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レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-

弐進座

遣米支援軍(Imperial Army) 4

 本郷はオベロンに着いた直後に、機動歩兵へ命じて、ドラム缶に積んだガソリンを後方へばら撒いていた。それらは本郷中隊のために用意された予備の燃料だった。本郷は惜しみなく、それらを使い、野外火葬場を作り上げ、タイミングを計って全車へ後退を命じたのである。

 いかなグールが不死身で、痛覚を感じぬ存在であっても、所詮は肉の塊だった。炎の前には無防備だった。300体以上いたグールの大半が業火に巻かれ、機銃掃射の餌食となった。

 本郷の懸念は炎によって焼き払われた。しかし、全てが終わったわけでは無かった。

「全車へ。そろそろ本命が来るぞ。さあ鬼ごっこの準備だ」

 消し炭と化したグールの山を越えて、トロールの巨体が炎の揺らめきの中から現われた。

 残るトロールは6体だった。彼我の距離は300メートルを切っている。本郷は機動歩兵小隊を退避させた。仕上げにかかるためだった。

「集中射用意。目標、先頭トロール。射撃開始」

 直後八発の75ミリ徹甲弾APが巨獣へ突き刺さる。いかに相手が岩の巨人でも8発の砲弾は5体を砕くに必要十分な量だった。続けて、本郷は二体目への集中射撃を命じる。3発はずれるも、5発をもって左半身を粉砕し、岩の塊に返る。続けて二体を屠ったところで、彼我の距離は150メートルを切っていた。

「散開せよ! さあ鬼さんこちら!」

 本郷は部隊を二手に分けた。直率する第一小隊3両が右翼へ、残る第二、第三5両は左翼へ全速で移動させる。トロールは一瞬戸惑ったような動きを見せると、第一小隊へ進路を変えた。数が少ない方を選んだ。脳みそはないくせに、頭は回るらしい。

 三式中戦車は整備された状態で最高時速38キロを発揮できる。それに対し、トロールはせいぜい15~20キロほどだった。本郷は彼我の距離を開いたところで停止し、再び集中射撃を浴びせるつもりだった。彼はこれまでの戦闘経験から走行間射撃走り撃ちの命中率が絶望的であることを知っていた。これは彼の中隊の技量が劣っているからではない。よほどの至近距離であれば話は別だが、500メートル以上離れた状態で走りながら命中弾を出すのは困難を極めた。スタビライザーと射撃装置の電子的な改良が施されるまで、走行間射撃はエース級の戦車兵のみ許された神業だった。聞けば独逸軍には、やすやすとそれを行う神様が何人もいるらしい。しかし残念ながら本郷の中隊には、彼自身も含めて、神はいなかった。

 本郷は左翼へ移動中の第二、第三中隊を無線で呼び戻すことにした。万が一、本郷達が仕留め損ねたときに始末してもらうためだった。彼が無線機を手にしたときだった。緊迫した声が耳当てレシーバーに木霊した。

『こちらアズマ2! 機関停止エンジントラブル!』

 飛び跳ねるように本郷は展望塔キューポラから身を乗り出した。中村少尉の車両から白い煙が上がり、停止していた。同時に2体のトロールの関心が二号車へ向けられたのがわかった。

 本郷の決心は早かった。

「アズマ2、脱出しろ。アズマ3は現位置にて、我を援護せよ」

 本郷はトロールへ向けて、全速で旋回を命じた。履帯が泥を跳ね上げ、三式中戦車の砲より75ミリの鉄針が発射される。命中はしなかったが、トロールに本郷の存在を知らせるには十分だった。

『アズマ3、了解。現位置にて射撃開始』

 本郷の左方向より援護射撃が展開される。アズマ3の射撃は本郷に迫るトロールの肩へ命中した。しかし、その前進を止めることはできなかった。本郷は走行間射撃を続けさせた。彼我の距離は50メートルを切っている。神で無くとも、命中を許される距離だった。

ェ!」

 本郷の戦車が放った砲弾はトロールの右大腿部を吹き飛ばした。咆哮と共に崩れ落ちるトロールの背後から、もう一体現われる。そいつは右手に持った石鎚をゆっくりと振り上げた。距離は20メートルほど、例え振り下ろしたところ届くはず……いや違った!

「全速前進! 突撃!」

 トロールは腕を振り下ろす刹那、手から石鎚を離した。それは石弾となり、展望塔キューポラへ直撃した。正面から思い切り頭部をぶん殴られたような衝撃が襲ってくる。

 あまりの衝撃に本郷は僅かの間だが放心してしまった。徐々に精神の平衡を取り戻すにつれ、鋭い痛みが頭部に生じる。額を何かが伝う感覚が生じる。まずは車内を見渡し、本郷は乗員の無事を確認した。そのうち一人、砲手が恐る恐る額を指さした。そこでようやく自身の頭部から大量の血液が漏れていると気がついた。彼は傷口を押さえながら、正面へ目を向けた。やけに見渡しがよくなっていた。展望塔キューポラの一部が破損し、外の景色を覗けるようになっていた。本郷は衝撃で歪んだ天蓋をこじ開け、外を確認した。

 目前に転がる物体を凝視する。下半身を三式中戦車で砕かれたトロールだった。本郷の戦車はトロールへ見事な突貫万歳を行っていた。

 トロールは壊れた人形のようにあがき、奇妙な咆哮を上げながら本郷をにらみつけていた。彼は一切目をそらすこと無く、砲手へ自分の意思を伝えた。

「撃て」 

 石の塊が生成された。

――今回の戦闘記録を大隊本部へ提出すべきだな

 少なくともトロールが投擲攻撃を行った事例はこれまでなかったはずだ。今後はもっと注意して戦わなければ……。

 額から尋常ならざる出血を流しながら、本郷はそんなことを考えていた。遠くでエンジン音が木霊している。第二と第三と小隊が救援に駆けつけつつあった。耳当てレシーバーから何事か叫ぶ声が聞こえるが、徐々によく聞き取れなくなり、代わりにじりじりと耳鳴りが酷くなっていく。視界が赤くぼやけつつあった。彼はほとんど無意識のうちに、中隊に帰還を命じると、車長席から崩れ落ちた。

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