レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-
月下の邂逅(Moonlight rendezvou) 3
【東京 目黒 海軍技術研究所】
その夜、目黒の海軍技術研究所で騒動があったが、周辺の住民が気づくことは無かった。理由の第一に、そこは軍機に関わる施設で厳重に封鎖されていたこと。第二に、その敷地内でも最も密閉された空間で起きた出来事だったことが上げられる。
研究所内の施設、その地下へ続く階段を慌ただしく数名の将兵が下っていく。その中の一人が口を開いた。
「いつのことですか?」
厳しい口調で御調識文少尉は問いただした。夜半、電話でたたき起こされ、内容を聞くや押っ取り刀で駆けつけたところだ。護衛の兵士が応える。
「正確な時間は不明ですが、昨夜22時から1時の間と思われます。見張りの交代要員からの報告で発覚しました」
「それで、元々ここにいた見張りの兵は?」
「昏睡状態です。軍医に処置してもらっていますが、いつ意識が戻るかは……」
思わず小さな舌打ちが漏れる。
「わりました。とにかく現場へ」
向かった先は施設最下層、その最奥にある区画だ。その途中で分厚い、人の胴回りほどありそうな水密扉を開き、くぐっていく。
もとは建造中止となった戦艦<土佐>に備え付けられていたものだった。開戦後、施設拡張に伴い、ここの施設へ流用された。
白熱球に煌々と照らされた廊下を急ぎ、目標の部屋へ辿り着く。御調は思わずぎょっと立ち止まった。部屋の入り口を凝視する。奇妙なものが見えた。粘土細工のように丸められ、ひしゃげた鉄の塊だ。やがてそれが、部屋を密閉していた水密扉の残骸と気づき、青ざめる。
「化け物め」
小さく呟くと、室内へ足を踏み入れる。『化け物』の抜け殻が残されていた。
銀色の筒状の容器が、そこにあった。大きさは人の身の丈ほどだ。それはハワイ沖海戦のときに、発見、回収されたものだ。ただし、今は発見時と随分と趣が異なる。容器の至る所に先端が吸盤となったゴム製の管が接続されている。管は複数のブラウン管式受像器と繋がれていた。受像器が載せられた鉄製の台、その周辺には百を超える真空管が散らばっている。もとは壁に備え付けられた巨大な電子演算器に収まっていたはずのものだが、どうやらあの『化け物』によって引きずり出されたらしい。
「なぜ、今頃になって……」
筒状の容器は破けていた。まるで中から何者かが、むりやり破り出ててきたようだった。その有様は孵化した卵を思わせた。
「アレを見たものはいないのですか?」
御調は周囲を見回した。室内から誰にも見られず外へ通じることなどできないはずだった。
「おりません」
「ならばどうやって……」
いや、そんなことを考えている場合では無い。明確な事実は、ここにヤツはいないということだ。ならば屋外の、帝都のいずこかにいるということだ。無防備にさらされた民の群れに、あの化け物が解き放たれている。看過できぬ事態だった。
「電話を。すぐに六反田少将へ繋いでください。月鬼が脱走、至急応援を求むと」
その夜、目黒の海軍技術研究所で騒動があったが、周辺の住民が気づくことは無かった。理由の第一に、そこは軍機に関わる施設で厳重に封鎖されていたこと。第二に、その敷地内でも最も密閉された空間で起きた出来事だったことが上げられる。
研究所内の施設、その地下へ続く階段を慌ただしく数名の将兵が下っていく。その中の一人が口を開いた。
「いつのことですか?」
厳しい口調で御調識文少尉は問いただした。夜半、電話でたたき起こされ、内容を聞くや押っ取り刀で駆けつけたところだ。護衛の兵士が応える。
「正確な時間は不明ですが、昨夜22時から1時の間と思われます。見張りの交代要員からの報告で発覚しました」
「それで、元々ここにいた見張りの兵は?」
「昏睡状態です。軍医に処置してもらっていますが、いつ意識が戻るかは……」
思わず小さな舌打ちが漏れる。
「わりました。とにかく現場へ」
向かった先は施設最下層、その最奥にある区画だ。その途中で分厚い、人の胴回りほどありそうな水密扉を開き、くぐっていく。
もとは建造中止となった戦艦<土佐>に備え付けられていたものだった。開戦後、施設拡張に伴い、ここの施設へ流用された。
白熱球に煌々と照らされた廊下を急ぎ、目標の部屋へ辿り着く。御調は思わずぎょっと立ち止まった。部屋の入り口を凝視する。奇妙なものが見えた。粘土細工のように丸められ、ひしゃげた鉄の塊だ。やがてそれが、部屋を密閉していた水密扉の残骸と気づき、青ざめる。
「化け物め」
小さく呟くと、室内へ足を踏み入れる。『化け物』の抜け殻が残されていた。
銀色の筒状の容器が、そこにあった。大きさは人の身の丈ほどだ。それはハワイ沖海戦のときに、発見、回収されたものだ。ただし、今は発見時と随分と趣が異なる。容器の至る所に先端が吸盤となったゴム製の管が接続されている。管は複数のブラウン管式受像器と繋がれていた。受像器が載せられた鉄製の台、その周辺には百を超える真空管が散らばっている。もとは壁に備え付けられた巨大な電子演算器に収まっていたはずのものだが、どうやらあの『化け物』によって引きずり出されたらしい。
「なぜ、今頃になって……」
筒状の容器は破けていた。まるで中から何者かが、むりやり破り出ててきたようだった。その有様は孵化した卵を思わせた。
「アレを見たものはいないのですか?」
御調は周囲を見回した。室内から誰にも見られず外へ通じることなどできないはずだった。
「おりません」
「ならばどうやって……」
いや、そんなことを考えている場合では無い。明確な事実は、ここにヤツはいないということだ。ならば屋外の、帝都のいずこかにいるということだ。無防備にさらされた民の群れに、あの化け物が解き放たれている。看過できぬ事態だった。
「電話を。すぐに六反田少将へ繋いでください。月鬼が脱走、至急応援を求むと」
コメント