レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-

弐進座

死闘(Death match) 6:終

 10分後、本郷達はボッティンオーの陸軍航空基地へ辿り着いていた。
 空港は基地機能を完全に失っていた。燃料タンクと弾薬集積所の爆発によって、ターミナルは崩壊し、管制塔の屋上が一階に転がっている。格納庫も大半は焼失している。途中、足をもつれかけた部下を助けながら、本郷は滑走路へ入った。

「おそらくここならば……」

 本郷は振り返った。あの土の波は追ってきていない。どうやら彼の考えは間違っていなかったらしい。

「隊長、ヤツはどこに……」
「わからない。だが、ここにヤツは来られないよ」

 飛行場は街の中で唯一コンクリートで塗装された場所だった。
 本郷は過去、このボッティンオー空港から支援を受けたことがあった。彼はこの基地が連日100ソーティにわたり、味方の航空支援を実施していることを知っていた。
 当然、それだけの酷使に耐えられるような施工が滑走路にはなされている。
 土の波は滑走路の手前でかき消されていた。さすがにギガワームでもこの分厚い障壁を破ることはできなかったらしい。

 本郷は胸をなでおろすと同時に、本来為すべきことに向けて思考を切り替えた。
 すなわち戦争である。
 彼の小隊、イワキの抵抗は終わっていない。遠くの砲声がそれを証明していた。そして、本郷は未だに指揮官であり生きており義務を負っている。

――どこかに無線機は? 武器は?

 周囲を見渡すが、本郷の願いに叶ったものはなかった。すべてが灰燼に帰していた。まったく好き放題やってくれたものだ。耐えがたい焼け跡の臭気にたえながら、本郷は自分たちが来た方向と反対側、滑走路の端へ目を向けた。

「……あそこへ行こう」
 炎の熱気で揺らぐ風景の先を、本郷は指さした。そこには無傷手つかずと思しき建物があった。



 滑走路を対角線上に全力疾走し、本郷は建物の側まで来た。近づいてきて、ようやくそれが格納庫の一つだとわかった。古びているが、まったくの無傷だった。

――こんなものがあったのか……。

 その格納庫はまるで周囲から取り残され、忘れ去られたかのように無傷手つかずだった。正面の鎧戸シャッターは完全に締めきられていた。本郷は部下と共に裏へ回った。ドアが見つかる。そっとレバーを回してみると、乾いた音を立てて開いた。
 中へ踏み込んだ本郷はすぐに異常に気がついた。

「なんだ、これは……?」

 何らかの部品や工具、図面の束、そして大小さまざまな金具が散乱していた。見上げれば天井にはレールが張り巡らされており、起重機クレーンのような装置まで設置されている。全く工業的に混沌としている情景だった。

 しかし、それは些細なことだ。重要なのは、明らかにこの格納庫は本来とは別の用途で使われていたということだ。
 ここは明らかに工場だった。
 何かを密かに組み立て、完成させるための工場だ。恐らく作業中にあのドラゴンの襲撃を受け、ここに居た職員はそれを置き去りにして、どこかへ行ってしまったのだろう。

 少なくとも、航空機ではない。
 格納庫中央部に鎮座する塊に翼はなかった。

 塊にはカバーが掛けられている。あまりの巨体ゆえにカバーから下部がはみ出ていた。それを見た本郷は、ある種の予感を覚えつつ、恐る恐るそれに近づいた。それは期待と訳しても良いのかも知れない。だが同時に、彼の経験が在り得ないと告げていた。少なくとも、こんな規格外の寸法莫迦でかいヤツは見たことがなかった。そもそも動くかどうかすら怪しいではないか。

 本郷は兵士に命じて、カバーを外させようとしたが、その内の一人が声を上げた。

「少佐、中から物音がします……!」
 咄嗟に本郷は目前の塊へ向けて銃を構えた。
「誰だ? 出てこい」
 英語と日本語の交互で告げる。すぐに返事があった。
「待ッテクレ。撃ツナ」

 独逸語なまりの英語だった。しかし、それは彼等の予想を裏切り、背後から発せられたものだった。ぎょっとして本郷たちは振り返った。

 どこに隠れていたのか、一人の老人が手を上げて立っていた。灰色のスーツによれよれのコートを着ている。一見すると頑迷で覇気に欠ける印象を受ける顔立ちだった。頭髪はM字状に後退し薄くなっているが、鼻の下には反比例するように豊かな髭を蓄えている。老成した顔つきに反し、彫りの深い目の窪みには少年のように純朴な瞳を宿していた。

どなたですか?ヴェアヴィスドゥ

 本郷は銃を部下に銃を下ろさせると、改めて極めて模範的な独逸ドイツ語で尋ねた。老人は全く意外そうに驚くと、僅かに安堵した表情を見せた。部下達は目を丸くし、呆気にとられた様子だった。彼等はこれまで自分たちの指揮官が独逸語を話せると知らなかった。

 老人は母国ドイツ語に切り替えた。

「私は、それを造ったものだよ……。そうか、君らは日本人ヤパァニッシュか」
「ええ……」

 本郷は突然現われた独逸人に対し、どう対処すべきか戸惑っていた。
 こんな北米のど真ん中になぜ独逸人がいるのか? 
 ここで何をしていたのか? 
 合衆国軍は関与しているのか? 

 疑問はつきなかったが、彼には時間がなかった。数秒考えた後、彼はこの格納庫で造られていたものについてある申し出を思いついたが、それを口にすることは出来なかった。

 老人が唐突に前に進み出てきた。その勢い思わず本郷は後ずさりかけた。
 老人はすぐ側で立ち止まると、手を上げた。

「君らに聞きたい……この子を動かせるかね?」
 指先は、本郷の背後にある鉄塊へ向けられていた。

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