レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-

弐進座

前夜祭(April Fool) 3

「ホンゴー、アノ箱二乗ッテハ駄目ナノ? アレヲ、ワタシカラ取リ上ゲルノカ?」
「それは……」

 少し考えた後、本郷は前屈みになると、ユナモと目線を同じ高さにした。

「ユナモ、あれは危ないものなんだ。あれに乗っていては駄目だ。君のような子どもは、ここにいるべきではないんだ」
「ワタシ、アレニ乗ッテイルトキノ方ガ安心スル」
「ユナモ、あれは兵器だ。マウスに乗れば、君は戦うことになる。それはいけない」
「ホンゴーモ戦ッテイル。ユナモハ、ナゼ駄目?」
「君は子どもだからだ。君は、学校へ行ったり、遊んだりすべきだ」
「コドモ? コドモハ戦ッテハ駄目ナノカ?」
「それは駄目だよ」
「ナゼダ?」
「……君には未来があるからだ」
「ホンゴー二、未来ハナイノカ?」
「僕にももちろんある。だけど、僕は大人だから君らを守らなければならないんだ」
「オトナ? オトナハ、ワタシヨリモ強イノカ?」
「そうとは限らないかもしれない。でも、君らより長く生きているからね。僕らよりも未来さきのある人間を守る義務があるんだ」

 ユナモは不思議そうに小首をかしげると、さらに続けた。

「本郷ハ、トシハイクツ?」
「僕は39だよ」
「ダトシタラ、ワタシハ、ホンゴーヨリオトナダ」
「え……?」
「ワタシノトシハ、96歳ダ。本郷ヨリモ、2倍以上イキテイル」
「まさか……!?」

 そこで耐えきれなくなったネシスが吹き出した。

「そやつが言っていることは本当じゃぞ。妾たちは長命に造られて・・・・おってな。お主等よりもずっと大人・・じゃ。ちなみに妾はよわい216じゃぞ」

 横にいた儀堂が軽く目を剥くと、ネシスに顔を向けた。

「そうだったのか……?」
「言ってなかったか?」
「ああ、聞いていない。しかし、お前、その外見は……幻術かなにかか? 本当は皺だらけのババアでは――」
「たわけ! 首をもぐぞ。そんなわけなかろうが。元から妾たちは、貴様等と違って育つのが遅いのじゃ。とにかくホンゴーとやら、妾たちの心配は無用じゃぞ。ユナモも妾もお主等より圧倒的に強く出来ておる。それにホンゴー、妾たちにとって安息の地などないのじゃ。仮にユナモを戦場いくさばから離したところ、何の意味も無い」
「どういう意味かな?」

 呆気にとられつつも本郷は尋ねた。
 答えたのはネシスでは無く、ユナモだった。

「オウチガ、全部無クナッタカラ」

 ネシスが肯いた。

「妾たちの故郷は、既に潰えたのじゃ。妾たちをここに送り込んだ忌まわしき光の民ラクサリアンによってな。あやつらをこの世から滅せぬ限り、妾たちにとって安寧はない」

 ネシスは静かに断言した。誰が聞いても、怒りが含まれているものだった。

「妾とて、ユナモを戦場から遠ざけてやりたい。そやつの年の頃は、お主等にとって7か8というところじゃ。そう、童子の部類に違いは無い。だがな。そやつの安全を考えるのならば、お主等の軍にいたほうが、幾分かまだしも良いのだ。今の妾たちに必要なのは安息では無く、戦意なのじゃ。庇護者では無く、戦友なのじゃ。お主等の軍ならば、妾たちを上手く使いこなしてくれよう。仮に光の民ラクサリアンが攻めてきても、お主等とならば安心・・して戦える」

 「のう」とネシスはユナモへ肯いてみせた。ユナモもコクリと肯いた。

「ホンゴーハ、ワタシトマウスヲ怖ガラズニ使ッテクレタ。今マデ、アノ箱二、ミンナ乗ルノヲ嫌ガッテイタケド、ホンゴー達ハ違ッタ。ワタシハ、ホンゴート一緒ニ、マウスニ乗ッテイタイ」

 ユナモは懇願するように、本郷を見上げてきていた。それは助けを求める者の瞳だった。
 本郷にとって受け入れがたい現実が目前にあった。

――つまるところ、これが僕の戦争なのか。

 子どもの願いを叶えるために、戦場へ送り出す。
 僕は、自分の息子を戦地に送らぬために、軍へ志願したというのに……!

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 4月とはいえ、北米の風は肌寒かったが、酔いを覚ますにちょうど良かった。車外から心地よい風が流れ込んできている。

「あの話をお受けになるんですか?」

 おもむろに中村は横にいる上官に尋ねた。
 ユナモを六反田の元へ連れて行った日、六反田は本郷にある要請を出している旨を伝えた。

「陸戦隊か」

 本郷は窓の外へ目を向けたまま返した。
 いったい、どんな魔法を使ったのか不明だが、六反田は陸軍から海軍の陸戦隊に本郷を引き抜こうとしているのだ。すでに陸軍大臣の阿南大将から、『本人の意思に任せる』と確約まで取っていた。海軍どころか陸軍の上層まで容易く要望を叶えてしまうとは、あの六反田の背後にどんな化け物が控えているのだ。

「あの博士ドクトルから、ユナモを頼まれたからねえ」

 本郷は疲れた声で言った。

 それから1時間後、車は本郷中隊の営舎に着いた。コテージの一部を借り受けたものだった。本郷はお土産をユナモへ手渡すと食べ過ぎないように釘を刺し、自室へ戻った。そして夜半を過ぎるまで考えた挙げ句、彼は六反田少将宛に答えを記した文をしたためた。



 翌朝、彼の元へ珍しく中村中尉が出迎えに来た。これまで一度もなかったことだった。常に本郷は誰よりも早く起き、身支度を整えて、自ら兵士の前に出ていくようにしていた。奇襲を受けたような気分になった。

「隊長、少しご足労願います」

 中村は、コテージのテニスコートへ本郷を案内した。何事かと思った彼の前に、中隊員が整列していた。まったく意外なことに武装、正装した状態であった。

「なにごとかね?」

 ぎょっとする本郷の前に中村は進み出ると、捧げ銃と号令をかけた。

「第八混成戦車中隊の総員を代表し、謹んで本郷中佐にお願い申し上げます。我らも陸戦隊へ転属を願いたく」

 本郷中隊の生き残り41名の総意が示された。それは非現実的な要請だったが、本郷への賛同を示すものだった。41名は、文字通り全力で彼らの隊長の意思を支持したのだ。

 本郷は何と答えるべきか戸惑った。かろうじて口に出来たのは、ただ一言だった。

「有り難う。誠に有り難う」

 本郷は改めて六反田への文を書き直すことになった。

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