レッドサンブラックムーン -機密解除された第二次大戦における<異世界からの干渉>および<魔獣との戦闘>に関する記録と証言について-

弐進座

南雲機動部隊(Nagumo task force) 6

 南雲機動部隊は新たな脅威への対処を迫られた。化け物は手近な艦艇へ狙いを定めて襲いかかってきた。

 重巡洋艦の<筑摩>は、有翼型生物の群れに取りつかれていた。真珠湾で戸張が黒天狗と呼んでいた化け物だ。それらは個体としては小さかったが、やっかいなことに火炎をまき散らす光弾を放ってくる。<筑摩>の上部甲板のあちこちで火の手が上がり、消火に駆けつけた応急班は先に化け物どもの始末に追われた。<筑摩>では武器庫が解放され、臨時の陸戦隊が編成されようとしていた。

 <利根>はクラァケンに絡まれていた。球体へ向けて対空射撃を行っていたため、減速していたのが不味かった。クラァケンが船体下部へ取り憑き、前部甲板へ這い上がってきた。巨大な触手が20.3cm連装砲に巻き付くと、針金のように砲身を折り曲げてしまった。<利根>にとっての不運は、そのまま主砲が発射されたことだった。砲身内で行き場を喪った砲弾が破裂し、クラァケンごと吹き飛んだ。化け物の軛を逃れたものの、誘爆を避けるため<利根>は前部の弾薬庫に注水、戦闘能力が半減した。

 <比叡>を襲った化け物はヒュドラだった。前後を挟み込むように、2体が<比叡>の近くに現れた。

「取り舵一杯、回避!」

 とっさに艦長の西田が命じる。操舵手は「とぉりかぁーじ! いっぱい!」と続き、舵輪を目一杯回す。左へ急回頭したことで、<比叡>の巨艦は大きく傾いた。艦内にいる者が踏ん張らなければならないほどだった。前方のヒュドラは回避できた。問題は後方だった。急回頭で<比叡>の速度が落ちたことで、後方のヒュドラに追いつかれてしまった。そのヒュドラは船体後部へ体当たりした。傾斜に続いて、強烈な衝撃が加わる。このときもっとも被害を受けたのは、前部艦橋の司令部だった。高所にあったため、震動が増幅され、三川以下司令部要員が転倒した。追い打ちをかけるように、球体が光弾を再び放った。そのうち一発が司令部内に飛び込んだ。

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 ヒュドラの体当たりを、儀堂は射撃装置の座席で耐えた。前屈みになった身体を起こす途中で、後部指揮所の破孔から無数の鎌首がのぞいて見えた。背筋が凍り付かせながらも、儀堂は叫んだ。

「三番砲塔、距離零、斉発! あの化け物を吹き飛ばせ!」

 恐怖に駆られながらも、儀堂は最適解を出していた。三番砲塔が火を噴くと同時にヒュドラに三式弾が炸裂する。必中射程で焼夷榴弾を食らい、ずたずたに鎌首がちぎれ飛んだ。

 胃の内容物が逆流しそうになり、やっとのことで堪える。

「クソッタレが!!」

 最悪の気分の儀堂に、さらに最悪の報せが届いた。<比叡>の司令部が光弾の爆発で全滅したとのことだった。報せを届けたのは、あの主計大尉だった。大尉はまたわけのわからないことを言っていた。儀堂に艦の指揮を執れと言う。

「下手な冗談を聞く余裕はありません」

 上官に対する態度としてば無礼きわまりなかった、しかし今の儀堂は怒りを越えて、ある種の自棄を起こしていた。
『冗談ではない。私は計算が得意な、ただの主計士官だ。兵科将校として最上位は君らしい。他は死んだ。だから君がやるんだ』

 主計大尉はまくし立てるように言うと、電話を切った。あの野郎、そうだ、思い出した。確か上町かみまちとか言うヤツだったな。絶対名前を覚えておこうと思った。

 儀堂は現実に目を向けた。自分より倍の人生を重ねた兵員達が不安げに見つめている。こんな若造に自分の人生を託されたのだから、もっともな反応だ。同時に知ったことかと思った。オレだって、もっと相応しいヤツが他にいると思っているさと。

「全員聞け。これより私が指揮を執る」

 兵員達は若い士官の落ち着いた声に、少しばかり安堵を覚えた。実際それは諦めに近い感情から生み出されたものだったが、今の彼らにとりどうでも良いことだった。溺れる者と同じく、何かにすがらなければ、この状況を乗り切れなかった。

 前部艦橋へ移動した儀堂は、指揮機能を艦橋下部の司令塔内へ移した。司令塔は200ミリ以上の装甲に覆われ、あの光弾でもたやすく貫けそうに無かった。そして儀堂も簡単に死んでやるつもりは無かった。少なくともこんな不可解な地獄へ自分を引きずり込んだ敵を撃ち落とすまで、死んでやるものかと決意していた。

「主砲照準は、そのまま。あの球体へ砲撃を続けろ」

 艦内電話を通じ、後部射撃指揮所へ命令を下す。

『弾種は三式弾のままですか』

 電話越しに兵員が聞いてくる。

「三式弾のままだ。徹甲弾を撃ったところで当たるものかい。以上――」

 電話を切りかけて、儀堂は止めた。あることを確認する。

『目標の高度? ヒト・イツツ百五十メートルですが』

 やはりと儀堂は思った。そのまま高度の変化を逐次報告するように告げ、電話を切った。

――出現時よりも高度が下がっている。

 それに気づいたとき、儀堂は確信に近いものを感じた。恐らくこちらの攻撃は効いているのだ。それが目に見えないだけで、実際は損害を与えているのではないか。だとすると、話は簡単だった。

――ようはあの黒い月を落とせば良いわけだ。

 海面すれすれとまでは言わない。せめて高度50メートル以下まで落ちてくれれば、徹甲弾による攻撃も現実味を帯びてくる。問題はそれまでにどれほどの時間と物量が必要かだった。しかも化け物どもと戦いながら、完遂する必要がある。僚艦の<霧島>と連携できれば成功の確率はぐっと高くなるが、通信が繋がらなかった。どうやら光弾の攻撃で電路がやられたらしい。

 儀堂は主砲以外の火器群を化け物へ向けさせた。三式弾で吹き飛ぶような雑魚には、それで十分だった。

 <比叡>は、その全身から火力を吐き出しながら驀進し続けた。空を舞う黒天狗どもをカトンボのごとく撃ち落とし、行く手を遮るクラァケンやヒュドラを容赦なく高角砲で始末した。<比叡>の勇戦に刺激され、<霧島>が続く。

 その後、1時間の戦闘で黒い球体はさらに100メートルまで高度を下げた。

「行けるぞ。このまま黒い月を落としてやろう」

 自然と儀堂の顔に笑みがうかんだ。仄暗い司令塔内に浮かんだ少尉の顔は。年齢にそぐわぬ凄みがあった。その場にいた兵員は背筋が寒くなるのを感じた。

 儀堂の笑みは長くは保たなかった。後部射撃指揮所より三式弾を使い切ったと連絡が入ったからだ。

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