レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-

弐進座

緩衝地帯(Buffer zone) 2

 緩衝地帯バッファゾーンとは、北米戦線特有の概念だった。日米英連合軍が魔獣に対して設定した戦闘区域・・・・を指す。北米大陸を縦断するように、北はハドソン湾から南はメキシコ湾まで数千の戦闘区域が幾重にも隣り合って設定されている。それらは地図上では不定型な厚さをもつベルトのように記されていた。言ってしまえば、北米における人類の最前線。ただし、ラインではなく多層的なベルトにしたのには理由がある。敵が人類では無く知性を持たない魔獣だったからだ。

 戦線の概念は知性と倫理観を持った敵対勢力同士にのみ通じるものだ。人類史上、正規の軍事組織は陸上の戦いにおいて、常に線の概念を念頭に戦術を組み立ててきた。攻める側は如何に敵の戦線を分断するか、あるいは突破するか、それとも包囲するかを考え、守る側は如何に戦線を維持するかを考えてきた。逆説的に考えるならば、正規軍がテロリストやレジスタンスのゲリラ戦に手こずるのは自明だった。ゲリラ側が線の概念を用いずに戦うからだ。ゲリラは密林の奥深く、砂丘の海、そして市街地の中心部、あらゆる場所で戦いを一方的に始める。それは線では無く、突発的に始まる点の戦いだった。これは魔獣との戦いにも同様だ。

 始まりからして奴等は線の概念を持たずに、この世界へ侵攻してきた。BMは世界各地へ突然現われ、魔獣を周辺にばらまいた。敵味方が入り乱れた状態で人類は戦うことになり、線の概念で戦うことが不可能だった。だからこそ、緒戦において人類は甚大な損害を出すことになり、戦線を確立するまで魔獣に対して後手に回り続けた。人類側が魔獣に対して拮抗するようになったのは、多大な犠牲と引き替えに戦力の集中と戦線の構築に努めたからだった。西欧羅巴ヨーロッパ、そして日本側がBMと魔獣を完全に排除できたのも戦線の構築に成功したからだった。それら地域は限られた空間せまかったゆえに、戦力を集中することができた。

 しかしながら、北米において戦線の構築は限りなく不可能に近かった。理由は二つある。一つ目は広すぎた《・・・・》からだ。数千キロにも及ぶ大陸の原野をカヴァーするだけの兵力はない。二つ目の理由はもっと深刻で相手が人類では無いことだった。例え広大でも、人類同士ならば策源地都市や耕作地を中心に一時的な戦線形成が自然と起きる。南北戦争などが良い例だ。お互いに損失を抑え、敵に損害を与えるために有利な地形を確保しつつ、睨み合ううちに線が形成されるようになる。しかし魔獣ビーストは違った。ヤツラは有利不利を考えずに戦いを挑んでくる。撤退の概念はなく、どんなに数的に不利であっても立ち向かってくる。おまけに知性が無いうえに、驚異的な身体能力を有しているため、どこから進撃してくるのか予測がつかない。人間ならば余程の阿呆で無ければ行わない戦いを平気で仕掛けてくる。ある意味、理想的エランビタールな戦士だった。このような相手に戦線を敷くのは全く無意味だった。命を省みずに突っ込んでくるトロールやヒュドラ、グールの大群を相手に北米を縦断する兵力を捻出するなど、今の合衆国には出来なかった。

 同様の現象はロシアや中国、印度で発生していた。それらの地域は広すぎる上に、多様な人種、部族構成が団結の弊害となり、一部地域は無政府状態と化している。半身とはいえ、領土を保った合衆国は恵まれているマシな部類とも言える。

 こうした現象を打開するために創出された概念が緩衝地帯《バッファゾーン》だった。戦力の配置を固定せず、機動力に優れた部隊装甲師団や航空機などを一定区域ごとに配備する。部隊は哨戒と迎撃に分けられ、それぞれの部隊ごとに担当区域を複数割り当てておく。哨戒部隊が定期哨戒を行い、そして魔獣の侵入を検知した場合は、迎撃部隊が出動、戦力を集中して迎撃にあたる。迎撃エリアは数十キロに渡り、そのエリア内を越える前に仕留めるのが、この緩衝地帯戦略の絶対方針だった。


 今井の中隊は哨戒部隊に属していた。彼の任務は迎撃部隊騎兵隊の到着まで、緩衝地帯に敵獣をとどめることだ。彼の担当区域は緩衝地帯の西端にある。ここを越えられたら、あとは無防備なエリアが続いていることを意味している。そこには少なからず非戦闘員が存在している。数週間前に彼に麦酒ビールをおごってくれた気さくな元カウボーイの親父と、その息子も含まれている。

 敵獣との距離が400メートルを切りつつあった。

「迫撃砲、撃ち方はじめ!」

 背後から火薬の弾ける音が聞こえ、間もなく小規模な爆発が目前で生じた。

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