スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

神時雨 恵奈

肩にかかる真紅の髪を綺麗に整えて、
赤く鋭い目をしている夏八は、
神時雨に堂々と言い放つ。

「何、お前。恵奈は夜六と話してるの。
邪魔するならあっち行って」

夏八の方に振り返り、
神時雨も言い返す。
そして、その態度が
夏八の逆鱗に触れてしまった。

「話をしてるようには見えないわ。
あなたが一方的に詰め寄ってるだけで、
霧峰君が困っているじゃない。
それとも何かしら?
あなたのような低脳な人間は
そういう会話をするの?
ごめんなさいね。
あなたみたいな無能な人間の
生態に詳しくないから」

「は?夜六は困ってなんかないし。
むしろ恵奈みたいな可愛いお嬢様と
話すことが出来て嬉しがってるわ!」

「その自分の名前を一人称にするの、
とても醜いから辞めた方がいいわ。
周囲の人間からすれば不愉快、
いえ、もうあなたの存在その物が
不愉快の塊みたいな物ね。
えっと…めぐみさん、
そんなことどうでもいいから
早くそこ退いてくれるかしら?
朝のチャイムが鳴ってしまうわ」

と、ちょうどそのタイミングで
朝礼の5分前を知らせるチャイムが鳴る。
チャイムよ…まさかとは思うが、
お前でさえも出てくるのを
躊躇っていた訳じゃないよな。

「め、恵奈だもん!めぐみじゃない!
神時雨の恵奈だもん!
あんた、覚えときなさい!」

今にも飛びかかりそうだった神時雨は、
顔を真っ赤にしながら
教室を出ていった。
それにしても、夏八も質が悪い。
名前という神時雨の武器を
あんなにも正面からぶった斬るとは。
夜六も似たようなことをしたが、
さすがにあそこまではしない。

「本当に、容赦しないよな…」

「…?何か言ったかしら?」

言ったよ。言った。
というか、絶対聞こえてるだろ。
だが、正直にそう言うと
神時雨以上に教室の空気を
壊す原因になり得るので、
夜六は誤魔化すしかない。

「別に。面倒な奴だったなって
思っただけだ」

「そう」

夏八はやっと自分の席に座り、
カバンから今日の授業の
教科書やノートを取り出す。
そうして、時間が経つと、
教室の空気は徐々にいつも通りになり、
安心感が漂い始めてきた。
球技大会の要望権による盛り上がりも
見る影を失っていき、
夜六と夏八はしばしの休息。
朝のHRが終わると、
近藤と元木が振り返り、
そっと静かに言ってきた。

「二人とも、神時雨はやべぇぞ」

「そうだよ。退学させられるかも…」

深刻そうな顔で、
声のトーンを落とした2人は、
大切な仲間を想う目をしていた。

「あれ、そんなにやばいのか?」

あまりにも2人が怖がっていたので、
夜六は話の詳細を促す。
こんな時でも、
夏八は興味なさそうにしていた。

「ああ、ありゃ相当なイカレ野郎だ」

まず、この学園に神時雨家の
娘が入学するということは、
学年問わず周知の事実だった。
当然、日本で最も力のある
4つの家の一つが関わることなら
話題にもなる。
入学式の日、どの女の子が
神時雨家の娘なのか
躍起になって皆は探していたが、
神時雨本人よりも
際立っていた存在がいた。
淡い紫色の髪を腰まで伸ばし、
優雅に歩くその姿を見た者は
男も女も関係なく魅力された。
その彼女の名前は梅雨つゆ 透歌とうか
今でも彼女の事を好きだって言う
男はこの学園には腐るほどいるが、
結果的にそいつはもういない。
梅雨は、消されてしまったんだ。
誰にかって?それが神時雨だ。
神時雨だって、
その名前に恥のない程の
トップクラスのビジュアルだが、
彼女には勝てなかった。
入学当初から梅雨は人気を集め、
数多の男女から告白を受けた。
でも、すごいのはここからだ。
梅雨は誰一人として
それらの告白を受けることはなく、
毎度毎度丁寧に断ったそうだ。
そういえば、海斗も告ったけど
断られたって言ってたな。それも丁寧に。
そのルックスに傲ることなく、
梅雨は謙虚であり続けた。
どこまでも優しく、
どこまでも慈悲深い梅雨は、
ただでさえプライドが高い神時雨の
高貴なプライドを
粉々に砕いてしまった。
もちろん、梅雨に悪意はないし、
完全に神時雨の自意識過剰なんだが、
理由なんてどうでもいい。
神時雨は、とにかく梅雨を嫌った。
そして、神時雨家の娘の
お願いという名の圧力に
この学園は抵抗することなく、
梅雨を強制退学処分にした。
劉院学園の力をもってすれば、
そんなものを突き放す事も出来たが、
神時雨家と劉院学園は
古くからの付き合いで、
たった一人の少女の為に
その関係にキズを入れたくなかった。
だから、何の悪さもしてない、
生徒からも先生からも人気のあった
梅雨を追い出したんだ。

「…これが神時雨がやった事だ。
他にも、気に入らない奴がいれば
その権力で追い出し、
あいつのせいで嫌な思いをしてる奴が
学園に対して訴えても、
学園側は全て無視してるんだ」

今の梅雨を知ってるっていう
有識者の話では、
梅雨のあの時の輝きは失われ、
見る影もなくなっているそうだ。
近藤と元木は、
時おり悔しそうに歯を噛みながら
知っている全てを話してくれた。
夜六と夏八はその話を聞き、
すぐに頭の中で考えた。
そして、二人の結論は
語らずとも一致してしまう。
そう、容疑者の最有力候補だ。
近藤と元木が語った話は、
生徒達の推測とか
ただの噂が混ざっているとは思うが、
あの神時雨の態度や
神時雨を見るクラスメイト達の
目を見る限り、
大きな誤解はなさそうだ。
それなら、することは決まる。

任務遂行における優先順位を変更。
神時雨恵奈の調査を
最優先事項とする。

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