レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-

弐進座

太平洋の嵐(Pacific storm) 7

【北太平洋上】

 三航艦の将兵の中でも、異変に気づいたのは一部だった。具体的には駆逐艦と呼ぶには少しばかり船体が大きすぎる船、その周辺にいた艦艇に乗り込んでいるものたちだ。異変は彼らに強烈な記憶を植えつけることになった。

「こりゃあ、まあ、ぶったまげた・・・・・・」

 重巡洋艦<青葉>の艦長、古村啓蔵こむらけいぞう大佐は、目前で展開される光景を唖然としながら見守っていた。

 彼の乗る艦、その前方10キロほどを遷移していた艦が突如鮮やかな赤い光に包まれたかと思えば、ゆっくりと海面・・を離れていったのだ。

 噂には聞いていた。EF所属の同期から、夢のある莫迦げた話だった。

「世の中、何があるかわからんな。まさか、わが国に航空空飛ぶ艦があるとは……」

 この手のは、独逸辺りが持っていそうなものだった。
 それにしても不思議だった。
 あの艦のどこにも翼が見えない。
 どうやって飛んでいるのだ?

【北太平洋上空・・ 駆逐艦<宵月>】

「艦長、<宵月>、ただいま高度1000メートルです」

 副長の興津の報告に儀堂は満足した。やはり艦橋に高度計をつけておいて正解だった。

「わかった」

 儀堂はうなづくと喉頭式マイクを艦内の高声令達器スピーカーにつないだ。

「艦長より総員へ。これより本艦は敵BMへ突貫する。誤解するな。我々は散華しにいくわけではない。あと、くれぐれも甲板に出るなよ。海上勤務で墜落死など、洒落にならないからね。応急班は別命あるまで待機だ」

 続いて、マイクのスイッチを切り替えた。

「ネシス、やってくれ」
『良いのだな』
「かまわない。オレたちに退く道はない」

 YS87船団が安全圏まで退避するまで、しばらく時間がかかりそうだった。三航艦が全戦力を引き換えにしても、その時間を稼ぐことはできないだろう。

「ならば進むしかないだろう」
『道理じゃな』
「そう、道理だ」

 <宵月>は高度を維持しながら、オアフBMへ向けて水平飛行していく。赤い方陣に包まれて、風を切り、雲間を切り裂きながら、向かう先はただ一つだった。その様は、怪しくも禍々しい彗星のようだった。

 <宵月>は全火砲を開き、応戦を開始した。それらは方陣から這い出てきた魔獣の塊に向けられていた。闇夜を切り裂く光となり、<宵月>の長10センチ高角砲があらゆる方向へ向けて砲弾をばら撒く。その隙間を縫うように鋼鉄の船体は方陣の中心部へ突貫した。

 魔獣の嵐が<宵月>を阻止しようとする中、5000トンを越える鋼鉄の凶器は全身から鉛と硝煙の塊を吹き出しながら、方陣に向かっていった。彼女宵月に降りかかる魔獣の牙は、金属と化学合成物の煙によってはじかれていく。

「急げ、あの方陣が消え去る前に飛び込むんだ!」

 方陣の輪郭が薄くぼやけていく。

『ギドー、行くぞ。良いな!』
「かまわん! やってくれ!!」

 <宵月>の艦首が方陣の中心部へ触れた。次の瞬間、横須賀造船所で建造された138番目の艦は、吸い込まれて行くように消えていった。

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【??? 駆逐艦<宵月>】

 方陣に突入した<宵月>、その鋼鉄の船体を小刻みの振動が覆いつくした。周辺が暗闇に包まれる。

「全周囲警戒!」

 副長の興津が、すぐ電測に連絡を入れた。事前の打ち合わせどおりだった。すぐに反応なしの報告が返ってくる。より正確には観測不能というべき事態が起きていた。艦内のあらゆる計器が、でたらめな観測結果を返してきていた。

「上手くいったと言うべきなのでしょうか」

 興津が額の冷や汗をぬぐいながら、儀堂のほうを見ていた。当の本人は小首を傾げただけだ。楽しんでいるようにすら見えた。

「不味いことになっていない、というべきだね。そう、少なくとも我々は死んでいない」
「それでは――」
「ああ、六反田閣下の推測は部分的、5割がたは正しかったわけさ」

 儀堂は、喉頭式マイクに手を当てた。

「BMが展開する方陣はどこかへ通じる門であるという仮説はね――」
「しばらく、学会は荒れるでしょうね」
「知ったことではないな。オレからすれば博打みたいなものだ」

 5年前にBMが現れて以来、神秘学から化学まであらゆる分野でBMの能力や存在意義に対して仮説が立てられてきた。ネシスの覚醒に対して、それらの仮説に対してある程度の確度が期待できるようになったが、それでも仮説の検証に実験が必要なのは変わりはなかった。そして、今、儀堂たちは初めて、その検証に自ら望もうとしている。

 具体的には方陣の機能についてだった。学者たちはBMが展開する方陣、特に魔獣を生み出すものについて諸説を仮定してきた。それらは大きく二つに分かれていた。

 ある一派は方陣は一種の生産機能を持つものだと主張していた。すなわち、方陣によって魔獣が生産され、解き放たれるのだ。方陣はこちら側で言うところの、工業施設のようなもので、魔獣は製品であると。

 別の一派は転送装置だと主張していた。魔獣はあくまでも別の過程で生成されているものであって、方陣はそれらを転送しているにすぎないと。

 たった今、<宵月>はその論争に終止符を打とうとしていた。

「あの方陣をくぐった先に何が待ち受けているか、誰もわからなかった」
「しかし、我々はそれを眼にすることになる……かもしれない」
「そうさ。しかし、それも生還しなければなかったことと一緒さ」

 儀堂は定例業務ルーチンワークをこなす口調で言った。片方の手の平を興津に向ける。どうやら彼の相棒ネシスがなにやら言い立てているらしい。

『ギドー、もうすぐ出るぞ』
「わかった。何か思い出したか?」
『…………』
「ネシス?」
『ああ。だが説明はせぬ。恐らく、その目で見たほうがわかりやすかろう。なんといったか百聞はなんとか言うだろう』

 ネシスは自嘲を含んだ言い草だった。その先を問いただそうとする前に、唐突に儀堂の視界が開けた。<宵月>が、方陣の回廊を突破したのだ。


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