スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

白い手紙

東雲が接触してきた以外は
特に何もなく、
朝のHRを終えて
1時限目の授業が始まる。数学だ。
寺沢先生の板書した内容を
そのままノートに書き写し、
教科書に書かれた問題を解く。
クラスメイト達が問題を解く間に、
夜六はカバンのポケットに入れていた
白い封筒を取り出し、
近藤の背中に隠しながら読んだ。

『霧峰夜六君へ

球技大会で霧峰君を見て、
好きになってしまいました。

もし、彼女とか好きな人がいないなら、
私と付き合ってほしいです。

今日の授業が終わったら、
イモンの1階にある
「珈琲ハウス」に来てください。
そこで返事を聞きたいです。

顔も知らない人からの手紙で
ビックリしているとは思いますが、
返事はどうあれ来てくれるだけで
私はとても嬉しいです。

ダメなら来てくれなくていいけど、
来てくれるといいな。

2年1組  小鳥遊たかなし 糸恩しおん

想像以上にピュアで
ひたむきな手紙だった。
カラフルなペンで書かれた物でもないし、
かわいらしい絵がある訳でもなかった。
小鳥遊糸恩という名前に
全く聞き覚えはないが、
こんな物を寄越されても
無視をしてしまうほど、
夜六の心は冷めていないし、
より多くの人間と関わることは
今後の任務においても
プラスに働いてくれるはずだ。
そう思い至り、
夜六は今日の予定が決まる。
本当は容疑者リストに挙がっている
富澤への接触を優先したいが、
富澤には依然として避けられており、
何より任務を優先し過ぎて
学生としての交友関係を怠ると
それはそれで任務に
支障が出てしまうので、
今日のところは
小鳥遊の方を優先させよう。

「なぁ夜六。
今日これからゲーセン行くけど
一緒にどうだ?楽しいぞ」

午前までの授業は終わり、
帰りのHRも滞りなく済んだ。
荷物をまとめて夜六が席を立つと、
難波が男子のクラスメイトを
4人程引き連れて来た。

「悪いが、今日は古い友人と
待ち合わせをしてるんだ。
日本のゲームセンターにも興味はあるが、
それは次の機会にしてくれ」

急いでいるような雰囲気を見せ、
夜六は手短かに断った。
ただ理由をつけて断るよりも、
こうして一芝居する方が
相手の機嫌を損ねる可能性が低い。
現に難波率いる男子達は
そうかそうかと納得したように
笑顔を向けてくれた。

「じゃあまた今度だな」

「今日が調子いい日だったとしても
あとで文句言うなよ?」

手を振りながら、
難波達は教室から出ていく。
夜六もカバンを担ぎ直し、
足早に教室を後にした。
それにしても、日本の学生は早い。
帰りのHRが終わった途端に
仲間で集まって教室を出る。
夜六の隣りにいたはずの夏八も
女子の仲間達に囲まれて
一瞬のうちに出発した。
本当に、日本の学生は早い。
そんなことを考えていた夜六だが、
不慣れもあって
気づけていなかった。
夜六が向かうイモンの中に、
夏八達が向かったお店や
難波の言うゲームセンターがあることに。



劉院学園の敷地を出て徒歩15分。
夜六はイモンにやってきた。
イモンは日本全国に店舗を構える、
大型のショッピングモールだ。
食料品や日用品はもちろん、
衣服、アウトドア用品、ジム、
スポーツ用品、書店、映画館、
ゲームセンター、電化製品など、
もはや無い物が無い程だ。
休憩所やフードコートもあり、
丸1日滞在することも可能だ。
そして、全部で6階まである内の1階、
北口から入って右に歩くと
「珈琲ハウス」はある。
──のだが、初めてこのような
場所にやってきた夜六には
そんなことは分からない。
階層マップを見ても
店名までは記されておらず、
結局、1階にある喫茶店全てを回って
やっと「珈琲ハウス」に到着した。

「いらっしゃいませ。
おひとり様ですか?待ち合わせですか?」

ドアを開けると、
チリンチリンと音が鳴る。
すぐ近くにいた男の店員が
爽やかな笑顔で出迎えてくれた。
だが、笑顔など夜六には必要ない。
夜六はグルリと店内を観察する。
コーヒーの店だけあって、
アンティーク風な落ち着いた内装だ。
木製のテーブルや椅子の匂いと
コーヒーの深い香りが入り交じり、
ほっとひと息吐きたくなる。

「待ち合わせなんだが、
先に来ているはずだ」

相変わらず、愛想がないなと
夜六は自分でそう思った。
しかし、男の店員は顔色を一切変えずに
笑顔で対応してくれる。

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

そう言って、店員は先を歩く。
夜六は黙ってついていき、
お店の一番奥の個室に通された。
入るところにのれんが掛けてあり、
足元は見えるが、
中に誰がいるのかは見えない。

「どうぞ、ごゆっくり」

綺麗にお辞儀をすると、
男の店員は去っていった。
夜六はのれんを潜り、
先に入っていた彼女の反対に座る。
パッと彼女の顔を見て、
夜六は先に言った。

「この手紙はお前の物か」

カバンから取り出した、白い封筒。
シワの一つもついていない、
純白で綺麗な封筒だ。

「は、はい…!そうですっ」

緊張しているのか、
彼女の声は少し大きい。
冬の夕暮れ時のような、
オレンジ色に近い明るい茶髪を
サイドテールに縛っており、
ひょこひょこと揺れる
真っ白なリボンが印象的である。
丸い目がとても可愛らしく、
男子達が放っておかなそうな
かなりの美形である。
両手をキュッと握り締めて
縮こまっている彼女は、
こういう落ち着いた店とは
合わないような気がするが、
見かけとは裏腹に
コーヒーが好きなのだろうか。

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