レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-

弐進座

横須賀空襲(This is not a drill) 9:終

 御調《みつぎ》少尉は、自分たちの居場所<宵月>の秘匿区画を簡潔に儀堂へ伝えた。儀堂は艦内の見取り図で場所を確かめるも、すぐには向わなかった。

 彼にはやるべきことがあった。<宵月>の全身から悲鳴が上がっている。負傷者は医務室へ入りきらず、士官室ガンルームまで詰め込まれていた。<アリゾナ>の副砲や主砲弾の破片によって船体は穴だらけにされ、至る所で浸水が生じている。

「まずは浸水を止めろ。スクリューの修復は後回しで良い」

 間もなく味方が助けに来てくれるだろう。それまで浮いていれば良いのだ。

「興津中尉、EFへ連絡だ。曳船タグボートを呼んでくれ。あと重傷者は優先して陸へ移せるよう手配を頼む」
「承知しました。付近の艦船にも呼びかけます」
「ああ」

 一時間後、味方の駆逐艦が来援し、<宵月>は横須賀まで曳航されることになった。彼女<宵月>が入港するまで、それから6時間ほど待たなければならなかった。彼女よりも酷い目にあった艦船がそこら中にいたからだ。EFが<宵月>に中破の判定を下し、岸壁へ接岸を許したときには日は暮れかけていた。その頃には艦内の混乱はあらかた収束されていたが、戦闘の昂ぶりは継続していた。艦上の構造物、特に後部は<アリゾナ>の攻撃によって徹底的に痛めつけられていた。甲板は血の海と化し、遺骸が個人ごとに可能な範囲でまとめられて安置されている。原型をとどめているものは少なかった。胴体が裂け、腸の大半を露出させたもの、顔半分が吹き飛ばされたもの、下半身がどこかへいったもの……。

 この世の地獄とも思える情景の中を儀堂は表情一つ変えずに巡っていく。死体を見るのはこれが初めてではなかった。内心では渦巻くものがあったが、彼はそれを押し殺す術をこの数年で習得してしまった。そうしなければ精神の平衡を保つことはできない。心が壊れては戦えない。
 生きて戻れたのは喜ぶべきことだが、運が良いとは到底思えなかった。少なくともこの艦に居合わせた者は少なからず己の命運を呪うだろうと思った。

――処女航海で初陣、そして船渠ドック入りか……。

 恐らく復帰まで最低でも4ヶ月はかかるだろうと思った。艦内外を一巡りして結論を出す。特にこの艦は装備は最新式で塗り固められているため、完全復旧は困難かも知れない。兵装に関してはすぐに手当てがつくだろうが、電子装備を揃えるのは骨が折れそうだった。

 儀堂は艦内中央、船底付近へ足を向けた。彼がまだ踏み入れていない区画が残されている。見取り図では他の区画から隔絶され、何の記載もされていない部屋だった。御調少尉の言葉を借りるならば、そこは秘匿区画と呼ばれている。

 数分後、儀堂は水密扉の前に立っていた。バルブを回し、扉を開ける。その厚さは人の胴回りほどで。駆逐艦には不釣り合いなものだった。見取り図から、この区画全体が重要防御区画バイタルパートと推測していたが、当たっているようだ。

 室内は暗く赤色灯に照らされている。奥に直立不動で佇む影があった。彫像のように微動だにしない。儀堂が訪れるずっと以前から、姿勢を保っていたかのようだった。

「お待ちしておりました」

 御調みつぎ少尉が固い声とともに、敬礼をする。儀堂は短く答礼を済ませ、御調の横へ視線を向けた。

「それが、このふねの秘密かい?」
「はい……」

 御調は顔を背けるように、儀堂と同じ方向へ顔を向けた。そこには見慣れぬが、・・・・・・見覚えのある・・・・・・装置があった。棺のような形状で、壁際へ垂直に備え付けられていた。かつて似たような容器を彼はハワイ沖で回収した。儀堂は装置の側まで足を運んだ。ハワイ沖で拾ったものよりも寸法サイズは大きめだったが、構造は似通っている。あのときのように儀堂は容器に備え付けられた小窓から中を覗き込んだ。そこから穏やかな寝顔が見えた。赤色灯に照らされたその表情は頭部の角を無視すれば、まったくあどけない少女の寝顔だった。醒めない悪夢の根源とは到底思えぬものだった。

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