込まれている。

 さて日本軍においても事情は似たようなものだった。もっとも合衆国軍ほど人員に余裕があるわけではない。どちらかと言えば不足しがちだったが、それでも銃後に頼らねばならぬほど落ちぶれる・・・・・わけにはいかないと彼等は考えていた。

 御調少尉の存在は、彼等の信念に相反するものだった。本来では認められるべきでは無かったが、彼女の上官は全く気の毒なことに六反田・・・だった。かの少将は、自身の意思を貫くため、あらゆる手段を講じる男だった。六反田は月読機関が有する魔導研究の成果を盾に、井上海軍大臣を説得してしまったのだ。もちろん事前に宮内省からも圧力をかけたうえでのことだ。かくして、文字通り、鳴り物入りで御調は海軍に任官したわけだが、<宵月>への配属は既定路線だった事が判明する。

 設計段階で女性士官用の区画が予め設計図に確保されていたのだ。そこは隔離区画と称しても過言でもない。身も蓋もないが、女性のためと言うよりも男性のためになされた配慮だった。長期間、戦場で緊張状態にある将兵の集中を乱すと考えられたためだった。それだけ、この時代における女性士官の存在は異例なものだったのである。

 現在、<宵月>において隔離区画は一部の士官と許可された兵卒しか入れぬ状態だった。

 たった今、その一部の士官の中でも最高位の軍人が訪れていた。全く意外なことに、初の訪問だった。

 ノック音の後、しばらくして入室許可の声が返される。儀堂はゆっくりとドアのノブを回し、扉を開いた。

「失礼してもいいかな」
「艦長……どうされました? 御用があれば、伺いましたのに」
「いや、いいんだ。礼を言いに来ただけなのだから」
「お礼? 私が何か……」
「君が侵入者を撃退したと聞いた」
「ああ……」
「君のおかげで、ネシスの妹、シルクの尊厳は傷つけられずに済んだ。本当にありがとう」

 儀堂は背筋の角度を保ったまま、綺麗な礼をした。御調は少し目を開くと、戸惑った表情を浮かべた。彼女の予想だにしない赴きだったようだ。

「いえ、その、私はやるべきことを果たしただけです。六反田閣下から、あそこの護衛を任されていましたから」

 少し取り乱したように彼女は言った。儀堂はある種の新鮮さを覚えた。

「それに、わざわざ艦長が頭を下げなくとも――」

 戸惑う御調に、儀堂は苦笑した。

「君の疑問はもっともだと思う。本来的には君に礼を言うべきものは別にいるだろう。ただ、どうやらそいつは礼の仕方を知らんようなのだ。だから、オレが代わりにここに来たのさ」

 お手本というやつさと儀堂は言い加えた。それから背後へ向けて、続けて言った。

「さあ、やり方はわかっただろう。後は実戦あるのみだと思うが?」

 儀堂の後ろにはネシスが立っていた。拗ねたような、観念したような表情だった。

「お主というやつは、まったく莫迦にしおって……」

 ネシスは儀堂の前へ出ると、彼女の相棒を睨みつけた。

「いつまでそこにおるのじゃ」
「一人で出来るか?」

 真顔で儀堂は言った。ネシスの額に青筋がたった。

「子ども扱いするでない! さっさと去ね!」

 儀堂はふっと笑いを漏らすと、そのまま退室した。ネシスは儀堂の後ろ姿が完全に消えたのを見届けると、御調へ向き直った。

 御調は呆気にとられていたが、ネシスの視線が向けられると我を取り戻した。

「お主には我がいもの亡骸を守ってくれたと聞く。思い返せば、シルクがこのふねに来て、彼岸へ発つまでも世話になっていたな」
「ネシスさん、私は自分に課せられた義務を成しただけです。本当にそれだけなのです」
「そうやもしれぬ。だが、世話になった事実は変わらぬだろう。我が同胞が受けた恩義は、妾が受けたも同然じゃ。改めてお主に感謝を告げる。誠にかたじけない」

 ネシスはそこまで言い切ると、耐えきれないように息を吐いた。

「すまぬ。どうも理由はわからぬのじゃが、お主に対して妾は心を構えてしまうのだ。どうも妾とお主は根源で相容れぬものをもっているように感じてならぬ。だから、これまで礼の一つも言えずにいた。許すが良い」

 御調はさして不快に感じた様子も見せず、ただ視線を逸らした。ネシスは奇妙な感覚を覚えた。このものはまるで罪悪を覚えているようではないか? なぜだ?
 御調は誤魔化すように微笑むと言った。

「気になさらないでください。私は世のことわりから外れた術を操るものです。あなたのような目を向けられたことは幾度となくありますから」
「……左様か」

 ネシスは何かを言いかけたが辞めた。

「お主には借りが出来た。もし助けが要るなら妾へ申すが良い。妾のあたう限り、お主の要請に尽くそう」

 御調は今度こそ本心から微笑んだ。

「有り難うございます。ええ、そのときが来たらご厚意に甘えさせていただきます」
「よかろう。素直なのは良きことじゃ」

 ネシスは満足げにうなずくと、そのまま部屋を去った。
 御調はしばらく閉じられた扉を見つめていた。誰にともなく呟く。

「ネシス、有り難う。これで私は安息を得られます」

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