スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

修羅場

───『修羅場』とは本来、
『仏教の神が争った場』や、
『悲惨な戦場』などの意味を持つ言葉だ。
しかし、最近の日本では
『人間関係の崩壊の場』、
と捉えるのが一般的である。
『遺憾』という言葉には
『とても残念である』、という意味が
あるのだが、日本人の多くは
『とても怒りを抑えられない』、
という意味で解釈をしている。
なぜ日本人は日本語を使っていながら
その日本語の意味を
正しく認識していないのか
夜六は不思議で仕方ないのだが、
それは日本人が他人に
理由を求める生き物だからだろう。
仲の良い人間の言うことに賛成し、
常に誰かと共に居ようとする。
自分の力で考えることもせず、
失敗すれば誰かに責任を押し付ける。
世界を渡り、数々の人種に触れてきた
夜六だからこそ思う。
日本人は、醜い。
今、夜六の目の前で起きていることも、
日本人が自分勝手な生き物だからだ。

「恵奈の夜六に何してんのよ!」

「何もしてないけど?
そっちこそ霧峰君の何なわけ?」

「恵奈ちゃん、落ち着いて…!
きっと誤解だよ!
あの、ホントにごめんなさい!」

「両手に花…いえ、両手両足に花、
というのが相応しいかしら?」

「俺達を振ったと思ったら、
随分楽しそうだなぁぁぁ夜六君?」

何がどうなったのか、
順を追って説明しよう。
…夜六の心の整理も兼ねて。
まず、夜六と糸恩が店を出ると、
そこに神時雨恵奈と東雲文華が
2人でやってきた。
どうして恵奈と東雲が
一緒にいたのかは不明だが、
夜六に少なからずの好意を
持っている恵奈は、
糸恩を敵対視して口論に。
次第にヒートアップする
糸恩と恵奈を止めようと
東雲が割って入るが、
2人は聞く耳を持たず…。
段々と騒がしくなり、
偶然にも近くを通ろうとした
夏八が首を突っ込んでくる。
どうやら夏八は他の女子達の群れから
逃げてきたらしい。
夜六に想いを寄せる2人の少女と、
敵対意識を持つ2人を止める東雲、
不敵な笑みを浮かべる夏八。
夜六も額に汗をかき始め、
どうしようかと思っていた矢先に、
ゲームセンターに向かう
難波の一行に見つかった。
…と、こんな感じである。
騒がしさのあまりに
関係ない野次馬まで集まり始め、
このままでは在らぬ方向の
変な噂が流れてしまいそうだ。

「…とりあえず、話をしよう」

夜六はそう提案し、
すぐ目の前にある喫茶店を指す。
彼女らは了承して、
店へと入っていく。
流れに沿って難波まで
店に入ろうとしていたが、
夜六は難波を蹴飛ばして
強制的に外に追い出した。
先程と同じ店に入り、
同じテーブル席に座る。
奥から恵奈、夜六、糸恩。
向かいに東雲と夏八。
両脇をガッチリと挟まれて、
夜六はもう逃げられない。

「…まぁ、なんだ。
人の多い場所で騒ぐのはやめてくれ」

ビリビリとした空気の中、
台風の中心である夜六は
出来るだけ差し支えのない事を言う。
だが、それが逆に
火を付けてしまったようだ。

「夜六。他の女に取られるくらいなら、
恵奈は戦場でだって騒ぐわ」

「霧峰君。私は地獄でも叫ぶよ?」

「何?恵奈にケンカ売ってんの?」

「は?何言ってんの?
あんたバカじゃないの?」

痛い。夏八の視線が痛い。

「だからやめてくれ」

席の配置のせいで、
恵奈と糸恩が言い合うと
間にいる夜六は苦しくなる。
騒ぐと店にも客にも迷惑をかけるので、
夜六は2人を制止する。

「「フンっ!」」

おいおい、何だよこの展開。
こんなの小説でも有り得ない。
…いや、近年日本を越えて
海外でも人気になりつつある、
日本のライトノベルとか言う
何でもありの作風であれば
こんな展開も有り得るのか?
男が一人に女が4人。
キラキラと眩しい程の
金色の髪と瞳の恵奈。
夕焼けを彷彿とさせる
オレンジ色の茶髪と白いリボンの糸恩。
深い紫色の髪と瞳を隠すように
目深に帽子を被る東雲。
そして、その場の空気を
引き締めるような真紅の髪と瞳の夏八。
と、完全に孤立している
白髪と濁った瞳の夜六。
もはや罰ゲームである。

「俺は色恋沙汰には興味がない。
それに、俺よりもいい奴なんて
そこら辺にいるだろう?」

わざとらしいため息を吐いて、
夜六は説得するように言ってみる。
しかし、夜六の言葉は
火に油を注ぐだけになる。

「この神時雨家の恵奈が認めたのは、
世界広しと言えど夜六だけなのよ?
他の男なんて冷えたお味噌汁以下よ」

例えが独特過ぎて
夜六には理解が難しい。

「そうよ、霧峰君。
霧峰君に比べたら、
クラスの男子とかペットボトルの
キャップにも及ばないわ」

世の中の男が可哀想だ。
こんな変な例え方をされて、
挙句の果てには都合のいいように
金を貪られる生き物なのか。
世界は広いし、恵奈と糸恩には
もっと価値観を広げて欲しいものだ。
だが、そう簡単にいく程、
2人は素直ではない。

「いやいや、落ちてる鳥の羽以下よ」

「もっと下だわ。
それこそ、イヌのウ〇コ位ね」

「あんたさっきから何なの!?」

「そっちこそうるさいのよ!」

またも、2人はヒートアップする。
もうこれでは夜六が
何と言っても無駄だろう。
そう諦めかけた時、
ここまで無言だった夏八が
静かに口を開いた。

「2人とも、黙りなさい」

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