レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-
六反田少将(Warmonger) 3
数時間後、約束どおり六反田は儀堂とネシスを解放した。御調少尉に先導され、再びジープに乗り込む姿を窓から六反田は見送っていた。
背後でドアの開く音がする。
「聞きましたよ。どえらいことになりましね」
六反田は振り返った。眉間にしわを寄せている。
「矢澤君、遅いぞ」
矢澤幸一中佐は肩をすくめた。矢澤は六反田の副官を長年勤めてきた。体格は上官と対称的で長身痩躯に面長の顔が乗っかっている。同年代の平均よりも広い額をしていたが、彼の場合は知性的な印象を演出するのに役立っていた。
「勘弁してください。こちとら独逸大使館に寄ってから来たんですから」
「リッテルハイム女史はお怒りだったか?」
「お怒りなんてもんじゃありませんよ。なにせはるばる欧州から取り寄せた演算器が一夜でお釈迦になったんですからね。あの眼光、呪い殺されるかと思いました」
「はは、そいつはいい。女性から情感的な視線を浴びせられる機会は滅多に無いぞ。ましてや美人ならばなおさらだ」
六反田は胸ポケットから金印の押された煙草を取り出した。矢澤に勧める。慣れた手つきで矢澤は一本取りだし、銀製のライターで火をつけた。六反田も自分の分を取り出すと、マッチで火をつける。
「それで、例の鬼はどうなったんですか? 捕らえたと聞きましたよ」
「そいつは誤報だな。たった今、無罪放免となった」
「え!? 逃がしたんですか?」
「違う。預けたのさ」
六反田は、儀堂の家でネシスが発見されてから解放されるまでの経緯を話した。
「その大尉は大丈夫なんでしょうね? うちらの組織は表向きは海大の一研究機関ってことになってますが……」
「心配ない。彼は我々に協力するさ。なにせ主目的において、オレと彼は合致しておるからな」
六反田の組織、月読機関が設立されたのは二年ほど前のことだった。ちょうど魔獣との戦いが膠着し始めた時期だ。元々は魔獣との戦闘記録を編纂するために作られた研究室だった。それが紆余曲折を経て、今では対魔獣の戦争指導の研究を担うようになっていた。きっかけはハワイ沖海戦で捕獲された銀の筒だった。ネシスが納められたその容器の処遇を海軍、そして日本は持てあましていた。決して彼等が怠慢だったわけでは無い。単純に当時の日本はあらゆる資源が不足していたため、ハワイで拾った謎の物体にかまう余裕がなかったのだ。
当時、日本は国内と満州に出現した魔獣、そしてBMへの対処を最優先とせねばならなかった。さもなくば国家の存亡が危ぶまれる状況だった。日本が1941年に抱え込んだ問題に片をつけ、置き去りにされたハワイの戦利品の処遇を考え始めたのは、1943年に入ってからだった。まずは恒例の管轄争いから始まったが、それは短期間で海軍の勝利に終わった。海軍上層部は筒内のネシスを「捕虜」と定義し、自分たちの保護下におくことで話を決着させた。陸軍からの干渉を受けなかったのは、皮肉なことに魔獣とBMのおかげだった。満州での魔獣との戦闘で帝国陸軍は大敗北を喫し、敗退の責任を問われ東条内閣は解散していた。以降、陸軍の影響力は弱まっていくことになる。
海軍は目黒の技術研究所の一角を改装し、ネシスを保護観察することとなった。その際、適当な機関として月読機関の名前が挙がった。推挙したのはある宮家出身の海軍軍人だった。そのやんごとなき大将は当時大佐だった六反田を前線から呼び戻し、昇進させた上で機関の長に据えた。その宮家と六反田にどういう繋がりがあるのか、誰もが謎に思ったが答えを知るものはいなかった。
背後でドアの開く音がする。
「聞きましたよ。どえらいことになりましね」
六反田は振り返った。眉間にしわを寄せている。
「矢澤君、遅いぞ」
矢澤幸一中佐は肩をすくめた。矢澤は六反田の副官を長年勤めてきた。体格は上官と対称的で長身痩躯に面長の顔が乗っかっている。同年代の平均よりも広い額をしていたが、彼の場合は知性的な印象を演出するのに役立っていた。
「勘弁してください。こちとら独逸大使館に寄ってから来たんですから」
「リッテルハイム女史はお怒りだったか?」
「お怒りなんてもんじゃありませんよ。なにせはるばる欧州から取り寄せた演算器が一夜でお釈迦になったんですからね。あの眼光、呪い殺されるかと思いました」
「はは、そいつはいい。女性から情感的な視線を浴びせられる機会は滅多に無いぞ。ましてや美人ならばなおさらだ」
六反田は胸ポケットから金印の押された煙草を取り出した。矢澤に勧める。慣れた手つきで矢澤は一本取りだし、銀製のライターで火をつけた。六反田も自分の分を取り出すと、マッチで火をつける。
「それで、例の鬼はどうなったんですか? 捕らえたと聞きましたよ」
「そいつは誤報だな。たった今、無罪放免となった」
「え!? 逃がしたんですか?」
「違う。預けたのさ」
六反田は、儀堂の家でネシスが発見されてから解放されるまでの経緯を話した。
「その大尉は大丈夫なんでしょうね? うちらの組織は表向きは海大の一研究機関ってことになってますが……」
「心配ない。彼は我々に協力するさ。なにせ主目的において、オレと彼は合致しておるからな」
六反田の組織、月読機関が設立されたのは二年ほど前のことだった。ちょうど魔獣との戦いが膠着し始めた時期だ。元々は魔獣との戦闘記録を編纂するために作られた研究室だった。それが紆余曲折を経て、今では対魔獣の戦争指導の研究を担うようになっていた。きっかけはハワイ沖海戦で捕獲された銀の筒だった。ネシスが納められたその容器の処遇を海軍、そして日本は持てあましていた。決して彼等が怠慢だったわけでは無い。単純に当時の日本はあらゆる資源が不足していたため、ハワイで拾った謎の物体にかまう余裕がなかったのだ。
当時、日本は国内と満州に出現した魔獣、そしてBMへの対処を最優先とせねばならなかった。さもなくば国家の存亡が危ぶまれる状況だった。日本が1941年に抱え込んだ問題に片をつけ、置き去りにされたハワイの戦利品の処遇を考え始めたのは、1943年に入ってからだった。まずは恒例の管轄争いから始まったが、それは短期間で海軍の勝利に終わった。海軍上層部は筒内のネシスを「捕虜」と定義し、自分たちの保護下におくことで話を決着させた。陸軍からの干渉を受けなかったのは、皮肉なことに魔獣とBMのおかげだった。満州での魔獣との戦闘で帝国陸軍は大敗北を喫し、敗退の責任を問われ東条内閣は解散していた。以降、陸軍の影響力は弱まっていくことになる。
海軍は目黒の技術研究所の一角を改装し、ネシスを保護観察することとなった。その際、適当な機関として月読機関の名前が挙がった。推挙したのはある宮家出身の海軍軍人だった。そのやんごとなき大将は当時大佐だった六反田を前線から呼び戻し、昇進させた上で機関の長に据えた。その宮家と六反田にどういう繋がりがあるのか、誰もが謎に思ったが答えを知るものはいなかった。
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