レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-

弐進座

太平洋の嵐(Pacific storm) 11

【オアフBM 大支柱付近】

 BMの表面は柔らかく、足が僅かにめり込むほどだった。

「一応聞くが、ここは歩いても大丈夫なのか?」

 慎重に足を降ろしながら、儀堂は言った。

「大丈夫じゃ。気にするな」

 ネシスは周囲を不快そうに見渡していた。やはり、彼女にとって、この空間は気持ちの良いものではないらしい。

「お前は、ここに来たことがあるのか?」
「ない。だが、ここがどういうところかよく知っておる」

 そのままネシスは円柱へ向って歩き出した。儀堂は兵士を連れて、後に続いた。

「ああ、やはり、これじゃ――」

 ネシスは柱のある一点で足を止めると、手をかざした。

「どうするつもりだ」
「お主、あのものを助けたいのであろう?」
「ああ、その通りだ」

 儀堂はBM中心部の大支柱を見上げた。

 20メートルほどの高さにぽっかりと大きな穴が開き、緑色の液体が大量に漏れていた。戸張の烈風が突入した跡だった。ここに降りる前、<宵月>の艦橋から見た限りでは、支柱は空洞だった。どうやら烈風は、その空洞部分へ入り込んでしまったらしい。

「ならば、妾へ続くが良い」

 ネシスが何ごとか呪文を唱えると、たちまち目前が裂けるように入り口が開いた。周辺の兵士がぎょっと仰け反りかけるなか、儀堂は平然とその光景を眺めていた。こいつネシスと一緒に居る限り、何が起きても不思議ではないと思っている。

 儀堂はネシスが微笑を浮かべていることに気がついた。

「フフ、るものは違えども造りは変わらぬとはな。恐らく、この忌まわしい月の創りしものは侵されるなど思いもよらなかったのだろう。呆れたことに結界すら張っておらぬ」

 ネシスは蔑むように言うと、内部へ向って踏み出した。入り口の先は緑色に怪しく輝いている。

「さあ、行くぞ。お主の友は恐らくこの先のどこかにおるであろうよ。そして妾を求めていたものとも、いずれ会うことになろう」

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【オアフBM 大支柱中央空洞】

「畜生。ひでえめに遭ったぜ」

 操縦桿を固く握りしめたまま、手が動かなかった。戸張はそれから悪態をつきながら、やっとのことで引き剥がすように手を離した。両手が小刻みに震えているのがわかった。

――なんてザマだ。

 戸張の烈風は支柱へ飛び込んだ瞬間、両翼は吹き飛び、支柱の繊維をプロペラで切り裂きながら、中心部近くの根元に突っ込んでいた。地表ならばまず確実に生存は望めなかっただろうが、全く奇跡的なことに彼は五体満足でほとんど怪我らしいものも無く、生きていた。

 悪運だけは強いらしい。あるいは賭け事で消費されなかった運が、ここに来て一気に精算されたのだろうかと本人は思った。

 天蓋キャノピーをこじ開け、半身を乗り出す。

「ああ、クソ。ここは、どこなんだぁ?」

 周囲を見渡せば、巨大な空洞ホールのようだった。戸張の機体はどうやら柱のど真ん中を真っ直ぐ貫いて、不時着・・・したらしい。

「……しようがねえ。まずは、ここから出る道を捜すか」

 操縦席から這い出る。

「へへ、あいつのことだから、お節介にもここに来てやがるだろうさ」

 少なくとも彼の友人儀堂が、このBM内にいることは確かなのだ。ならば、十中八九会えるだろうと彼は信じていた。あの男は、そういうヤツなのだ。

 BM底部へ足を降ろした戸張は、壁際に沿って歩いた。不幸中の幸いと言うべきだろうか。内部に照明らしきものは無かったが、壁全体がほのかに輝いているおかげで、視界に困ることはなかった。

 ただし、その光の輝きに妙な違和感があった。不規則に明滅しおり、モザイクのような模様の光で照らし出されているのだ。まるで、水中にいるような気分だ。

 ふと壁の向こう側を戸張は凝視し、ようやく彼は気がついた。
 初めは明滅しているのかと思ったが、それは違った。

 明らかに壁の内部で何ものかが蠢いているのだ。光は壁の内部にいるものに遮られ、それがモザイク模様に見えたのだ。戸張がすぐに気づかなかったのも無理はない。壁内にいるものが、あまりに大きすぎて、全容をつかみかねたからだった。

「こいつは――」

 正体に気がついた瞬間、すぐさま戸張は壁から逃げるように離れた。あやうく腰を抜かし賭ける。

 壁の中にいるものは翼を持っていた。多くの足が生えている。あるいは理不尽なほどに胴体が長いものも居る。

 それらは外の世界では魔獣と呼称されていた。

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