スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

護衛任務

街をはずれた郊外。
焼けた野原と僅かな民家が
広がっている場所で、
2発の銃声が響いた。
夜六が撃った1発は
運転手の右肩に命中して、
もう1発は助手席に乗っていた
男が持っていたライフルの
スコープを射抜いた。
痛みに悶える運転手は、
ハンドルを左右に振る。
大きく揺れる黒のワゴン車は、
地を這う巨大なゴキブリのようだ。
やがて、ワゴン車は近くの
民家に突っ込み、
派手な火柱が上がる。
彼らが普通の人間なら
間違いなく死んでいるだろうが、
さすがというべきか、
乗組員全員がしっかりと
自らの足で立っていた。
右肩から血を流す小柄な男と、
右眼が潰れたままライフルを持った男の他、
武器を持った二人の男。
夜六はバイクを降り、
右手に拳銃、左手にナイフを構えた。

「単刀直入に聞く。貴様らは何者だ。
目的と共に答えろ」

夜六は、謎の男達と対峙する。
どこの国に所属するスパイなのか、
知っている情報は全て吐き出させる。

「そういうお前は『蛇』だな?
こうして会えて光栄だ」

夜六が投げた質問に対して、
全く違う答えが返ってきた。
それだけでムカついたが、
まだ焦る時ではない。

「だが、俺達はお前に用はねぇ。
お前が護衛してたあの女さえ殺せれば、
俺達の任務は完了だからな──」

「フヒヒヒヒ……なぁ、『竹藪たけやぶ』の旦那。
そんなこと言わんで、
折角の機会でいなすよぉ?
あの『蛇』と戦えるなら、
任務なんて後回しでいなすでしょうぉ」

その時から気色の悪い話し方だった『鎌切』は、
鉈を両手に薄気味悪い笑みを浮かべる。

「そうだそうだ。
いくら『蛇』が強かろうが、
4人も相手に勝てる訳がない。
女を殺すのは、後でもいいだろう」

『竹藪』と呼ばれたリーダーのような男は、
最初こそ断っていたが、
他の3人の説得に負けてしまい、
それまで手に持っていた銃を捨てて
メリケンサックを取り出した。

「すまねぇが、こういう事になった。
死んでも悪く思うなよ、『蛇』」

夜六の武器は拳銃とナイフ。
対して相手は4人。
両手メリケンサックの『竹藪』、
2本の鉈を振り回す『鎌切』、
距離を取り、ライフルを構える『タケノコ』、
2丁の拳銃を持つ『水仙すいせん』。
『筍』は右目を、『水仙』は右肩を
銃で撃たれているとは言えど、
これは骨が折れそうだ。

「……来い」

戦いの火蓋が切られた。
『竹藪』と『鎌切』が距離を詰め、
中距離から『水仙』が拳銃で、
遠距離から『筍』がライフルで夜六を狙う。
しかし、そう簡単に相手の得意な形に
戦場を作らせたりはしない。
夜六と狙撃手の間に
『竹藪』や『鎌切』が入るように
器用に立ち回り、狙撃を許さない。
いくつもの銃の弾が通り過ぎ、
金属がぶつかる音が響く。
近距離の2人の相手を
1本のナイフで凌ぎながら、
夜六も拳銃で彼らの額を狙う。

「さすが、【POISON】のメイン戦力だ。
俺達が4人掛りでも倒せないとは」

「無駄口を叩くな。
勝負は一瞬で終わるぞ」

夜六のその言葉通り、
10分程続いた激戦の末に、
この勝負は終わりを迎える。
『竹藪』の額を狙った夜六の銃の弾は、
後ろで構えていた『筍』の眉間を撃ち抜く。
次にナイフで『竹藪』の頸動脈を切り裂き、
そのままの勢いでナイフを投擲し、
『水仙』の首を刺した。
そして、銃を『鎌切』に突きつけた。
時間にして、3秒。
4人のうち3人を絶命させ、
『鎌切』だけが残される。

「フヒヒヒヒヒヒ……!
良い…!良いいなすなぁ!」

ヤケになったのか、
『鎌切』は高らかに笑う。
そして、ギラッと眼を光らせると、
あろうことか、2本の鉈を投げたのだ。

「────っ!」

この土壇場で、しかも近距離。
まさか鉈を投げてくるとは思わず、
夜六は避けきれずに
拳銃で無理矢理に弾いた。

「フヒヒヒヒヒヒ……。
この勝負、お預けにいなす……」

夜六が体勢を立て直した時には、
すでに『鎌切』の姿は消えていた。
追おうと思えば追えただろうが、
夜六にとって初めての土地である上に、
拳銃はもう使い物にならない。
鉈を無理に弾いた時に変形してしまったのだ。
仮にあの鉈を避けれていたにしても、
弾が切れてしまっている為、
武器は己の体とあと1本のナイフのみ。
第一、今回の夜六の任務は護衛だ。

「…戻るか」

『水仙』の喉に刺さっているナイフを抜き、
夜六はバイクに跨った。
護衛対象を乗せたタクシーのあとを追い、
閑静な場所から街の方へ行く。
『鎌切』達以外に刺客はおらなかったようで、
夜六が彼女の自宅に着いた頃には
彼女は部屋で眠っていた。
盗聴器や隠しカメラの有無を確認し、
周囲に敵の気配がないか調べると、
夜六はようやく息をつけた。
彼女の家にある物は食べてもいいと
本人からも言われていたが、
夜六は自分で持ってきていた
携帯食糧だけを腹に収める。
だが、朝がくる前には
彼女が起きた時用の朝食を作った。
解毒剤や鎮痛薬を混ぜた朝食だ。
仮に他の殺し屋に襲われても、
これで少しは危険を回避できる。

「あ、あの…ありがとう」

約束していた護衛期間の終わりに、
彼女は夜六にお礼を言った。
夜六としては、与えられた任務を
遂行しただけのことだったが、
彼女にとっては違うらしい。

「……気にするな」

彼女に背を向け、夜六は去る。
そのままの足で、また別の任務に向かう為に。

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