レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-

弐進座

太平洋の嵐(Pacific storm) 13

 回廊から空洞へ、儀堂達はさしたる障害も無く辿り着こうとしていた。回廊は一本道で迷う隙すらなかったのだ。ただ一つの問題は、回廊の先は行き止まりだったことだった。しかし、これはネシスがいたことで解消された。

 ネシスは行き止まりとなった回廊の壁に、手を当てると何事か呪文を呟いた。小型の方陣が現われ、たちまち壁が裂かれるように、その先へ続く入り口が現われた。

 突然、儀堂の視界が大きく開かれた。儀堂は、後続の兵士達を内部へ散開させ、周辺の安全を確保させた。

「随分と用心深いのう」

 ネシスは苦笑した。儀堂は真顔で返した。

「オレはここが敵地だと認識している」
「――すまぬ。そうじゃったな」
「いいんだ」

 彼はただ一度だけ肯くと空洞内へ足を踏み入れた。

「艦長! あれを!!」

 部下の一人がただならぬ声で一点を指さしていた。そこで、彼の目に飛び込んできたのは、何ものかに組み伏せられている親友の姿だった。遠目ではっきりと相手の特徴を判別できた。そいつは頭部に二対の角を生やしていた。

「寛!」

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 戸張の行いを迂闊と断じるのは、あまりに一方的だろう。彼はまったく人間的な感情から、行動を起こしただけだった。

 コバルトグリーンのツタを引き剥がし、銀色の容器の覗き窓から見えたのはやせ細り、体中に不健康きわまりない大きな黒い染みが出来た、銀髪の少女だった。彼は相手が異形の角の生えたものであっても、気にすること無く全く反射的に棺を開こうとした。

「おい、大丈夫か!」

 そんなことを叫びながら、彼は容器を拘束するツタを全てナイフで切除した。容器はあっさりと開いた。まるで、そのように仕掛けられていたかのように銀色の容器は開くと、コバルトグリーンの液体がこぼれ、少女の全身が露わになった。

「しっかりしろ!」

 戸張は液体の海から少女を助け起こした。がっくりと後ろへ垂れた首筋へ手を当てると、脈があるとわかった。しかし、異様なほど冷たい肌に戸張は何とも言えぬ不気味さを感じた。まるで死体を触っているようだった。

「どうしたもんかね」

 処置に困りながらも、戸張は少女を抱きかかえ容器の脇へ横たえた。少女はうめき声を漏らすと、ゆっくりと目を開いた。真っ赤な瞳が戸張を捉えた。

「お、目が――」

 その先を言い終える前に、少女は戸張に飛びかかっていた。

 凄まじい力で押さえつけられ、戸張は目を見張った。抗議の声を上げようとしたとき、少女が口を開いた。その犬歯が異様に鋭利なことがわかり、反射的に彼は自分の危機を悟った。

――冗談じゃねえ!!

 ガキに食い殺されるなど、飛行士としては受け入れられないものだった。彼は自分の最期は空の上と決めている男だったため、全力で抗った。しかし、その少女は細腕から想像も付かないほどの剛力で彼の両腕を押さえつけた。

 少女が戸張の首筋に牙を立てようとするとき、一発の銃弾が響いた。

 儀堂が放った銃弾は、少女の左肩へ命中し、真っ黒な血を飛び散らせた。少女は衝撃で、遙か向こうへ吹き飛ぶように転がっていった。

 儀堂は親友の元へ駆け寄った。

「大丈夫か?」
「お、遅かったじゃねえか……」

 戸張はすぐに起ちあがることが出来なかった。腰がぬけていたのだ。

「すまない。まあ、どうやら小春ちゃんを泣かせずに済む……かな?」

 小首をかしげながら、儀堂はルガーの銃口を前方へ向けていた。その先には、倒れ伏した鬼がいた。
 鬼は、壊れた繰り人形のように身体を起こすと、血走った目を侵入者たちへ向けてきた。

「気をつけろ。アイツはただもんじゃねえ」
「ああ、よく知っている」

 儀堂は兵士達に武器使用を許可した。射撃用意の号令とともに、複数の銃口が鬼へ指向される。鬼はその華奢な外見からかけ離れた絶叫を上げると、獣のように牙を剥き出して向ってきた。

 兵に動揺が走る中、儀堂は事務処理をこなすように射撃開始を唱えようとした。彼の処理を中断したのは、傍らに控えていたネシスだった。

 彼女は、獣性を剥き出しにした自身と同じ異形の少女へ向っていった。

「ネシス! 何を――」
「お主は言ったであろう」

 振り向かずに彼女は答えた。

「妾には義務があると……」

 撃ちたければ撃てと言わんばかりに、ネシスは少女へ向っていった。
 少女はネシスへ飛びかかった。彼女は抵抗を示さずに、両手を広げて受け止めた。

「ネシス……!!」

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