スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

射撃場にて

世界各地に点在するスパイ養成校。
その一つの地下の射撃場で、
深い闇色の青髪の隙間から
人型の的を狙う一人の男がいた。
的との距離は100mあり、
赤くマーキングされた箇所は5箇所。
片手で持てる大きさの
セミオート拳銃を腕を伸ばして両手で構え、
男はノンストップで15発の弾を撃った。

「「「おぉ……」」」

マーキングされた箇所にそれぞれ3発ずつ、
見事に撃ち抜いてみせた。
その一連の所作を見ていた
周囲のスパイ達は、
あまりの技術の高さに歓声を洩らしていた。
男はそんな周りの反応には目もくれず、
拳銃の装填を一瞬で済ませると
また15発全てを撃ち抜いた。
だが、まだ終わらない。
先と同じようにまた装填して15発。
装填しては15発を繰り返し、
いつしか的のマーキングされた部分だけを
綺麗に破壊していた。

「あれが『蠍』か……」

スパイ名『蠍』。
深い闇色の青髪青眼の持ち主で、
キリっと整った顔立ちをしている。
背は179cmとそれなりに高い上に
足が長いため、スタイルはかなりいい。
16歳と17歳のスパイだけで構成された
エリートスパイチーム、
【POISON】の一員であり、
銃での狙撃を得意としている。
その一切のズレのない狙撃の実力は
全スパイの中でもトップクラスで、
彼の能力を欲しがるスパイチームは
多く存在していた。

「あは〜…どーしたの?『蠍』ちゃん。
今日は調子悪いみたいじゃん?
何か、悩みでもあるのかい?」

『蠍』が銃を懐に片付けて
歩き出したその時、
正面から来た一人の女が
『蠍』に声をかけてきた。
翠緑の髪を腰まで伸ばしており、
全体的に丸く収まっている幼い顔立ち。
『蠍』よりは低い身長だが、
女性にしては高い168cm。
何とも言えない中肉中背の体格で、
これと言った特徴を掴みにくい。
その女の妙に力の抜けた話し方に
顔をしかめながらも、
『蠍』はきちんと答えた。

「…別に、何でもありません」

少しだけそっぽを向いた『蠍』の
顔を横から覗き、
彼女はいやらしく笑う。

「あは〜…『蠍』ちゃんってば、
嘘つくのが下手だよぉ。
何でもないのに、君の銃が狂う訳ないじゃん」

見るからに嫌そうな
態度を示している『蠍』の周囲を
クルッと一周だけした彼女は、
すぐそばにあったボタンを押す。
100m先に現れた人型の的は、
ガシャンと音をたてて静止した。

「さっきの君の銃は〜」

左手で構えた拳銃を的へ向け、
ろくに体を構えることなく
彼女はバババっと引き金を引いた。
マーキングポイントを撃ち抜き、
まるで踊るような動きで
拳銃に装填した。……それも、片手で。
そして拳銃を右手を持ち替えると、
また的を綺麗に撃ち抜いた。

「こ〜んな感じだったでしょぉ?」

ふー、と息を吐いて、
確認するように彼女が振り返ると、
『蠍』はもう後ろにはいなかった。
彼女がキョロキョロと見渡してみると、
一連のやり取りを見ていた他のスパイが、
やれやれと首を横に振っていた。

「あは〜…振られちゃったかぁ〜」

頭の後ろをポリポリと掻き、
彼女はまた気の抜けたように笑う。
……が、少しだけ経つと、
何事もなかったように正面を向いた。
太もものホルダーに装着された
もう一丁の拳銃を取り出し、
両手で二丁の拳銃を構える。
そして、乱射した。
人型模型の頭の先から始まり、
徐々に狙いを下げていく。
弾がなくなれば二丁同時に
素早く装填を完了させ、
何の表情も浮かべないままに
的をバラバラにしてしまった。
模型の足のつま先まで粉々にすると、
彼女は拳銃をホルダーに仕舞う。
周囲の誰も、彼女に声をかけない。
鼻歌交じりに射撃場を去る彼女に、
誰も近づくことをしなかった。
否、彼女相手にそんなことが
出来るスパイなどいなかった。
彼女の放つ気味の笑いオーラが、
周囲を空気ごと歪ませていた。

「…気は済んだのか、『豹』」

射撃場の外、扉のすぐ横で
その男は待っていた。
フード付きの真っ黒なコートに身を包み、
口元まで黒のマスクで隠している。
スパイ名『麒麟』。
現時点で、世界最強とさえ
呼称されているスパイチーム、
【獣】の情報収集員兼作戦立案役だ。
いつでも黒のコートやマスクで
全身を隠しており、
他のスパイ達に分かっているのは、
彼の性別が男であることくらいである。
ただ、その唯一判明している性別でさえ、
誰もきちんと確かめたことはないのだが。
『麒麟』が集める情報は早く、また正確だ。
【獣】以外のスパイチームにも
集めた情報を渡しており、
その貢献度は凄まじいものである。

「う〜ん…なんか微妙だけど、
仕事もあるしぃ〜?
今日はこれくらいにしよっかな〜って感じ。
かわいい後輩ちゃんにも会えたし」

そしてこの女。スパイ名『豹』。
【獣】の殺し担当であり、
『大籠』傘下の全スパイの中で
最も人を殺している人物である。
二丁の拳銃を用いた
近距離から中距離での殺しを得意とし、
付いた通り名は『殲滅の豹』だった。
ある時の殺しの任務で、
その場所にいたマフィア幹部
総勢37人の額を撃ち抜き、
番犬役に訓練された犬に及ぶまで、
生命と呼べる存在全てを殲滅したことから
そのような異名が付いたのである。

「…『豹』、次の仕事だ」

黒い手袋をはめた『麒麟』の手が伸び、
『豹』に一枚の紙切れが渡された。
その紙に書かれた内容を読んで、
ふ〜ん、と『豹』は息を吐く。

「日本なんて、珍しいじゃん」


~完~

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