スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

最後

近藤の拘束を解く為に夜六が投げたナイフ。
それを両手で持って、
近藤自身が突進していた。
夜六と『鎌切』は
お互いにお互いしか見ておらず、
あまりに咄嗟の出来事だったため、
『鎌切』も夜六も何も反応できず、
『鎌切』の腹にナイフが深く刺さった。

「お前は、海斗なんかじゃない…。
俺達の海斗を、返せ…!」

近藤の手が、血で染まっていく。
それでもなお、近藤はナイフを
さらにググ…と押し込んでいる。

「この……ガキぃ……」

『鎌切』は、左手の鉈を、
近藤に振り下ろした。
密着しているが故に、
近藤の背中しか狙えなかったが、
それでも『鎌切』は振り下ろした。

「近藤っ!」

近藤の背中に、一閃の血が走る。
だが、近藤は呻き声一つ上げずに、
ゆっくりと夜六の方へ顔を向けた。
溢れんばかりの涙を堪え、
足をブルブルと震わせながら。

「夜六、きっと…何か、
訳が…あるんだ、ろ…?
じゃなきゃ、海斗がこんなこと、
するはず…ないからな…。」

背中に次々と血の筋を浮かべながらも、
途切れそうになる言葉を、
近藤は無理矢理に紡いだ。
自分の目の前にいるのは
親友の難波ではなく別の人物だと、
近藤は思っている。
いや、思い込みたいのだろうか。

「夜六…出張って、すまん…。
こいつは、俺に任せて…
海斗を…助けて、やってく、れ……。」

近藤のその言葉にどう答えればいいか、
その時の夜六には分からなかった。
だが、後になって考えてみれば、
何がなんでも近藤を止めるべきだった。
そうすれば、命は助かったはずだ。

「うぉぉぉぉぉぉ────!」

近藤は走り出した。
『鎌切』の体を押しながら、
屋上の端へと血の川を作る。
そして、その勢いを殺すことなく、
屋上から姿を消す。

「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

そして、『鎌切』の断末魔が、
夜六と荒井の耳に残った。



その日の帰りのホームルームで、
各クラスの担任から明かされた。
学校に不審者が現れたが、
勇気ある数人の生徒のおかげで、
甚大なほどの被害は起きなかったこと。
命に別状はないが、
加藤久勝ひさかつは右腕を失ったこと。
そして…近藤陸と難波海斗が死亡したこと。
もちろん、一部の情報は、
夜六によって改ざんされている。

「───ふぅん、なるほど。
荒井先輩の方はうまく説得できたのね。
……それで結局、『彼』は何者だったの?」

場所は放課後の教室。
もうすっかり陽も落ちて、
残っているのは夜六と夏八の二人。
今回起きた事件について、
二人は話していた。
夜六は窓の外を見ながら、
夏八にゆっくりと語る。

「水都、『寄生蟲パラサイト』って単語を、
聞いたことはあるか。」

一瞬だけ考えるも、夏八は首を横に振る。
『寄生蟲』───中国を中心に、
色々な国が手をつけている技術。
事象としては簡単な話で、
ある人間の意識や記憶を、
他の人間に上書きするというものだ。
真実かどうかは不明だが、
この技術を用いて200年も
この世に存在する人間がいるらしい。
だが、かく言う夜六も、
あまりその実態を掴んでいないでいた。

「つまり、難波君の体に『鎌切』の意識が
上書きされていたということ?
ちょっと、調べる必要がありそうね」

夏八の言う通り、
今回起きた事件の核心はここにある。
『寄生蟲』という技術があることも、
それを利用したビジネスも、
公にはなっていない。
それがなぜなのかと言えば、
理由は至って簡単なものだ。
各国の政府や機関は、
『寄生蟲』の研究の中で、
いかに『寄生蟲』が危険であるか
身をもって知ってしまったからだ。
一人の人間の意識を
もう一人の人間に上書きすると、
必ずと言っていいほど
暴走してしまうのである。
その理由も定かではないし、
今回、なぜ難波の体に
『鎌切』の意識が入っていたのか、
なぜ、『鎌切』は暴走しなかったのかも、
今の夜六には分からなかった。

「そんな技術があるだなんて、
私には信じられないけど」

夏八は知らない。
だが、夜六は知っていた。
『寄生蟲』は、実在すると。
夜六とて、最初は信じていなかった。
ある時の任務の際、
イギリスの研究施設で
『寄生蟲』の残骸を見たが、
実用性が皆無だったことから、
こうして自分の前に現れるなど
思ってもいなかった。
しかし…信じざるを得ない。
あの体は間違いなく難波のもの。
近藤も、そう思っていたはずだ。
そして、あの鉈の太刀筋は
『鎌切』である他有り得ない。

「…もしかすると、
この学園に隠されている秘密と
何か関係があるかもしれない」

夜六達の本来の目的は、
この劉院学園に隠されている
『何か』を探ることだ。
はっきりとした正体は不明だが、
今回起きたことと
無関係だとは思えないのである。

「そうね。妥当な考えだわ。
それじゃあ私は、今日は戻るから」

言うやいなや、
夏八はカバンを掴んで教室を出る。
一人残された夜六は、
傾きかけている太陽を眺めながら
朝からのことを思い返す。
難波の意識を乗っ取った『鎌切』、
その狙いはおそらく夜六だった。
校内放送で呼ばれたのが夜六だった上に、
校内に爆弾の類いはなかった。
『鎌切』の性格を考慮すれば、
奴の目的は夜六を倒すことだけ。
しかし分からないのは、
『鎌切』の後ろにいる組織だ。
必ず、『寄生蟲』の技術を持つ組織があり、
『鎌切』はその技術を使ったはず。
でなければ、人間の意識を乗っ取るなど、
ただの人間にできる訳がない。

「……はぁ…」

このまま考えていても仕方ない。
今日は俺も寮で大人しくしよう。
もう、ルームメイトがいなくなった、寮に。

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