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レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-

弐進座

対獣戦闘(Anti-beast warfare) 2

【北太平洋上 航空母艦<大鳳>】
 1945年3月17日 朝

 加来止男かくとめお中将は<大鳳>の艦橋アイランド内の作戦室から、飛び立っていく烈風の姿を見送っていた。
 背後より通信参謀が声をかける。

「司令、<宵月>より入電です。予定海域に到達したと」
 加来は振り向くと、軽く肯いた。
「そうか。よろしく頼むと言っておいてくれ」
「承知しました」

 通信参謀は敬礼と共に下がった。そのまま高声電話を使わず、直接通信室へ向っていった。訳あって禁煙中の彼にとって、作戦室に充満するニコチンの煙は耐えがたいものだった。

 加来の後方では参謀達が会議卓に広げられた海図上を睨み合い、議論していた。殺伐とまではいかないが、剣呑な雰囲気であることは否めない。

 全ては昨日の襲撃が引き金だった。それまでYS87船団は損害らしいものを出さずに航海を続けてきた。150隻あまりの船団にして、喪失船舶数はゼロである。新設された第三航空艦隊、その初陣としては誇るべき実績が築かれる手前だった。

 北太平洋は比較的魔獣との遭遇率の低い海域であったが、それでも無傷で横須賀―シアトル間を航行できた例は少ない。ましてや今回のように通常の3倍の船団規模ならば、襲撃時の護衛任務の難易度は跳ね上がる。乱暴な計算だが、艦艇一隻あたりの護衛対象数が、通常の2~3倍になるためである。よほど上手く、運用体制と陣形フォーメーションを組まなければ、たちまち魔獣の餌食になってしまうだろう。

 しかしながら、これまで三航艦の兵員は奇跡的とも言える練度を発揮し、魔獣の牙から船団を守り抜いていた。このまま行けば、シアトルへ全船無事に入港も夢ではない。新設された艦隊としては願ってもない戦果である。そう思い始めていた矢先のことである。

 昨日の大規模な魔獣の襲撃により、ついに船団実績に傷がついてしまった。大量のクラァケンが防衛網を突破し、2隻の貨物船と1隻の油槽船に被害を及ぼした。被害規模としては少ない方だったが、船団全体へ深刻な被害をもたらしていた。すなわち速度の低下である。襲撃時の浸水により、それら3隻の速度が半減していた。結果的にYS87船団は、最も遅い船に引きずられて速力を半分にしなければならなくなった。

「やはり、被害のあった船舶のみ切り離しておくべきだ」
 航空参謀が唱えた。戦務参謀が緩慢な様子で首を振った。一見すると呑気に見えるが、目元は三白眼になっている。
「だめだ。君は裸で彼等を放り出せというのか?」
「そんな莫迦な。護衛艦艇はもちろんつける。そうだな。陽炎型で適当な――」
 対潜参謀が横やりを入れた。
「とんでもない。それで本隊が魔獣の襲撃を受けたら、いかがするのですか? 三航艦はただでさえ補助艦艇の不足に悩まされているのに……」
 機関参謀がやり返す。
航空参謀こさが言うことにも一理あります。この速力で進んだら、予定日を大幅に遅延してシアトルに入港することになる。ただでさえ物資不足に悩まされている我が軍にとって、好ましい事態とは思えません。それに――」
「だから、何だというのだ」
 割り込んだのは、砲術参謀ほさだった。参謀の中では中堅にあたるが、誰よりも尊大だった。
「確かに航海の時間が延びると言うことは、敵に襲撃の機会を余計に与えることになる。だが、そもそも我々は魔獣と戦うためにここにいるのだ。船団をエサ・・にして、奴らを叩けるのならば本分だろうに」

 あまりに無遠慮な発言に、何名かは露骨に嫌悪の表情に出した。砲術参謀は気にもとめていないようだった。彼は自分の任務を著しく誤解しているうえに、戦意に溢れ過ぎていた。始末に負えない部類だ。
 頃合だろうと、加来は思い、参謀達に向き直った。加来の挙動に気づいた彼等は一斉に注視した。

「速力の半減は無視しがたいものだ」
 その一言に、航空参謀と対潜参謀は大きく肯いた。加来は続けた。
「その一方で我々は軍人で、船団彼等に乗り組んでいるのは軍属とは言え民間人だ。守らねばならん務めがある」
 航空参謀の顔が赤くなるのが見て取れた。恥じ入っているのだ。
「しかし、そのために他の船に被害が出ては――」
 ここで黙らないのが、この参謀の人間的な限界を示していた。
「そうならないために、君らがいるのではないか?」
 加来は穏やかに、だが有無を言わせぬ口調で明言した。航空参謀はそれ以上何も言わなかった。

――やれやれ、オレが若い頃ならビンタされていたな。

 本来ならば彼等はもう少し優秀なはずだった。だが、初陣で喪失ゼロという夢のような現実が彼等を狂わせていた。彼等は夢から覚めるのを恐れていた。

 逆説的に言えば、それだけの快挙を三航艦は成し遂げつつあったということだ。

 加来は参謀達の顔ぶれを見渡して思った。若すぎる。どれもが30そこそこだった。日本海軍の慢性的な人手不足は上級士官にまで及んでいた。

――醒めない夢など、この世にはないのだが……。

 彼は5年前、ハワイ沖でその教訓を自身に刻み込んだ。あのとき空母<飛龍>に、彼は艦長として乗り込んでいた。

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