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レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-

弐進座

我々は神では無く(God only knows) 4

「覚醒しました」

 電話口の相手は、ただ一言だけ告げた。儀堂は「わかった」と答えると、ネシスへ向き直った。

「目を覚ましたそうだ。行くか?」

 ネシスはベッドから這い出た。その顔から迷いが消えていた。

「無論じゃ。さあ妾を案内あないせよ」
「お前、自分の部屋へ行くのに案内もへったくれもないだろう」
五月蠅いうるさい。つゆ払いは殿方の務めであろうに」

 儀堂はやれやれと首をふると、ドアを開けた。
「決めたのだな」
「ああ、決めたぞ」

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 少女が目を覚ましたとき、真っ先に浮かんだ表情は明らかな恐怖だった。

 目の前に居たのは、見知らぬ存在クリーチャーだった。二足歩行で奇妙な服を被っている。背格好から女らしいと判断した。

 彼女が本来の力を取り戻していたのならば、真っ先に抵抗していただろう。しかし月に蝕まれた身体に、そんな余力はなかった。だから彼女は弱々しく悲鳴を上げることしかできなかった。

「ダイジョグ、ダイジョグダカラ」

 その女は彼女の知らない言語を話し、そっと彼女の肩に手を置いた。彼女は母音の「ウ」をはっきりと聞き取ることができなかった。彼女が居た世界では、あまり聞き慣れない発音だった。女の穏やかな声に少しだけ、彼女の不安は和らいだ。

 女は寝台から離れると奇妙な取っ手を持ち上げて、話しかけ始めた。何事か儀式だろうかと思い、再び不安になる。少ない体力で周囲を見回した。狭い空間に自分は閉じ込められていた。それに、ふわふわと微妙な揺れを感じた。どうやら自分は移動する物体の内部にいるらしい。足下に扉が見えた。すぐにも外へ飛び出したいという思いに駆られる。

 ここがどこだかわからない。
 また、あいつら・・・・がやってくるかもしれない。

 覚醒した彼女の意識は、徐々に恐怖と焦燥で満たされ、爆発しそうだった。不発で済んだのは、扉がすぐに開かれたからだ。

「ネシスねえさん……!」

 起き上がろうとした少女をネシスは手で押しとどめた。

「無理をしてはならぬ」

 ネシスは厳命するように言った。角の生えた少女は素直に従う。

「お主、大丈夫か?」
「うん、ネシスねえさんのおかげで楽になった」
「左様か……」
「ねえさん、他のみんなは……? アヴィスやイシスは?」
「……」
「お願いだから助けてあげて……! みんなあの月に囚われているの」
「………」
「ねえさん?」
「すまぬ……。妾はお主に嘘をついた」
「な、にを……?」
「覚えておらぬじゃ。どうやら妾は、あの月に囚われている間にお主との日々を失ってしまったのだ。お主が誰で、名を何と申すのか全くわからぬ」
「そんな――」

 少女は絶句し、突き放されたように肩を落とした。ネシスはベッドへ腰掛けると、そっと肩に手を置いた。

「ただ、これだけは信じて欲しい。お主の声は妾の耳に届いておった。救いを求める声に妾の胸は潰れそうなほど締め付けられた。妾は……お主に会いたいと思っておったのだ。妾の名を叫ぶ声を無碍にはしたくなかった。今、お主に会うことができて妾はこの上の無い喜びに満ちている」

 ネシスはそっと微笑むと、少女を抱き寄せた。

「すまぬ。お主がこんなになるまで忘却し、放置してしまった。赦せとは言わぬ」

 少女はネシスの胸で嗚咽を漏らし始めた。

「ネシスねえさん、そんなことを言わないで。そんなねえさん見たくないし、聞きたくない。ねえさんは、もっと尊大で、自分勝手で、向こう見ずで、誰よりも自信に満ちていたんだから!」

 罵倒ともつかぬ評価にネシスは苦笑した。

「……お主等にとって、妾は碌でもないやからだったのか?」
「そうよ! だけど、そんなねえさんだからみんな付いていったの。ねえさんは絶対に私たちを見捨てなかったから。みんなが使い捨てにされそうになって、ねえさんだけは私たちを守ってくれた。今度も――」

 ふいに声が小さくなっていくのがわかった。

「どうしたのだ? おい、しっかりしろ」
「ねえさんに会えてよかった。話せてよかった」

 ネシスは少女を抱き起こした。顔色が土気色になり、体中に黒い染みが広がり、固く黒曜石のような結晶へ変わっていく。

「ああ、やっぱり。あいつら、呪いを仕込んで……わたし侵されちゃった」
「何を言っている? 駄目だ。許さぬ。許さぬぞ! かような術ごときで、妾の同胞を――」

 ネシスは激昂すると、方陣を展開した。

「だめよ。身体に魔導具を埋め込まれているから。きっと、ねえさんのことだから呪いを解かれると思ったんだわ。だから、わたしたちは絶対に助からないように――」

 染みは首元から顔へ広がり、黒く染めていく。少女はかすれる声で言った。

「ねえさん、おねがい。他のみんなを助けて……。私たちをこんな目に遭わせたあいつを……をやっつけ、て」

 消え入る声ははっきりと仇の名を告げた。ネシスは少しだけ、間をおくと肯いた。

「……わかった。約束する」
「よかったぁ」

 少女は安らかな笑みを浮かべる。ネシスは、腕の中で固く冷たい感触が広がっていくを感じていた。

「待て! お主、名を聞かせよ!」
「……シルク。ねえさん、ねえ、わたしねえさんの顔を見れて――」

 やがて結晶化したシルクという少女は、彫像のように固く動かなくなった。

「シルク……? シルク! 返事をせよ!! 答えよ!!」

 ネシスの声に、シルクが答えることはなかった。

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